第232話 これを勝者と呼ぶ

戦士たれビーファイター』が轟沈すると。



「もうダメだ!」


「あの状況からひっくり返すだって!?」


「撤退よ、撤退!」



 シルビア派、カメーネ・モネータ艦隊は完全に心が折れたらしい。


 まだ数で言えば、じゅうぶんエポナ艦隊を打ち倒せるのに。

 せめて『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』を仕留めるくらいはできようものを。


 そうすることはなく、彼らは一目散に撤退した。

 シルヴァヌス艦隊のように、無益な殺し合いを避けたかったは知らないが。






 なんにせよ、今回の戦闘も勝利をつかんだエポナ艦隊。

 去っていく敵艦隊の背中を見送りつつ、


「追撃は不要だ。それより帰りを急ごう」


 バーンズワースもここでピリオドを打つ。



「艦隊諸君、我々の勝利だ」



 おおおおおっ!! と、艦橋内に歓声がこだますなか、


「ジュリアス!」


 その興奮に焚き付けられたイルミが、すっかり副官の立ち場も忘れて駆け寄る。

 勢いそのまま、抱き着こうかというその時。



 彼は静かな声とともに片手を上げ、彼女を制した。


「は、はっ!」


 そのいつものが引っ込んだ態度に、思わずイルミも背筋が伸びる。

 謹厳な印象を受けた彼女だが、


「あっ!」


 それは違っていたのだとすぐに気付いた。

 厳かに物静かなのではなく、力なく息が多い声に、

 デスクに手を付き、少しフラッと上体を揺らす姿に、


「後の処理は任せていいかな」

「おまえ、やっぱり!」

「うん、そうなんだ。



 少し、傷口が開いた」



 赤色が滲む、脇腹の包帯に。


「あ、あ、あ、ほら! 言わんこっちゃない!」

「怒鳴らないでおくれ〜傷口に響くぅ」

「だからそうならないように寝ていろと!」

「今からそうするんだって。てか、あんだけ揺れたら寝てても一緒だろうさ」


 なんなら、いつもの軽口な振る舞いをされると痛々しい。

 だからこそ彼女も、


「ちぇっ。怪我人なんだから、優しくしてくれてもいいじゃないのさ」

「ワガママは健康になってから言え!」


 動揺を隠すようにキツく出てしまう。


「そんじゃま、お先に失礼するね」

「あっ、待て! 出血してるやつが一人で行くな! 人を来させる!」

「大袈裟だなぁ」

「少し黙っていろ!」



 そうしてイルミは、なんとかバーンズワースを医務室へ送り返した。

 それから、クルーたちがそれぞれの部署の情報収集に忙しいこと。

 誰も艦長席の自分へ注目していないことを確かめると、


「くっ……!」


 泣きそうな声が溢れるのを、口元を押さえて堪えた。






 エポナ艦隊 残存221隻 轟沈71隻/大破・航行不能31隻


 カメーネ・モネータ艦隊 残存287隻 轟沈77隻/大破・航行不能62隻



 なお、エポナ残存艦隊のほとんどは、エネルギーの消耗著しく


 軍隊としての作戦行動に堪えないものとする。











「そうか。手痛いな」


 翌朝。

 バーンズワースは、またもベッドに寝かされている。

 傷口はそう大きく開いてはおらず、簡単な処置ですぐに寝られたらしい。


 対して朝一番、被害の報告を行なったイルミはあまり寝ていないのだが。

 彼の元気そうな姿を見て、全ての疲れが吹き飛ぶ思いである。

 艦隊も自分のように、簡単に回復すればいいのにと思う。


「惑星ホノースには明後日……いや、3日後には着くと思われる。が」

「そこまでたどり着けないも出てくるか」

「あぁ」


 しかし現実は違う。

 艦隊というものは、傷は癒えないし、エネルギーが尽きれば動かない。

 一度そうなると、彼女のように勝手に復活はしない。

 結局精神論で都合よく動けるのは人間だけ。

 この時代になっても宇宙に行っても、人類が生身で戦争をする理由である。


「さすがに、帰還した時には3桁を割っている、ということはない。……と思いたいが」

「動けなくなった艦の人たちはなんとか収容するとして。『勇猛なるトルコ兵』はどうだい? 結構ボロボロだし、粒子フィールドも酷使したけど」


 バーンズワースは壁をコンコン叩く。

 軽い様子で扱っているが、その実は気になるのだろう。

 何せ彼が戦艦の艦長となって以来、ずっと乗り続けてきた『城』なのだから。

『バーンズワースの相棒』というキャリアにおいては、イルミと同期なのだ。

 翻って、イルミもずっと命を預けてきたであり。


 だからこそ、この険しい話題のなかで、彼女は穏やかに笑う。


「それに関しては大丈夫だ。ギリギリたどり着く計算だよ。途中で急に機関部が火を吹かないかぎりはな」

「じゃあその爆発する可能性は?」

「おまえがいい子にしてたらないよ」


 相手が安心できるようジョークも混ぜると、


「僕が悪い子だったことがあったかい」


 彼も上手に拾い、ネタが滑っていないと示すように乗ってくれる。


「コメントは差し控えよう。どこでトルコ兵が聞いていないともかぎらない」

「怪我人相手に、最近どうも意地悪じゃないかね? イルミくん」

「イルっ……!」

「急にどうしたの?」

「いやっ! なんでもっ!」


 相手は軽口の一環だろう。

 それでも。


 今までかたくなに『ミチ姉名字』だったのが、不意打ちで『イルミ名前呼び』に。

 衝撃と胸キュンシチュエーションに思わず赤面してしまう。

 特に危機を二人で乗り越え、あまり休めていないハイの彼女には効く。


 慌てて一度目を逸らしたイルミは、落ち着くために話題を変える。


「それより、ホノースに着いたあとはどうするんだ?」

「そうさなぁ」


 ベッドで上体を起こし両手を頭の後ろで組む指揮官は、視線を天井へ。

 いろいろ考えを巡らせているようだが、それも束の間である。

 彼は視線を戻さないまま、旅行のように計画を立てる。


「ホノースには各別働隊を集結させている。どの艦隊も、敗退したからって皆殺しになったわけじゃない。パッと見積もっても、1,000前後にはなるんじゃないか?」


 その内容に、彼女はサッと血の気が引く気がした。


「ジュリアス、おまえ」

「敵艦隊の半分くらいではあるが、もう一勝負打てるんじゃないだろうか」


 と思えば、今度はカッと血が昇る。

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