第165話 それでもラストチャンスが欲しい

 シルビアがカピトリヌスを出発し、ユースティティア方面に着いたのは7月5日。

 急ぎに急いでの結果だったが。


 やっと窓からの日差しが日の出から朝になったほどの早朝。

 ノーナ基地の司令官執務室、デスクで彼女が受けた報告は

『惑星ディアナ、実質失陥』

 だった。


 実質、というのは。

 防衛艦隊が敗退、ディアナを放棄したということである。


 あとは現地入りした同盟艦隊が、惑星サイズのフィールドを掌握するだけ。

 サイズだけに多少の時間はかかるが、宇宙を高速で航行する艦隊。

 残った現地の陸海軍が抵抗しようとも、時間の問題ということである。


「やって、くれるわね」


 このごろはさすがに取り乱さなくなったシルビアだが、歯噛みするのは変わらない。


「不幸中の幸いは。電撃的侵攻、加えて『城壁』相手だと油断フォウニー・ウォーを決め込んでいたことですな」


 その正面ではなく、右斜め前に立つカークランドは報告書の束をめくる。


「敵の攻勢に、ディアナ以外の味方艦隊がほぼ間に合っていない」

「ユースティティア艦隊としての決戦決着には、まだ至っていないということね」

「御意。全体で見て決定的打撃は受けておりません。『前哨戦には敗れた。巻き返しは可能』の段階です」

「それで、味方艦隊の現状は?」


 副官がなおも書類をめくるが、あらかたのデータはシルビアの端末にも入っている。

 味方が正式にまとめた今回の書類より先。エレが送ってくれたレポートは、通信手上がりだけあって簡潔正確である。

 もちろん、同期の仲ということで体裁を無視していい速さはある。


「間に合わなかった各艦隊はディアナの次、マイアに集結。ディアナ防衛艦隊もこちらに入ったようです」

「敵のマイア侵攻の予測は?」


 今見ているページが味方の情報なら、聞いているのは敵の状況。

 また数字を探すターンに入るはずだが、


「ディアナ攻略ではほぼ打撃を受けていないようです。占領政策をあとにするなら、間を置かず連戦に臨む可能性もあるかと」


 カークランドはサラッと答えた。

 どうやら彼も、反射的に返事できる程度には内容が頭に入っているようである。

 ただ性格上、基本的にはいちいちページを参照し、正確に答えたいのだろう。

 ノリと勢いで踏み切りがちなシルビアには助かる素養である。


「となると、場合によってはマイアで決戦ね」

「それには間に合いたい、いえ。可能ならば、こちらからディアナ奪還作戦として仕掛けたいところです」

「そうね、急ぎましょう。いつ出発できる?」

「最低限の補給は終了しています」

「そう」


 彼女は答えながら腰を上げる。


「ならすぐにでも」

「はっ!」


 今回はシルビアの元帥としてのデビュー戦。器が問われる。

 いかに早く失地回復を成せるかは非常に重要である。



 そういう意味では、運命は彼女に味方した。

 同盟艦隊は奪った足元を固める堅実な戦略を選択。

 即座にマイアへの侵攻とはならず、



 7月9日。

 シルビアは悠々現地へ到着した。






 そして7月12日。

 ここまで強行軍で帰ってきた『悲しみなき世界ノンスピール』。

 その整備、クルーの休養も終了。皇国軍ユースティティア方面派遣艦隊はいつでも出撃可能となった。


 そんななかで行われた、注目の作戦会議なのだが。



「まず最初は、『悲しみなき世界ノンスピール』だけで行こうと思うの」



「はぁ!?」


 またしても突拍子のないことを言い出すシルビア。


「危険です!」

「いったいなんのために!」


 今この場にいるのは、彼女の荒唐無稽さに慣れたクルーばかりではない。

 指揮官としてあるまじき発言には、疑問を越えて批判的な返答が返ってくる。

 それらを一身に浴びながら。

 それでもシルビアは、我が道を行く。


「アンヌ=マリーと、もう一度話をするわ」


「閣下!」


 これには進行役として控えているカークランドも声を上げる。


「ことここに至って、まだドゥ・オルレアンに未練を!?」

「いえ」


 熱量を上げる会議室で、彼女だけが落ち着き払っている。


「正式に、手袋を投げつけるために」

「それはもう済んでいるでしょう! 向こうから思い切り飛んできた!」

「だからこそよ」


 背筋を伸ばし、凛とした、毅然とした態度を示す。

 それはこの場、部下たちに対してであり、

 今後の方針を象徴するためでもある。


「我々皇国新政権は、以前のクーデターからクリーンな印象回復を求められているわ。皇帝陛下も演説でその旨を表明されている」

「それが何か」

「そのうえで最初に起きた大きな出来事が、このまえの会談となるわ」


 居並ぶ指揮官たちも根負けか。

 シルビアが揺るがないので、聞くだけ聞く姿勢に移行している。


「皇国内だけじゃない。同盟側からも一大関心事だったはずだわ。だからこそ、『その両者が即戦闘状態に陥った』という事実。そうね、スキャンダルと言っていいわ。これまた、世間の耳目じもくを集めることでしょう」


 注目されているということに、歴戦の軍人たちにも戦闘とは違う緊張が走る。

 シルビアは、場が自分のペースになったのを感じ取る。


「だからこそ。過剰なくらいに我々が礼節をわきまえ、高潔に振る舞うことで。新しい皇国に資することになるのよ」


 すっかり満座は反論もなく、静かになっていた。

 納得したのではない。

 この場にいるのは誰も彼も軍人。政治的な話を持ち出され、思考停止しているのだ。


 ちょっと卑怯なやり口だけど、仕方ないわよね。


 シルビアも狙いどおりに、バレないようにそっと一息。

 結局はカークランドの指摘どおり。

 もう一度アンヌ=マリーと話がしたいだけなのだ。

 もしかしたら、うまく話がつけば。争わなくて済むかも、と。

 往生際悪く考えているだけなのだ。

 全てはそのための言い訳にすぎない。



 かくして、皇国サイドは同盟アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンとの会談を要求。

 向こうからも了承があり、指揮官座乗艦のみで出発。

 通信で話をすることとなった。

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