第249話 花籠を守る者たち
さすがにこれだけ人に依存しているのは健全ではない。
ある日カタリナがシャオメイと示し合わせて、
・自身は病院に検査を受けに行く
・シャオメイはシフトを操作してクロエの部屋に行かせない
というかたちをとると、
「カタリナ、迎えに来たよ!」
「こ、皇后陛下……!」
「すいません、お止めしたのですが」
まさかの詰所に襲来しシャオメイを確保、病院まで来てしまった。
もちろん病院は大騒ぎ、侍従総長に怒られてしまった。
ゆえに侍従二人して、
「アッカーマンさん。クロエさまのこと、いよいよ大変ですがどうしましょうか」
「うーん」
頭を悩ませるこの頃である。
「このような状況はやはり、健全ではないと思うのです」
23時を回った頃の詰所。
この時刻はクロエもますます悪化したノーマンを寝かし付けるのに忙しい。
皇帝の醜態とも言える姿を見せられないので、さすがに解放される。
逆に言えば、こんな時間にならないと、彼女抜きで話すチャンスがない。
テーブルを挟んで座る両者の前にはマグカップ。中身は時間が時間だけにホットミルク。
「しかし、逆にどうしようと言われましても。私たちは精神科医ではないので」
「人の心を癒すには、ただ堅実に尽くしお支えし続けるしかない、と」
「はい。それに」
シャオメイは猫舌なのか、ミルクの湯気を執拗に吹き飛ばす。
「今の状態も、悪いことばかりではないというか」
「そうでしょうか?」
やはり猫舌なのだろう。両手でマグカップを持ち、湯気を冷ましながらも結局は飲まない。
代わりに彼女は、背筋を伸ばしてカタリナを見据える。
「逆に考えれば、我々を追うかたちであればお部屋の外にも出られますから。ずっと引き籠もっていらっしゃるよりはいい」
「なるほど」
「このまえ病院へ来られたのも、世間は『皇后陛下の慰問』として好意的に取っています。皇国全体がこのような空気であれば。よいニュース、明るいイメージ、大事です」
逆にカタリナはあまり冷まさずホットミルクを飲み込むと、
「あなたの言い分を聞いていますと、むしろ現状は都合がいいと?」
一息つくように言葉を返す。
「というか、どうせなら前向きに捉えた方が得、と言いますか。それに」
シャオメイはチラリと窓へ目を向ける。
カーテンは閉まっているが、わずかな隙間。
彼女の座っている位置からは見えるのだろう。
皇帝と皇后の寝室が。
「人恋しさのおかげか、最近はすっかり仲よくなさってますし」
大切に思う人たちにベッタリのクロエだが。
何もそれは、侍従ばかりではない。
たとえ他に好きな男がいようと
長らくの付き合いも『ヒロインと攻略対象』という、設定に作られた記憶でも
政略として結ばれた相手でも
彼女には愛すべき夫、ノーマンがいる。
彼もしっかりその数に含まれている。
しかしそのうえで、お互い相手を愛してはいるが、
ノーマンはケイを
クロエはバーンズワースを
いまいち心がすれ違っていたのは公然の秘密。
侍従たちはこれでいいのかと、正直ヤキモキしていたものである。
それがこのたび、急接近しているのだ。
苦境がゆえであろうと、後ろ向きな同盟であろうと。
お互いがお互いを必要として、二人で苦しみに立ち向かっているのだ。
「やっぱり少しは、都合がいいと思ってもバチは当たらないかな、と」
シャオメイはそこに思いを馳せているのだろう。
微笑みながら呟いた。
その表情、というか、落ち着いた仕草を見たカタリナはホットミルクを一口。
マグカップをゆっくりテーブルに置くと、
「そう、かもしれませんね」
微笑み合うしかなかった。
そうして、誰もがこの現状に苦慮し、それでも乗り越えようと、
少しでも状況をよくしようともがくなか。
さらなるニュースが『黄金牡羊座宮殿』にもたらされた。
ホノースに残った追討軍の敗退と、
『「ゆえに私たちは今、報復でも自衛でも政権の奪取でもなく! 政治を、皇国を、未来を、あるべき姿へ立て直すために!』
『力を結集し、カピトリヌスを目指さなければならない!』
敵軍、シルビア・マチルダ・バーナードの遠征宣言である。
これがどれだけ宮中を震撼させたか。
想像にかたくないだろう。
元老院は降伏か、戦力を再結集して第二次追討軍を捻出するか。
あるいは『許すと言って地位を保証すれば、シルビアも満足するのでは?』とか。
とにかく荒れに荒れ、話は進まず怒声が飛ぶばかり。
では何故国家の大事を元老院だけで詰まらせているかといえば。
そんなの老人たちが自分の権益を守れる結論を探るため。
個人より皇国のためのベターを考えるような議員の横槍を排除するためである。
しかし、上がそうなら下も乱れるのだ。
大義と憤りから、ひたすら元老院に向けて声を上げる者。
見切りをつけて、逃走やシルビア派への寝返りを画策する者。
とにかく皆、したいこと、目に付くことに躍起になる。
結果、対シルビアとは別の政務関係が
さすればもっと下にも変化が訪れる。
反乱軍の占領下となる空気を感じた市民たちは、消耗品を買い漁る。
迂闊に婦女子が出歩けば暴行されるし、家のシャッターが開いていれば荒らされる。
そんなリスクを避けるためである。
それが
するとどうなるか。
『黄金牡羊座宮殿』周りは皇国の首都。
多くの貴族や官僚、資本家たちの住まいがある。
が、そういった情報通には、前述のようにいち早く逃走や脱出を図る者も多い。
その一環として、家族や使用人たちを先に避難させた場合、
ほぼ空き家となった大きな屋敷も増えてくる。
そこに一部の耐えきれなくなった市民が、略奪に来るようになるのだ。
人のレベルが下がって治安が悪化するのか、治安に合わせて人のレベルが下がるのか。
少なくとも、ひっきりなしのサイレンの音は人の心を憔悴させる。
悪循環に陥る人々には対策が必要である。
が、肝心の政治は今それどころではない。
こうした人々の営みの流れにより、
皇国首都は世界一豪奢なスラム街となりつつあった。
しかし、そんな世界のど真ん中でも。
誰しも死なないかぎりは生きているのだ。
そんな人々のなかの一人。
「おはようカタリナ」
「あら、クロエさま」
クロエのある日の1日は、
「シャオメイは?」
「本日はまだ見掛けておりませんね。出仕はしているようですが。まぁでも、すぐにまいりますよ」
「そう。それとね?」
「なんでしょう」
「朝起きたら、陛下がいらっしゃらなかったの」
このように始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます