皇帝期 愛と夢と青春の果て

第268話 戦後の嵐

 シルビア・マチルダ・バーナードが皇国首都星カピトリヌスに入ったのは、

 2324年10月11日午前10時23分のことである。


 ショーンを打ち倒した時を踏襲し、軌道エレベーターは不使用。

 艦隊で大気圏下の軍港に乗り付けてのことだった。

 なんなら時刻までぴったり合わせて、『皇国の解放・夜明けの到来』を再演出するほど。

 まぁ、ほとんど誰にも伝わりはしなかったが。



 しかし今回違ったのは、第五皇女ケイ・アレッサンドラを伴って降り立ったこと。

 これによって明確に彼女の露払いではなく、しかし順列は自身の後ろに。


 つまり、自身がトップであり、真っ先に足を踏み入れる者



 皇帝たるべきその人であるとの宣言である。



 また、そこからの動きも以前とは違った。

 ショーン追討の時のように、当然軍港にはマスコミが詰め掛けていた。

 着艦の際には、轢かれる覚悟でキープアウトから飛び出したカメラマンもいたほど。

 前回は後続の到着を待っているあいだ、質問攻めにあったシルビアだが



「バーナード閣下! 『皇国タイムス』のカリーニンです!」

「閣下! ※国営放送EESの! 閣下!」 (※Eyes and Ears of Subjects【臣民の目と耳】)

「今回の内戦は!」

「今後皇国は!」

「政治体制は!」

「国民の!」

「今のお気持ちを率直にどうぞ!」



 今回はまったく相手にしなかった。

 ハルバード装備のリータ・ロカンタン上級大将をはじめ武装親衛隊を配置(名目上は対暗殺者)。

 いざとなればスクラムで行く手を潰してくる彼らを、強硬手段で近寄らせなかった。


 まるで、全ては口ではなく行動で示すと言うかのように。

 他を寄せ付けない絶対的な振る舞いが、その暗示か幕開けとでも見せつけるように。






 さて、艦隊での抵抗は9月26日のホノースが最後。

 地上でも抵抗を受けず、無事帝都入りした彼女が最初にしたのは、


『黄金牡羊座宮殿』に入り、体制派の無条件降伏に対する調印


 ではなく、


 国家臣民への、立て直しを約束する強いリーダー像の提示たる演説


 でもなく。






『黄金牡羊座宮殿』円卓の間、元老院議会。



「何故です! 何故このような仕打ちを!」


「何故って、説明いる? まぁ納得してもらわなくていーから、必要あってもしないけど」


「我々は無条件降伏をしたのだぞ! 傭兵どもも解散させっ!」


「無条件でしょ? だったら文句言うものではないんだわ」


「しかし! なんの罪咎つみとががあって! そんなことで国民は!」


「は? あんたらが皇帝に対して反逆罪を犯したのを知らないとでも?」


「それはっ、戦争を終わらせるため、国家国民への大義のためであり!」


「国民の暮らし考えて街がなら、なぁ」


「そもそも! 先帝の時のガルナチョは許されたではないかっ! このような無道がっ!」


「無道結構。道は作るから」


「我々重鎮がいなくなって立ちゆくと、本気で思っているのか!? この国家が乱れっ」

「ひっ! ひいっ! 首がっ! 飛んっ!」

「殺したぁ!!」


「耳障りなこと言わんでくれるかい? 乱した人らが。あ、ごめんね。ついカッとなっちゃって」


「こっ、このような乱暴者が、国の上に立って……! 皇国はどうなってしまうのだ……」


「そんなのあんたらの気にすることでない。老い先短いし、老人優先で動いた国には少子高齢化で滅んだのもあったし。だから免許返納しな?」


「おぉ、末法じゃ、世も末じゃ……」


「そして新しい神話が始まる。あんたらの席はないけど、若者たちがしっかりやってくから安心して、な? だって私15歳……逆に不安か」


「わ、わ、わあああぁぁ!!」






 粛清。

 元老院と一部政府高官を、公職追放すら生ぬるいと理想郷から消し去った。

 まぁショーン、ノーマンと二代に渡ってのコウモリ裏切りで生き残った亡霊。

 生かしておいてロクなことはないと思われても仕方ない。


 なお、一応全員裁判からの極刑になったと記録に残っているが。

 拘束時に一名、ハルバードで首を刎ねられたという俗説がある。


 皇国の夜明けをドラマティックに飾るための創作という説もあるが、

 本当のところはしない。






 また、粛清の波はこんなところにも。


「ケ、ケイ殿下……! お久しゅう……」

「老ガルナチョ。元気そうで何より。ひざまずいて出迎えられるくらいには、足腰も確かそうで」

「それは、もう、はい」

「私は痩せたでしょ? もともとで完璧なバランスを保ってたのに」

「えぇ、えぇ、えぇ、はい」



「だからおまえも少しは、憔悴しているものだと思ったんだけどな」



「はっ!? いえ、それは!」

「おまえはそういうやつだよ」

「それは、返す言葉も……」

「ございませんなら、自分の運命も受け入れるよね? このあとどうなるか、分かるよね?」

「なっ!? 私めは殿下の言い付けを守り、辺境の星に引っ込んでおとなしく……!」

「悲しいなぁ老ガルナチョ。支配者の意向は殿下の『提案』を上回るのだよ。君がノディを動かして思うとおりにしようとしたみたいに」

「あ、あんまりですぞ! 遠路はるばる召還し、このようにご無体なっ」

「触るな下郎!」

「ぶえっ!」

「ふん。顔でも蹴れば少しは鬱憤晴れるかと思ったけど。全っ然だね、全然。連れて行け!」

「はっ!」

「ああああああ!! 殿下! お許しを! 殿下ぁ!!」



「ま、私も人のこと言えた立場じゃないんだけどね」



 あらかじめ帝都に召還されていた前宰相アレハンドロ・ガルナチョ。

 彼も元老院と同じ末路をたどった。


 ちなみに、


“元老院や政府高官、旧体制の人間など生かしておいてロクなことはないと思われたのは”

“大体前例を作ったこいつのせい”


 クローチェ大学心理学教授、マルコ・ダシャ・ヴィンセントはそう語っている。






 なお、彼らの拘束はシルビア一行がカピトリヌス入りしたその日に行われている。

 後世『屠る土曜日』とか『怒りの4時間』などと言われているこの事件だが。


 ここから裁判、極刑が終了するまでの期間、シルビアは



「本当に、こちらでよろしいのですか?」

「えぇ。ここがいいのよ」

「宮殿ではなく?」

「えぇ」

「勝ち名乗りに乗り込むというのもプロパガンダ的に」

「くどいわよ副官」

「はっ」



 自身が『黄金牡羊座宮殿』に立ち入ることは一度しかなく、


 戦死したタチアナ・カーチス・セナの元帥公邸を拠点とした。


 治安の悪化やシルビア派についた人物の邸宅とあって、荒らされ放題だったが。

 それでも彼女は気にせず掃き清め、美しく整えて当座の宿とした。


 これには多くの人が、


『セナ元帥のことを本当によく慕っていたのだ』

『ここに来られなかった仲間たる彼女を置き去りにしない弔意なのだ』


 と、美談として捉えている。


 が、前述のクローチェ大学ヴィンセント教授は、



“これは、


『連中に血であがなわせ不快な痕跡が消え去るまでは、穢れた宮殿に立ち入る気はない』


 という、深い怒りと敵意の表出である”



 と論文に書き残している。

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