第131話 謀略の果て、新たなる火種

 とはいえ


「くっ! しぶといやつめ!」


 年末のパーティーでのシルビア暗殺も失敗。


「軍隊に飛ばしたのが裏目に出たか。意外にも大切にされている。どころかまさか、よりによってクロエがやつの側につくとは!」


 思った以上に行き詰まり、


まかり間違っても妾腹に継承権が行く可能性は潰してからにしたかったが。どうせレースから外れたのだ。もう放っておくべきか?」


 方針転換すべきかと考えていたある時。

 連日の晩餐会の中で、皇帝がポツリと呟いたのである。


「本物の、シャンパーニュで作られたシャンパンが飲みたいものよ。いかにすれば手に入るものか」


 皇国は地球と国交断絶、もちろん地球の物産など手に入らない。

 となれば方法は、同盟領を奪取し流通していたものを手に入れるしかないのだが。



「ない、な」


 その晩、自室で調べてみたのだが(ショーン自身、いにしえの名曲に登場するブランドが気になっていた)。

 皇国との国境にある星は地球から見れば辺境。

 基本的には輸入していない。


「ここしか」


 富豪たる星、カンデリフェラを除いて。



 翌日、彼は父王にそのことを報告した。

 この時はまだ、世間話程度のことだった。






 が、年が明けるとともに、それは訪れた。


「どうだ? せっかく元帥が揃い踏みしているのだ。この機会に力を結集し、目の上のタンコブを取り除くというのは」


 皇帝より、皇国軍の力を結集しカンデリフェラを攻略すると大号令があったのだ。

 問題は、いざという時のための禁衛軍すら派遣すること。



 愚かな! 愚かなる父上よ!



 その晩餐会に居合わせたショーンは、心の中で声を上げた。


 シャンパン欲しさに、を愚かとは言うまい。

 それを抜きにしても、あの星は手に入れるメリットが大きい。

 が、



 勝った! 父よ! あなたは我が子すら、人を見抜く目がなかった!



 年末のシルビア暗殺未遂。

 軍部は騒いでいるが、皇帝は特に動かなかった。

 一応は娘である者が命を狙われたにも関わらず、捜査すらしなかった。

 おそらくは宰相すら処刑されたのに、臆せず暗殺に精を出せるのはどういう者か。予想がついて黙殺したのだろう。


 あるいは親孝行とでも思ったか!?

 バカな! 身内を、皇族を害そうというものがいるのに、自分は大丈夫と思ったか!

 愚かにも禁衛軍を、クーデターへの抑止力を手放すなど!

 何度でも言う! あなたは愚かだ!!






 それからショーンは、気付かれぬよう私兵を雇いはじめた。

 途中皇国軍が惨敗し、禁軍が予定より早く帰ってくる可能性もあって中断したが。

 なんとかコズロフが堪えてくれるようで、立ち消えにならずに済んだ。


 よいことは続くもので、やや捨て置いていたシルビア。

 彼女も何度目かの挑戦でついに、同盟の方へことに成功した。


「この流れで尻込みしたら、バチが当たろうよ」


 本格的に動くべく、味方になりそうな政治家を見極めては根回しをし……






 2324年4月1日。



「ショーン! きさま何故このような!?」

「それがお分かりになるなら、このような無様とはならなかったでしょうな」



 ついに計画は日の目を迎えた。






「くくっ、くくく」


 笑いが止まらない。

 全てがうまくいった喜び。何度でも噛み締められる。

 なんならそのために、荒れた部屋を片付けずにいる。


 薬草リキュールのお湯割りを口へ運ぶ。

 入れた砂糖の甘みがさらに感慨をメロウにする。


 が、ハーブの苦味がそうばかりではないと訴える。

 事実、満額回答とはいかなかった。


「……ケイめ」


 妾腹の次女。さすがに皇位継承において障害にはなるまいと。

 何より社交界の人気者。利用価値もあれば始末した時のイメージ悪化も避けられない。

 よって見逃してやっていたというのに。


「やはり妾腹は私を悩ませる」


 ノーマンとクロエを連れて、逃亡してしまった。

 別にあの冴えない末弟を敵視していたわけではないが。


 流れで始末し、婚約者クロエを手に入れようと思っていたのに。

 あの娘め。


 ままならんものである。


 相反するテンションを混ぜるように、ショーンがグラスを揺らしていると


「陛下、ガルナチョでございます」


 ドアの向こうから老爺ろうやの声がする。

 対する彼は、


「何事だ」

「ご報告がございます」

「入れ」


 命じつつ、ロッキングチェアの上で居住まいを正す。

 いかに悪人となろうとも、どこか朴訥な面が拭えない。


「陛下、とんでもないことになりましたぞ」

「その開口一番こそ、とんでもないことだな」


 ドアを閉めるより先に切り出す、腰の曲がった老人。

 皇帝の余裕をもって迎えるショーンだが。



「シルビア・マチルダ・バーナードが政見放送を行なっております」

「何っ!?」



 そんなものは一瞬で消し飛んだ。

 思わずロッキングチェアから立ち上がる。


「しっ、シルビア!? やつは死んだのではなかったのか!? 報告では放逐は完遂されたと!」

「まずはお聞きください、陛下」

「まだ何かあるのか!」


 あまりの気迫に、ガルナチョは一歩下がろうとするが。

 すぐに曲がった腰がドアに当たる。


「それは、そのぅ」

「はっきりしろ! ここにきて尻込みする気か!?」

「はっ、はい!」


 いかん、さすがに取り乱しすぎだ。


 ショーンは自身を落ち着かせるべく、椅子へ腰を下ろし、特製カクテルを手に取る。

 が、


「ケイ殿下とノーマン殿下も同席しておられまして」

「ふざけるな!!」


 それを口へ運ぶのではなく、床へ向かって放り投げることになった。


「我々の行いが、今まさに暴露されておりまする……」

「おりまするではないわっ!!」


 怒りに任せて蹴り飛ばしたサイドテーブル。角砂糖と白湯も床へ撒き散らされる。

 酒瓶は蓋を閉めていたので、なんとか。


「い、い、いったいどういうことだ!」

「シルビアのことは分かりませんが、放送はフォルトゥーナより発信されております。おそらく逃亡した連中が、ルーキーナより解散した艦と接触したものと」

「ぐぅぅぅ!」


 まさか女ごとき取り逃した程度で、ここまで厄介になろうとは!


 アルコールのせいか身体中の血が頭へ集まるショーン。

 ただでさえ小さいガルナチョが縮こまる姿すら癪にさわる。

 彼はまた立ち上がる。


「何をボサッとしている!」

「ヒイッ!」


 今度はあまりの勢いに、椅子がひっくり返ってしまった。


「今すぐマスコミ各局に圧力を掛けて、中継をやめさせろ!」

「はっ、ははっ!」

「それから!」


 こめかみが裂けて血が吹き出そうな勢い。

 圧を発散するためかのように、彼は人生でも指折りの大声を放った。



「帰還中の全艦隊と、今回ルーキーナへ召集されていなかった艦隊を結集せよ! フォルトゥーナへ向かわせ、必ずやつらの息の根を止めるのだ!! もちろんルーキーナに残る艦隊へ命じるのも忘れるな!」






          ──『動乱の四月編』完──

         ──『皇位継承戦争編』へ続く──

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