第53話 正解不正解

 こいつ、分かっているのか?


 イルミは

 同性ならいざ知らず、『初対面の女性に下の名前で呼ばせる』など。

 年下甘え上手イケメンにしか許されない。やっぱり同性でも一定の年齢以上はドギツい。

 他の存在なら、星によっては逮捕される(かもしれない)。

 が、


「じゅ、じゅりあす……」

「そう、ジュリアス」


 ズルいぞ!


 この年にもなって、年下相手にシロツメクサの花冠でも編む少女のような。

 ますます恥ずかしく、情けなくなる。

 これ以上は耐えられない。彼女は話題を変えることにする。


「そういえば、さっきの戦術論の講義」

「『倍の兵力差を相手にする』とかなんとかだっけ」

「あぁ。私が『教科書どおり』と切り捨てられたあれだ」

「あ、あれミチ姉だったのか」


 なんの気なしな返事が、イルミの胸にチクリとくる。


 ふ、『あれミチ姉だったのか』か。

 そりゃおまえは主席で有名人で、私からは一方的に知っていても。

 おまえからは中の中で目立ちもしない私のことなど、眼中にないだろうな。

 ようやく痛みをくれ……


 ん?


「おまえ、今なんて言った?」

「え? だから『あれミチ姉だったのか』って」

「ミチ姉ってなんだ!!」


 イルミが大声をあげると、ジュリアスは「イタズラ成功」というように笑った。


「だって『イルミ・ミッチェル』でしょ? で、僕より年上でしょ? え、違うの? いくつ? 僕1【機密】才だけど」

「女性にズケズケと年齢を聞くな!」

「年下だった? だったらごめん。大人びてるんだね」

「いや……、20だ……」


 逆に老け込んでいると思われたくもなくて。思わず正直に答えてしまった。

 別に1【機密】才相手にハタチだなんて、恥ずかしがる年齢じゃないだろう。

 そもそも何才でもよかろう。1【機密】才にドギマギさせられていることを除けば。 

 それに関して、細かい数値は言えないが。少なくとも5才差はあるとのみ述べておく。

 やっぱり犯罪である。


「じゃあ『ミチ姉』でいいでしょ? そっちが『ジュリアス』って呼ぶんだ。僕も何か、ね?」

「ジュリアスと呼ばせたのはおまえだろ!」


 寝転んでいる相手だが、思わず襟をつかんで軽く揺さぶると、


「よかった。元気そうだ」

「なっ!?」


 彼は優しく微笑んだ。

 歳を聞いたりをつけたり。年下でもやや許されないようなラインを越えてきながら。


 見て分かるほど負オーラ全開。

 どころか、もしかしたら敵意すら剥き出しだったかもしれない自身を。


 まさか年下に気を遣われるとは……!


 恥ずかしい。何度目の恥ずかしさか。心臓にチクチクきていたのが、今はバクバクくる。

 晩夏にジャケットを脱いでいるジュリアスだが、イルミは真夏の正午の気分。

 暑い。水着になりたい。いや、それはいよいよ恥ずかしさで死ぬ。


「まぁ、ミチ姉はミチ姉でいいとしてさ」


 生死の境を彷徨っていたところ、彼の声で引き戻される。


「よくない!」

「さっきの講義がどうかしたの?」

「あ、あぁ……」


 散々振り回されて、ようやく本題。やはり主席さまは強敵である。

 そう、相手は主席さま。

 熱くなった心身を静める意味でも、彼女は冷たく意地の悪い言い方を選ぶ。


「おまえは成績トップだろう? 主席サマならあの問題、どう解く?」

「あー」


 彼は手に持っていたサングラスを、ビーチファッションのように頭へ差す。


「まぁまずは、敵の状態を定義しないことには考えられないからね。そこはミチ姉と同じ、順当に包囲戦でくると考えようか」

「うむ」


 ジュリアスは結局、サングラスを普通にかける。手元を動かすことで思考が捗るのかもしれない。


「じゃあこっちもV字かな。三分の一の軽量級は中心に置こう」

「なっ!?」


 それではあまりにもセオリーと逆すぎる。

 V字は数で勝り、相手を包囲するのに特化した陣形。

 それを向いていないどころか、包囲戦など不可能な兵力差で選択するなど。

 また、鶴翼の中心は旗艦がいる本丸。そこに戦艦以外の割り合いを増やすなど。

 確かに『教科書どおり』と揶揄されるイルミだが、さすがに逆張りがいいとは思わない。


「それは無茶があるだろう! ただでさえ車同士でぶつかったら、より大きく重い方が強いというのに!」

「同じ形じゃないよ」

「なっ?」


 よっこらせ、とジュリアスは上体を起こす。

 その振動でサングラスが下にズレて。

 さっきまでさ何度も見た糸目だが、一度隠れてチラ見えすると、


 くっ!


 さすがの主席さまも、相手が聞いておいて別のことを考えているとは思わないらしい。


「相手はこちらを包囲しようと考えてるわけだ」

「あぁ、まぁ」

「じゃあこちらの横幅が広いと、向こうも自然と翼を大きくしなければならない」


 彼は抜き手をすいーっと前へ。


「だけど急に艦隊の総数は増えたりしない。展開すればするほど、翼は薄く脆くなる」

「確かに」

「しかも素早く包囲しようと考えたら。翼の先は自然と、足の速い軽量級が中心になる」


 抜き手が握られ、人差し指と中指でパタパタ走る。


「つまり、局地的には。パワーバランスが逆転する、打ち破れるタイミングが必ず来る」


 その指使いを見つめながら、イルミは頭を働かせる。


「しかし、結局こちらも鶴翼の利点は」

「鶴翼じゃない。V字」


 上から下、縦に手刀が振られる。


「こちらが向こうを包囲する必要はない。V字を真ん中で割って、二手の縦陣で相手の薄いところを各々突破すればいい。あるいは」


 今度は下から上。


「相手が左右を厚くすれば、薄くなった中央。固めておいた軽量級を一気に押し出して電撃戦。ミチ姉の『魚鱗で突破』も狙える」

「そうかもしれない、が……」


 内容以上の説得力を感じているイルミ。

 しかしそれには、何か別の感情が混ざっている気がして。

 批判的な意見を絞り出してみる。


「そんなうまくいくか?」


 するとジュリアスは自信たっぷりに、



「知らない」



「はぁ!?」


 ここに来て急なハシゴ外し。

 イルミは思わず肩へつかみ掛かるが、彼はヘラヘラ。


「いいじゃん別に」

「いいわけあるか! それで負けたら!」

「実際にこれで戦えって言われてるわけじゃないし」


 ジュリアスの手が彼女の腕を取る。

 肩を放させるためとは言え、ドキリとするイルミだが、


「『教科書どおり』が肯定的じゃない時点で、『出せ』なんて言われてないよ」


 続く言葉に、別の意味でドキリと、心臓が引き攣った。



「ミチ姉は『教科書どおりしかできない』んじゃなくて。外したくないだけだろ?」

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