エピローグ 〜悪役令嬢とコスモスの花束〜
第321話 Bouquet de Cosmos
ある日のこと。
昼飯時の帝都。
トルコに行けばコンビニの数くらいありそうな大衆食堂はそこそこ盛況。
その壁際の一角、立ち食いテーブルのフロアで。
「さてさて」
赤毛の妙齢な女性が、ケバブに紅白2種類のソースをたっぷり掛けていると
「おい店長、そろそろ時間だぜ」
カウンターの常連が、世界一有名な配管工に似た髭の店長に話し掛ける。
すると彼は
「おう、そうだったな」
リモコンを手に取り、壁の高い位置に架けられたテレビの電源を入れる。
画面に映るのは、ウルトラマリンブルーのドレスに身を包んだ赤毛の若い女性。
彼女は壇上でマイクの前に立ち、何やら演説をしている。
『今日まで平和な日々を保ってこれたことを、私たちは皇国民だけではなく』
『この広い宇宙に生きる「我々人類」として、誇りに思いたい』
「おいおい店長、もう始まってる……」
「しーっ」
『しかし一方で、これを快挙や一区切りのように扱うことがあってはならない』
『何故なら私たちは、このあとに続く人類は、この平和を、平和であることを』
『誰しもにとって当然のこととして、保っていかなければならないのだから』
『保つ努力に、
『何年経とうと、いくら平和になろうと。あの戦争で失われたものは帰ってこないこと』
『常によりよい明日を紡いでいくことでしか、答えにならないことを知っているのだから』
力強い宣言でテレビから喝采が聞こえると同時に、
「ヒューヒュー!」
「さすがケイ陛下! いいこと言う!」
「決める時はバッチリ決める!」
「しかもお美しい!」
「声も明るい!」
「これでこそオラが皇帝陛下よ!」
店内の客たちも沸き立つ。
本日は西暦2330年10月9日。
かつて皇帝シルビア・マチルダ・バーナードが終戦宣言をしてから、
ちょうど5年の月日が経っていた。
本日は終戦5周年、そして、
戦争の、憎しみと争いの絶えなかった宇宙へ久々にもたらされた平和が、
まずは5年、途切れることなく続いたことへの祝祭の日なのである。
全ては皇帝たるケイと彼女を支える人々の、弛まぬ内外への政治的努力、
『四つの時代』の中で、血を流さぬ戦いを続けた成果である。
彼女は今、その人類の偉業を讃え、新たなる決意を掲げる演説の場に立っていた。
店長はビールの小瓶の栓を抜き、高々と掲げる。
「おまえら! 今日はビール1本オレの奢りだ! 並んだ並んだ!」
「さっすが店長! 話が分かるぅ!」
褒めそやしていたわりにはビールの方が一大事らしい。
皆演説を忘れ、店長へ群がる。
そもそも褒めていたのも、半分くらいは皇帝のアイドル性だが。
しかし一般の国民なんて、そんなものでいいのかもしれない。
それこそが彼女の語った、
『平和が誰しもにとって当然のこと』
となった世界なのかもしれいないから。
テーブル席の女性はケバブを齧りながら、ぼんやり思う。
と、そこに
「いやぁしかし、陛下もこのまえご出産なされたそうだが。あの分なら産後の肥立ちも問題なさそうだなぁ」
まぁ50代くらいか、そんな男性が絡んできた。
酔っているのだろう。受け取ったばかりのビールにではなく、人類の祝祭ムードに。
「えぇ、そうですね。これからますますがんばってくださいますわ。子どもたちの未来のために」
彼女が適当に流しているうちに、皇帝は演説を終えたらしい。
聴衆たちに手を振りながら、壇上から降りていく。
そんな余所見の彼女が転ばないよう、腰に手を回すのは
「おっ、宰相閣下だ!」
ネイビーのスーツに身を包んだこれまた若い、ミントグリーンの髪の女性。
男性が口笛を吹く。
「ケイ陛下もお美しいが。こと戻ってこられてからのクロエさまは、元気になられてうんと輝いてるなぁ」
5年のあいだにケイがしたことの一つに、
『隠遁していたクロエを呼び戻す』
というものがあった。
悲しい別れとなった親友のことを、どうしても放っておけなかったのだろう。
また、先帝シルビアが退位のまえにくれた言葉がある。
当然最初は、クロエも戻ってくることを拒否した。
心の傷も癒えていないし、
戻る理由など何一つなかったことだろう。
なかなか説得に応じないどころか、ケイが訪ねても会ってすらくれない日々が続いた。
それでも彼女は諦めなかった。
根気よく、ずっと、ずっと通い続け、言葉を掛け続けた。
『帝位を継ぎ、この平和を守っていくことになった時。正直私は「自分には荷が勝ちすぎる」と思った』
『しかし姉は、
「自分一人ではできなくとも、周囲の人たちが支えてくれればできる」
そう教えてくれた』
『だから私はそれを信じ、そのとおりに取り組み、ここまでやってきた』
『姉の言葉は正しかった。人が力と心を合わせれば、平和は常にそこにある』
『だから私はこれからもそうしていくし、そこにはあなたの力が必要なのだ』
『私が言えたことではないが、あなたに戦争の傷があるなら』
『それを振り払い、永遠の過去にするため。誰かの訪れない未来にするため』
『どうか力を貸してほしい』
『あなたも私も、世界は孤独でいてはダメなんだ』
即位直後から実に1年近くを掛け、クロエを口説き落としたのである。
そうして政財界に復帰した彼女は、持ち前の人望と才覚を発揮し、
今は宰相として、平和に取り組んでいる。
カメラが演説を終え、去っていく二人の後ろ姿を捉える。
「クロエさまも早くお子を産んでくださったらなぁ。特別安産型ってこともないが、きっといい子をお産みになる」
画面を見ている男は品のないことを考えているようだが、
「そんでこのまえ生まれた殿下とご結婚、とかなったらいいと思わないか?」
「そうね。そうなるかは分かりませんけど」
まぁこんな日くらい。
「未来はきっと明るいわ」
女性は許してやることにした。
しかし偶然か神意か。
画面では『許さん』とばかりに禁衛軍指揮官が割り込み、二人を隠してしまう。
隣では男が「あーもう」とぼやいているが。
彼女には未来へ進んでいく列に、一人でも多く頼もしい背中が加わること、
それがまた、並ぶことで力強さを増していくことに、
自身と、『人間』という存在の、生きている熱い鼓動を感じるのであった。
ケイ・アレッサンドラ・バーナード。
彼女はその後も宇宙平和のため、また、小さくは人々の暮らしのため。
内政外交、さまざまな努力に誠実に力を注いだ。
その結果、彼女の在位45年間
それから退位し2424年8月8日、120歳で亡くなるまで
相変わらず宇宙海賊だったり、何かしらの団体のテロなどはあったが、
皇国史に『戦争』という言葉は姿を表さなかった。
彼女は現在でも、
『皇国
として、歴代バーナード帝のなかでも指折りの評価を受けている。
クロエ・マリア・エリーザベト・シーガー。
『華の100年』に咲いた、大輪の『華の宰相』。
彼女もまた、さまざまな政務に取り組み、皇国史に残る仁政の偉人となった。
しかしその慈愛に満ちた、人の心を安んじる政治方針には
『夫の死についての後悔があります』
『不安が、愛と信頼の不足が人を間違わせるのです』
という経験もあったらしい。
その後はケイの退位とともに退陣の意向を表明。
2年間みっちり後継者を育成したのち職を辞し、
2393年5月22日、87歳で亡くなるまで、市井で穏やかに暮らしたという。
多くの人に愛されつつも、再婚はしなかったと伝わる。
ジーノ・カークランド。
一応彼についても記しておくと。
その後も禁衛軍指揮官として続け、ケイの軍部における
が、どちらかといえば、終戦によって退役する兵士たちの再就職の斡旋とか。
人のサポートや文官的活躍が目立ったそうな。
しかし40代の頃、再就職斡旋の時のコネによる、軍部と企業の癒着が判明。
責任を取って辞任することとなったとか。
その後も、
友人たちと会社を立ち上げ、『バナナーノシリーズ』なるグッズ展開をして大コケしたり
軍学校の講師に呼ばれたが、前述の事件により世間から批判が集まったり
結構波瀾万丈な生涯を送ったそうであるが、
後世の歴史家からは彼自身より
『戦争末期時代の研究者が泣いて崇める男』
と、遺した手記や記録の方が注目されている。
さて、記録が曖昧な男の話はさておき。
テレビでは銀髪長身の女性が式典の司会進行を務めている。
『続きまして「地球圏同盟」より。ジャンカルラ・カーディナル提督にお越しいただいております』
「あら」
『カーディナル提督、どうぞ』
『ありがとう』
登壇したのは、イタリア国旗のようなジャケットに身を包んだ赤髪の、
「……相変わらず、目立つ見た目よね」
「いやぁ、このネーチャンも若くて美人よなぁ。スタイルも抜群で」
画面越しにもエネルギッシュなのが伝わってくる軍人さん。
『本日はこちらの式典にお招きくださり、誠にありがとう。深く感謝申し上げる。5年まえのあの日より、皇国との友情を忘れたことはありませんが。それでもこのような場を迎えるたび……』
相変わらず童顔でやや暗い瞳をしているが、眉は精悍な逆八の字。
それを見届けた女性は、
「おや。あんた、この人の演説は聞いていかないのかい」
ケバブを食べ終え、そっと席を離れる。
「えぇ、あの人が何言うかは、手に取るように分かるもの」
彼女が微笑み返してやると、男はそこでようやくまともに相手の顔を見たらしい。
「あれっ? あっ! あんた、いや、あなたさまは!?」
彼は急に背筋を伸ばすが、
女性は特に答えることなく、店をあとにした。
あとには店内のざわめきと、提督の演説が響くばかりである。
『さて、僕、私は常々、「戦争には四つの時代がある」と語っているのですが……』
ジャンカルラ・カーディナル。
戦争を終結させ、地球側から平和を保ち続けた人物。
宇宙人類史のなかで、屈指の人気ある偉人と言えよう。
そのわりに。
功績ある人物ながら、その後出世することもなく、評議会入りをすることもなかった。
しかしそれがよかったらしい。
人望ある彼女にはじゅうぶんな力があり、外から一枚岩でない彼らを律し続けた。
その後も皇帝ケイと連携を密にし、多くの難局を乗り越えた。
しかし、2357年9月17日16時24分。
休暇で散歩中に、車道へ飛び出した子どもを庇い乗用車と衝突。
救急車の到着を待つことなく死亡した。
居合わせた通行人によると、最後の言葉は
“どうだいシルビア、またひとつ、未来を守ってみせたぞ……そうさ、アンヌ=マリー……僕は、いつだってイケメン、最高にカッコいいのさ……”
であったという。
享年55歳。
しかし、長年彼女に支えた副官アラン・ラングレーによると、
“人類史上最も立派な人物であったことは間違いない。しかし……、”
“葬式に内縁の妻が二人、加えて愛人女性がもう二人現れる人物がカッコいいかは……”
とのことらしい。
まぁ、『英雄色を好む』ということで。
式典が終わる頃。
件の女性は薄青い秋晴れの下、芝生の上を歩いていた。
ここは、戦没者記念公園。
皇国の戦争で亡くなった人々が眠る墓地である。
彼女は地面に埋め込まれたネームプレートを眺めている。
戦争は長く、あまりにも多くの人が亡くなった。
正直言って一人一人を祀るには土地が足りず、
『戦艦◯◯乗組員一同』
のようなまとめ方をされていることも多い。
しかしそのなかでもいくつかは、個人で刻まれている人がいる。
「ジュリさま。カタリナさんは立派にやってらっしゃるわよ。さっきも大事な式典を仕切っていたわ」
女性は彼らを偲びに来たのだ。
「ミッチェル閣下、もうジュリさまの隣は永遠にあなたのものねぇ。妬けるわ」
「カーチャさま、あと数日であなたの歳を越えるわ。でも、いくつになってもあなたを年上に感じる。いくつになっても、年上のあなたがいてほしかった」
「リータ……」
彼女はネームプレートに声を掛けては、道中買ってきたコスモスを添える。
そして、愛してやまなかった少女の名前を、言葉の代わりに指でなぞっていると
「あの。もしかして、シルビア閣下?」
不意に、若い女性の声が掛けられる。
振り返るとそこに立っていたのは、
「あっ、今はもう陛下、じゃない。元陛下?」
「あなた、シロナじゃない!!」
かつてともに戦い、カーチャの死に際して別れた、
シロナ・マコーミックその人であった。
いや、その人と言うには
「久しぶりねぇ」
「本当に」
「なんか、背とか声とか顔とか、ちょっと大人になった?」
「だって最後にお会いしたのは、6年くらいまえですよ?」
「そんなに」
彼女にも過ごしてきた歳月があるようだ。
シロナは腕にコスモスの花束を抱えている。
白、黄、紫、オレンジ。
「あら、あなた、それ」
「はい。みなさんにと。でもなんかすでに」
「私のよ。被ったわね」
「あはは。ちょうど季節ですから」
「まぁ閣下たちも、数もらって困るもんでもないでしょ。天国にも花瓶くらいあるわ」
「そうですね」
彼女は軽く微笑んで、ネームプレートに花を供えはじめる。
バーンズワース、イルミと捧げて、リータの前で動きが止まる。
「リータちゃん、亡くなっちゃって。その節はお伺いもしないで、失礼しました」
当時じゅうぶん若かった自分より幼い少女が亡くなったことに、心を痛めているらしい。
一連の動きを後ろから眺めていた女性、
シルビアは軽く息をつく。
「それは別にいいけれど。急にいなくなるのは困ったわ。セナ閣下のことで気持ちは分かるけど、心配したのよ? 私だって知らない仲じゃないんだから」
「えへへ、すいません」
「そういえば、あなた6年間何してたの? 一応無事かくらいは探らせてたんだけど、細かくは知らなくて」
「学校に行って勉強してました」
振り返るシロナの表情と声は明るい。
それだけで、彼女なりに満足のいく日々を過ごしたのだろうと察せる。
「他に行くところもありませんし、学費は軍で働いたお給料があったので。あと、何より」
だが、その中には楽しいだけではない芯がある。
「カーチャさまが、最後におっしゃったんです。『最高のキャンディを作って墓前に供えろ』『そのために命を使え』って」
「……そう」
シルビアには出まかせで言った、逃がすための方便としか思えないが。
いや、シロナ自身もそれはそう思っただろうが。
それでも彼女は愛する相手が残してくれた言葉を、大事に抱き締めてきたのだ。
「そのための勉強がしたくて」
それがどれだけ素敵なことか。
何せ、ずっと流されるしかない苦難の人生を嘆いていた少女が、
自身の中に明確な目標を持ち、自ら進んで努力し、
これだけ充実した表情を見せるのだから。
「じゃあ、お菓子の専門学校にでも通ってたのかしら?」
一人、温かい気持ちで目を閉じるシルビアだが、
「いえ、大学に行って経営を」
「あら?」
ここに来て梯子を外され、思わず目を剥く。
しかし当の本人の中では、しっかり考えて出された結論らしい。
「私が職人になってキャンディ持ってくるのもいいんですけどね?」
シロナはカーチャのネームプレートを眺める。
「思ったんです。『カーチャさまは自分だけじゃなくて、たくさんの子どもへ届くようにした方が喜ぶ』って」
「子どもへ」
その言葉が、何故だかシルビアの心を深く打った。
本当にカーチャが言いそうだったからかもしれない。
あるいは、
「それでこのたび、ついに会社ができるんです。だから報告に来ようと思って」
「キャンディを作る会社?」
「はい。実はカーチャさまの遺産や戦没者遺族年金、受け取りが私になってたみたいで」
「あら!」
大人になった少女の手の中で、コスモスを包んでいたビニールがクシャリと鳴る。
「わざわざお金を残してくださったということは。私一人じゃなくて、それを使って大きいことをやれって。そういうことだと思ったんです」
「そう、準備はもう整ってるのね」
力強い決意を聞き、まるで親のように微笑んでいた彼女だが。
「そう、そうなのね」
少しもじもじするように足元へ視線を落とし、地面を踏み踏みしはじめる。
が、それも一瞬のこと。
「ねぇシロナ」
「なんでしょう」
シルビアもシルビアで、意志の宿った瞳で彼女を見つめる。
「私もそれに、一枚噛ませてくれないかしら?」
「えっ?」
「お金には困ってないようだけれど……でも、いくらあってもいいでしょ? 私も軍人時代に稼いだお金とか、あとはコネもたくさん持ってるわよ?」
どうかしら? と窺う視線の彼女に、シロナの方は目を丸くしている。
「それは、かまいません、けど。どうして急にそんな?」
至極当然の疑問に、シルビアは視線をネームプレートへ移す。
そこにあるのは、『Rita Roquentin』の文字。
「リータが亡くなった時、私の心残りはね? 私が世界を平和にして、あの子にあげたかったのはね?」
「はい」
「戦争ばかりの人生から解き放ってあげること。少女として子どもとして、当然受け取る権利があった幸せをあげたかったの」
『子どもへ』の何が心を打ったのか。
あるいは、『子ども』たるリータへの想い。
彼女の胸の内と重なったからかもしれない。
「でも、それは叶わなかった。子どもらしいことはさせてあげられなかった。だからせめて、キャンディの会社なんか作ったら、あの子も喜ぶと思うの」
大切な想いを抱き締めるように胸に手を添え、目を閉じるシルビア。
その姿に、
「はい。必ず」
シロナも微笑み、大きく頷いた。
「よしっ! じゃあ、決まりっ!」
どこまで行っても、元来ノリと勢い、情熱の人なのである。
全てを終え、失い、舞台を降りて、燃え尽きていた彼女だが、
やることが決まれば、俄然力が湧いてくる。
「それじゃシロナ。これからよろしくね」
「こちらこそ!」
新たなパートナーとガッチリ握手を交わすと、
なんだか急に、元から晴れていた空が明るくなったように感じられた。
釣られて視線を上げると、
抜けるように青いキャンバスと、秋特有のやや薄く伸びた白い絵の具。
はるか昔からずっと続く空。
彼女の愛しい人たちが、命懸けで繋いできた今があるからこそ続く空。
シルビアはそこに新たな希望と、
この空の向こうを確かに駆け抜けていった、
その後二人は新会社『カーチャ・キャンディ・カンパニー』を創業。
メキメキと業績を上げ、特に主力商品のキャンディアソート
『
が大ヒット。
世界中の人々へ笑顔を届けることとなった。
創業者の一人、シロナ・マコーミックはその後も精力的に働き、60歳で経営から退陣。
残りの人生の多くを、歴史家たちの取材協力に充てた。
彼女はこのことについて、常々
“私には学もなければ一兵卒で経験もない。二重苦で、とてもとても学術的に参考になることは話せないのですが”
“それでも、どうしても皆さんに伝えたい、戦争とある人の記憶があるのです”
そう語っていた。
その発言が事実か謙遜かは分からないが。
一つ確かなことは、
彼女のその口頭ゆえの飾らない平易な語り口
『英雄ではない人物から見た戦場』『英雄ではない人物から見た英雄』の話
得難い時代の息遣いを伝えてくれたことは確かである。
それから22年間、ついに語り終えたのだろうか。
2388年3月4日、82歳で『ある人』に褒めてもらいに旅立っていった。
そして、もう一人の創業者。
シルビア・マチルダ・バーナードは。
まず33歳の頃、『カーチャ・キャンディ・カンパニー』事業開始5周年記念として
『公益財団法人・ロカンタン児童福祉会』を設立。
皇国中の児童養護施設や保育園を支援したり、
『ロカンタン記念 “天使の家”』を始めとして、新たに開所したりした。
35歳。『カーチャ・キャンディ・カンパニー』が地球へ進出。
フランス・オルレアンに第一号を構え、自身が社長に就任。
地球圏での発展に力を注いだ。
40代半ば頃までは地球に付きっきりとなる。
その後60歳まで、忙しく皇国と地球を行き来する一方、
後進育成
ますますの児童福祉会の運営や、会社の社会奉仕への傾倒
徐々に第一線からは身を引いている。
『カーチャ・キャンディ・カンパニー』経営から完全に退陣すると。
『ロカンタン児童福祉会』の名誉会長となり、各地の施設を訪問して周る日々となった。
その一方で、サントリーニやバリ、フーコック。
時折地球に降りては、有閑老人の悠々自適なバカンスを楽しんでいたようである。
それからの彼女は64歳で
「どうせ訪問先の施設に泊まってばかりで住んでないし」
と、オルレアンの邸宅を残し、他の別荘を全て競売に掛けた。
売り上げを児童支援基金に充てるチャリティーである。
これを最後に児童福祉会の運営からも身を引き、話題に上がることも少なくなった。
よって、これ以降の動向は、ケイがクロエに送った手紙の中で
“最近は施設訪問もやめ、『天使の家』を
“たまにフランスには降りているようだ。”
と書かれている程度しか分からない。
そして72歳の折、『終戦50年』のドキュメンタリーの取材に応じ、
“多くの優しい人たちがいました。強いとか優れているとかではなく、優しい人たちがいました”
“でも彼ら彼女らの多くは、私や誰かのために亡くなってしまった”
“それが戦争という悲劇です”
“逆に私なんかは、彼らのおかげで生き残らせてもらい、それを後世に伝えているわけで”
“分からないものです。数奇なものです”
“まぁ、『悪役令嬢世にはばかる』ということで”
とコメントしたのが最後。
歴史の表舞台から完全に姿を消し、
2394年、誕生日翌日の10月14日、コスモスの花が見頃の晴れた日に
“天使の家”の自室のベッドで、自身の天使に迎えられていった。
92歳。
遺体は本人たっての希望で、
特別に戦没者記念公園墓地の、リータ・ロカンタン元帥の隣に埋葬された。
また、遺品を収めた“天使の家”の庭、リータ・ロカンタン記念碑の隣
遺髪とマフラーを収めたフランス・オルレアンの聖アンヌ=マリー修道院
アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンとジャンカルラ・カーディナルに並んで
計3箇所の墓所が存在している。
これによりシルビア・マチルダ・バーナードは
簒奪者ショーン・サイモンすら祀られている現時点で唯一
歴代皇帝廟に入っていない皇帝となっている。
悪役令嬢とコスモスの花束 〜推しと運命の少女と国家転覆スペースオペラ〜
完
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