第317話 夜明け

 惑星シルヴァヌス宇宙港。

 シルビアはシャトルのタラップを降り、首元のマフラーに手を添えた。


「カピトリヌスより、少し寒いのね」






 あれからシルビアはいかに立ち直ったのかというと。

 はっきり言って、なかなか時間が掛かった。


 まず、リータの埋葬と葬式に関しては、渋りはしたが26日に行われた。

 カピトリヌス帰還から4日後のことである。


 だが、これに関しては意外にも、非常に慎ましく行われたと記録にある。

 かつて敵将となったバーンズワースや、亡命してすぐのガルシアもねんごろに弔ったのだ。

 これには多くの歴史家が驚きを示す一方で、


『芸能人の遺族が「近親者だけで」というあれだろう』


 と受け止められている。

 だが、


『葬式とは忙しくすることで遺族に悲しみを忘れさせる儀式』


 という捉え方もあるそうで。

 それでいうと、今回の規模は彼女の悲しみに足りなかったか。


 その後も、心の平衡を取り戻し、皇帝として十全な活動をするには時間が掛かった。



 シルビアがついに立ち直ったのは、8月15日のこと。

 そう、リータの誕生日である。



 彼女は葬式を自分だけのものとした代わりに、こちらで盛大な式典を行なった。

 護国救国の英雄の誕生祭である。


 二人の関係を見れば、実に個人的な動機によるものは見て取れる。

 しかし、事実として少女が英雄、特にコズロフ戦役で国家を守ったこと。

 また、大勝を祝うムードもあり、国費で行われることに批判は少なかったらしい。

 それでシルビアは着々と準備を進めていたのだが。


 これはリータの式典であり、その足跡と偉業を讃えるものである。

 当然ながら彼女は、改めて少女の記録に触れることとなった。

 それは、



 その文献の多くに自分がいる。

 その写真のほとんどに自分が写っている。



 そのことを思い知らされる作業だった。


 ここでようやくシルビアは目が覚めた。



 あの子の人生は私とともにあった!

 私のために捧げられたのよ!


 でもきっと、リータは望んでそうしてくれた。

 私の夢が果たされることを、自分の人生の目標にしてくれた!


 だったら、私がちゃんと最後まで終わらせないと!

 あの子の人生は永遠に道半ばのままだわ!



 最初は逆に、


『全てを果たすと、リータとの日々が終わってしまう』


 と嫌がっていたが。

 日にちが空いたこともあるだろう。

 しかし何より、



 平和な時代をあげたかった。

 自由な少女に戻してあげたかった。



 そう思っていたリータの記録が、軍服姿を最後に途切れていること。

 この事実が、もう一度だけ彼女を奮い立たせたのだ。


 こうして式典を終わらせたシルビアは大いに泣き、

 翌日からは人が変わったように政務へ取り組んだ。


 実に、少女の死から一ヶ月のことである。



 立ち直ってからのシルビアは、実に精力的に、一意に物事を進めた。

 そう、



『地球圏同盟』との講和

 戦争終結へ向けての折衝である。



 一ヶ月といえば、それなりに期間が経っている。

 しかし、コズロフが暴れ散らかしてくれたおかげだろう。

 評議会連中が喉元すぎて熱さを忘れるには短かったらしい。

 金も損害も回復していないために、厭戦気分は横這いだった。


 また、手痛い敗戦をまとめたジャンカルラの、軍部、政財界、国民からの求心力の増加。

 評議会派の軍人も多く戦死してしまったことによる、彼らの軍への支配力の低下。


 彼女とのパワーバランスが逆転してしまい、



『断固として講和すべし』

『シルビアは話の分かる女である。話し合えば、決して無体な条件を突き付けてはこない。また、こちらを敗戦国と扱い一方的な「降伏」の場にすることもないだろう』

『だが、一方でエモーショナルな人物でもある。話が合わないと知れば容赦しないだろう』

『評議会は無益な戦争を続け、より条件が悪化した状態での「手打ち」を望むか。それとも現状から勝利に持ち込める計画でもおありか』



 意見に逆らうことができなかったこともあるだろう。

 そのまま継戦を諦め、講和を選択。


 後日改めてジャンカルラ・カーディナル提督に、『講和対策委員会』の組織を命じた。



 そこからの動きは早かった。

 即座にシルビアとジャンカルラによる、書面でのやり取りがスタートした。


 もちろん講和の内容までパッパと決まったわけではない。

 お互い勢力の代表であるから、


『ちょっとその条件で同意を得るのは難しい』


 ということもあった。


 しかしそういう時、お互い無理強いすることはなかった。

 何せ話を詰めるまえから、一年以上まえから



 何よりも優先されるべきは、戦争を終わらせること



 両者のあいだで、合意がなされていたのだから。


 そういった、国のエゴを超えた人道的観点からの交渉は続き、






 本日、シルビアは最終合意の調整のため、シルヴァヌスを訪れていた。

 2325年10月3日。

 3度目の誕生日も迫る、秋のことだった。






 ジャンカルラが現地に姿を現したのは、10月6日の20時36分。

 にも関わらず、シルビアは港まで彼女を出迎えた。


「こんな時間に、わざわざご苦労だな」

「いえ、こちらこそよ。皇国領までお越しいただいてね」

「君は僕を騙し討ちしないだろうが、評議会は前科があるからな」

「あら、私もあなたを捕まえて帰さないかもしれないわよ」

「なんだってぇ?」

「私にもアンヌ=マリーの反省があるのよ」


 夜には特別眩しいマスコミたちのフラッシュを浴びながら。

 二人はガッチリと握手を交わす。


 この姿に、その場にいた軍人や政治家、記者たちが、

 翌日、ニュースや記事で見た宇宙中の人々が、


 終戦の合意を、全ての終結を、



 夜の闇に灯った、時代の夜明けを感じ取ったという。

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