第214話 乙女の護り

「来るぞ! 総員、衝撃に備えろ!」






「さぁ、仕掛けるよ! ーっ!!」






 イルミが選んだのは球体陣。

 防御において、非常に利点の多い形である。


 まず第一に、球はどこから向き合っても同じ形、均一であること。

『この角度からなら厚い・薄い』がない。

 なので、敵が前後左右上下どこからどう仕掛けてこようと、一定の硬さを担保できる。


 第二に、構造が簡単である。

 鋒矢陣だ偃月えんげつ陣だというような、複雑な形をしていない。

『球体になれ』と言えば、あとは指揮官が一々差配せずとも艦隊各自で並ぶ。

 一分一秒でも早く防衛を組織しなければならない現状、これは重要である。


 まさに的確、『教科書どおり』。

 イルミ・ミッチェルという人物の才覚が如実に現れた采配だろう。


 しかし、



「砲撃来ます!」



 誰かの言うが早いか。

 今までの、鬼ごっこの最中さなかに交わされるパーティクラッカーとは別もの。


 本格的な艦隊の斉射が殺到する。


 イルミが乗る『圧倒的スウィープ』は球体の中心。

 当然、初撃で砲火は届かない。届いては困る。

 それでも、


「ぅくっ!」


 前方で撒き散らされるハレーション。

 彼女は網膜を焼かれる思いに呻き声をあげる。

 目を閉じてなお瞼を貫通する光量を、腕でなんとか遮る。


 防御が硬いと言っても、盾を構えているわけではない。

 攻撃されれば当然傷付き削れ、出血する。


 しかも、問題はその球体陣が完成『目前』だったこと。

 やはりシルヴァヌスはエポナに劣らぬ精鋭。また、小惑星帯での動きを見越して、カーブなどの艦隊運用を鍛えてきたのだろう。

 教科書どおりの展開を常識破りな練度で行おうにも、間に合わなかった。


 これが災いした。

 まだ完全に陣形の一部になりきれていない艦が、移動中の横腹を晒していたり。

 球体完成を優先する者、回避を試みる者、その場での反撃に臨む者。

 入り乱れ、お互い予想外の動きに衝突事故を起こし、二次被害を起こしている。

 得てして物事はドミノのように、完成手前が脆かったりするものである。

 単純な兵力差もあるが、一瞬にして想像以上の惨劇がモニターに映る。

 もっとも、惨劇が想像や想定内に収まることなど、いつだってないのだが。


 が、だからといって黙って殴られているわけにもいかない。


「反撃しろ! 艦隊一斉射! 撃ーっ!!」


 イルミ艦隊も逆襲を始める。

 ただでさえ数で劣るところに先制打撃で混乱しているのだ。

 思った以上に火力は出ないが、やらないとのは大違い。

 相手に打撃を与える以上に、足止めして少しでも体勢を立て直さなければならない。


「艦隊、被害状況知らせぇ!」


 口髭の立派な白髪の艦長が吠える。

 しかし、



「不要だ!」



 イルミはそれを素早く遮る。


「なっ!?」

「目の前に集中しろ! 何人死に、何人生き残ろうが今は関係ない! 凌ぎきるか否かだ!」


 彼女は大きく腕を振るい、味方を鼓舞する。



「総員、ただ迫る敵に抵抗せよ! それ以外にリソースを割くな!」



 最初は反撃に転じる際の味方のリソースを気にしていたイルミだが。

 バーンズワースは『鏃』を持っていった。

 つまり、必要な分は先に確保しておいたのだ。


 だから彼女は、もう気にしない。

 与えられた全てを持って、愛する男のいしずえになればいい。

 しかし、


「第二射、来ます!」


 球体を再構築する間もなく、容赦ない第二陣が襲い掛かる。


 まるでチェスのピンを大人が指で弾くように。

 いとも簡単に退場していく味方艦隊たち。


「ミッチェル閣下! 元帥閣下の突入はまだでしょうか!?」


 イルミが表に出さない分まで表現するように、艦長が椅子から腰を浮かせる。

 だから彼女は、努めて冷静に首を左右へ振る。


「まだだ。閣下は少し離れてから、大回りで来る。マップで見えてる範囲からだと奇襲にならんからな」


 相手も鋒矢陣。ゆえにその脆弱な横腹を突きたいわけだが。

 レーダーに見える範囲でやろうとて、カーチャほどの人物なら対応してくる。


 なのでバーンズワースたちは一旦遠くへ離脱する。

 そうすることによって、相手に足取りを悟らせない。

 また、相手に『本隊が先へ行ってしまう』という焦りも与えられる。

『より早く目の前の殿しんがりを突破しなければ』と、視野狭窄にできるのだ。


 とはいえ、


「損耗率、15パーセント、いえ、18パーセント突破!」


 通信手の悲痛な声がする。

 報告は不要と言っておいたのに、堪らなくなったのだろう。

『軍隊は30パーセント減でマイナス』のルールに則れば、二撃で半分を割ったのだ。

 敵の半分ほどの艦隊、当然といえば当然のことではある。


 しかしイルミには関係ない。



「構うな! 我々の任務には、勝利も生存も救助も含まれていない! ひたすらシルヴァヌス艦隊を釘付けにすることのみ! 0パーセントかそうでないか以外、意味はないぞ!」



 覚悟は決まっているのだ。

 死をも恐れぬエポナ艦隊の本領発揮である。

 といっても、『死ぬ突撃』と『死ぬ盾』では意味が違う。

 優秀な戦士とて、普段と同じではいられない。


 だからこそ愛に生きる彼女だけが、この中で強さを掲げている。


 だが、戦争とは無情なもの。

 かつてシルビアとアンヌ=マリーの友情を嘲笑ったように。

 平和のために戦った皇国軍将士を爪先で蹴飛ばしたように。

 悲壮たるイルミの艦隊も、みるみる数が削られていく。

 彼女は味方を鼓舞するべく、なおも声を張り上げる。


「しかし逆に本隊が別行動に成功した今、任務の半分は遂行された! あとは奇襲を成功させるべく釘付けにするだけなんだ! 我々で敵に打ち勝つ必要はない! 乱戦にだけされないよう、牽制を続けろ!」


 しかしイルミとて現状が平気なわけではない。

 もはやヤケクソのような雄叫びが返ってくるなかに、



「だがなジュリアス。急いでくれよ? 私の命を、無駄にしてくれるな」



 本当のところを小声で紛れさせた。

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