第二次皇位継承戦争 後編

第223話 凶報

 この、後世『第二次皇位継承戦争』と呼ばれる戦いが始まって以来。

 シルビアが大いに心乱されてきたことは、多くの人が知るところである。


 そういった彼女の細かい心や仕草、息遣い、横顔。

 詳細に伝わっているのは、何人もの人物が残した証言や資料のおかげである。


 ゆえに、歴史家たちは彼ら多くの人々に。

 包み育んでてきた長い大河の流れに感謝するわけであるが。


 そのなかでも多くの情報を残した、とりわけ軍務中の肖像を書き留めた人物。


 それが、副官ジーノ・カークランドである。



 さて。先述のとおり、シルビアは追討軍を向けられ、取り乱していたわけだが。


 どうやら彼の手記によると、ずっとそうだったわけでもないらしい。



『追討軍の司令官は、元帥ジュリアス・バーンズワースである』



 そう報告がもたらされてからの彼女は、むしろ落ち着きはじめた。

 特に戦闘が始まってからは顕著で、






「閣下! ヴェスタ方面味方艦隊、大勝利です!!」

「そう」



「フィデース方面! 同盟軍カーディナル提督率いる艦隊が出現! 追討軍と鉢合わせし、これを撃破した模様です!!」

「お気の毒にね」


 などと。

 相次ぐ勝報にもあまり反応を示さなかったようだ。

 どころか、



「敵艦隊、姿を現しました!」

「マツモト中将、だったかしら。恨みも面識もないけれど、覚悟してもらうわ」

「閣下。敵艦隊より、降伏勧告が」

「却下なさい。『断る』以上には、一文字一句答える必要はないわ」

「はっ!」

「総員、準備はいいわね!? 一気に畳み掛けるわよ!!」



「敵艦隊、撤退していきます!」

「閣下!」

「もちろん追撃するわよ! 完膚なきまでに叩きのめしなさい! しばらくは足腰も立たなくしてこの宙域を安全にしたら、多方面の応援に向かうわよ!」



 自身も胸がすくような勝利を収めても、


「閣下。思った以上の快勝でしたな」

「えぇ。でもまだ終わりじゃないわ。連戦が控えてる。クルーたちはじゅうぶんな休息をとっておくように」

「はっ!」


 まったく浮かれる様子はなかったとか。






 それだけ当時のシルビアは落ち着いていた。

 あるいは、感情が固形化するほどの緊張や不安にさいなまれていたようだ。

 というのも、カークランドは彼女が自室で


“かねてより信仰心に乏しく見える閣下が、盟友ドゥ・オルレアンになんらか祈っている”


 声を何度か耳にしており、それについて


“内容は大体察せる”


 と書き残している。



 では、いったい何がそこまでシルビアの胸にのし掛かっていたのか。

 それはやはり、このことだろう。






「やっぱりこの、真っ直ぐのルートが一番ね」

「御意。しかしこのルートは現在、道中にフレアの影響が及んでいるらしく。多少計器類に影響が出る可能性もあると」

「気にしないわ。直進なんだもの。羅針盤なんて有給とってベガスで結構」

こと座α星ベガ?」

The Stripベガス


 9月17日16時12分。

 敵艦隊を徹底的に追い落とし、ロービーグスへ加勢に行く道中。

 惑星ラールンダ基地ドック内にて補給中の『悲しみなき世界ノンスピール』。

 その艦長室にシルビアとカークランドはいた。

 元帥は椅子に座り、副官はデスクを挟んで突っ立っている。


 補給が終われば少しでも早く出発できるよう、基地内にすら出歩かないタイトさ。

 今もその覚悟どおり、二人で目的地への最短ルートを確認していたところである。


 と、タブレットの画面をスワイプしたり戻したりしていると、


『閣下! 通信手のドースン曹長です!』


 ドア向こうから、思わず会話内容が全て飛ぶような大声がする。


「あら何かしら。びっくりした」

「機関部に異常でも検知されたのでしょうか」

「まぁ何はともあれ、入室を許可するわ」


 シルビアがデスクについているスイッチでドアを開けてやると、


「申し上げます!」


 失礼します、などのあいさつも忘れ、彼は勢いよく飛び込んできた。

 それを一々咎めるシルビアでもないが、


「……機関部どころじゃなさそうね」


 さすがに多少は驚き困惑する。

 なんとも言えない表情でカークランドと顔を見合わせた。

 が、ドースンは慌てているのである。

 二人に聞く準備ができるのを待ってくれるはずもなく、声を張り上げる。


「ロービーグス方面にてシルヴァヌス艦隊とエポナ艦隊が衝突! 結果、味方艦隊は敗北!」


 この時。すでに立ち上がっているカークランドは体が跳ね上がる錯覚をしたらしい。

 が、それ以上に。


 彼はシルビアの背筋が伸びるだけにとどまったことが気になった。

 いつもの彼女なら、思わず腰が浮いたり立ち上がったりする場面である。

 それがビクッとしつつも、両手を組んで口元を隠すように持ってくる構え。


 のちにカークランドは、こう述懐している。


“『相手が相手だけに、セナ閣下が敗れることも想定されていた』というのはあるだろうが。閣下を側で見てきた身としては、違う印象を受けた”

“やや身勝手で、ゆえに情の深い閣下からすれば。一方面の勝った負けたは、実はどうでもよかったのだろう”

“それがのちにどう影響するかも、何人の罪なき軍人が戦死したかも。いや、まったく気にしない人ではないが、この一事いちじに比べれば”

“それこそ”



「『私を昂らせてレミーマーチン』轟沈!! セナ元帥閣下は、戦死なされました!!」



 そう告げられた瞬間、シルビアは


「あぁ」


 とだけ、短く呟き両手で顔を覆った。

 しかし、数秒そうしていたかと思えば、振り払うように首を振る。

 彼女は両手を丁寧にデスクへ下ろし、真っ直ぐドースンを見据えた。


「それで、その後の両艦隊の動きは?」

「はっ、はいっ!」


 報告を済ませたい、いたたまれない側が驚くほどの気丈さである。

 彼は逃げるように報告書へ視線を落とした。


「シルヴァヌス艦隊は2割強の損害を受け撤退。しかしエポナ艦隊も、少なくとも3割以上の損害を受けた模様。それ以上の侵攻は断念し、前線基地を目指して一時撤退したとのことです!」

「そう」


 それだけ聞くとシルビアは背もたれに体を預け、天井を仰ぐ。



「さすがセナ閣下、ね。敗れても終わらざる、真の強者よ」



 渇いた声の微妙な揺らぎにカークランドは、


 もし軍帽がデスクに置かれてなかったら、目深にされてたんだろうな


 そう思い、表情から目を逸らした。

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