第147話 イェン先輩、貴女が殴ろうとしてるのは拳者ですよ

 午前中の頭を使うプログラムは終わり、昼食を取ってからシルバ達は午後のプログラムに移った。


拳者マリア体操始め!」


 メアリーの号令でシルバ達は屋上で拳者マリア体操を始める。


 マリアがエリュシカに持ち込んだこの体操は、体をほぐすのに丁度良いので朝の運動に相応しいだけでなく、準備運動にも取り入れられている。


 今年はメアリーもイェンも拳者マリア体操を終えただけで運動した気にはならなかった。


 もしもその気になっていたのだとしたら、新しく学生会に加入した戦闘コースではないメリルにがっかりされていただろう。


 メリルは学生会の入会面接の際に行っていた通り、合同キャンプを終えてから体も鍛えていたので拳者マリア体操を終えてもピンピンしている。


 準備運動が終わったら縄跳びの時間だ。


 去年はロウが学生会メンバーを牽引していたが、今年はその役目をシルバが引き継ぐ。


「では前跳び100回から始めましょう。これを3セットこなしてもらうのでそのつもりでいて下さい」


「「「「「はい!」」」」」


 各々が前跳びを行う中、シルバとアリエル、ついでに暇ができたので参加しているエイルがボクサー跳びを披露すると、メアリーが信じられない物を見た表情になった。


「嘘です。エイルさんはこっち側の人間だったはずなのに・・・」


「甘いですよメアリー。軍人がいつまでも動けないままで良いはずありません」


「先輩達すごいですね。俺もやってみます!」


 ボクサー跳びに興味を持ったジョセフが普通の跳び方からボクサー跳びに切り替えてみた。


 最初は拙い感じだったけれど、次第に慣れてシルバ達と同じように跳べるようになった。


「ジョセフは筋が良いな」


「ありがとうございます!」


「ま、不味い。このままだと会長としての威厳が」


「会長、元々威厳はそんなにない」


「え? 痛っ」


 イェンの発言に注意が散漫になってしまった結果、メアリーは縄を足首に打ち付けてしまった。


 会長としての威厳を保とうとして頑張ってスピードアップしていたこともあり、声を漏らしてしまう程度には縄に引っかかって痛かったらしい。


 それでも、前跳び100回×3セットと後ろ跳び100回×3セットを終えても、メアリーは屋上に寝転ぶことも座り込むこともなかったのだから、着実に成長していると言えよう。


 イェンやメリルも座り込むことなく息を整えており、ジョセフはエイルと同じぐらいには体力をセーブしていた。


「ジョセフ君はなかなかやるね。流石は合同キャンプでミッションをコンプリートしただけはあるね」


「ありがとうございます、アリエル先輩」


 アリエルに褒められてジョセフは嬉しそうに笑った。


 ジョセフは今年の合同キャンプでそこそこのメンバーとチームになれたようで、どうにかミッションをコンプリートできた。


 アリエル達がジョセフから聞いた限りでは、去年とは違ってミッションをコンプリート出来たチームが4チームいたらしい。


 去年のシルバのように慎重になって必要以上に他のチームからミッションリストを奪う者はいなかったから、概ね教師陣の予想通りの結果になったのだ。


 もっとも、シルバ達の打ち立てた偉業を超えようと動いたチームもいたけれど、そのチームにはシルバ達のような実力がなくてあっさり返り討ちにあったのだが。


「まだそんなにバテてないようなので、これから師匠直伝のランニングを行います」


「シルバ君、私はそろそろ家事をするために戻りますね」


「わかりました。すみませんがお願いします」


「くっ、やられた・・・」


 エイルはこの後のランニングがどんなものなのか知っていたため、丁度良いタイミングだと思って家の中に戻って行った。


 ランニング自体は倒れ込まずにやり遂げられるかもしれないが、その後に家事をする元気はないだろうと判断して戦略的撤退を行ったのである。


 シルバもアリエルも学生会のメンバーだから、合宿を抜け出す訳にはいかない。


 それゆえ、普段は分担している家事をエイルにお願いしなければならないため、シルバはエイルを引き留めたりしなかった。


 アリエルも家事に逃げたかったけれど、立場上合宿から離脱するにはそれなりの理由が必要だから、悔しそうにしているもののエイルを見送った。


「シルバ、一体私達にどんなランニングをさせるつもり?」


 イェンはこの後行うランニングが普通のものではないと察して訊ねた。


「師匠から教わったインディアンランニングというランニングです」


「「「「インディアンランニング?」」」」


 シルバとアルを除くメンバー全員が初めて聞くランニングの方法に首を傾げた。


「長距離ランニング中にダッシュを取り入れ、有酸素運動と無酸素運動を組み合わせたトレーニングができるんです」


「うわっ、それ絶対キツいじゃん」


「そのランニングを考えついた奴の顔に拳をねじ込みたい」


「デ、デーモン的な発想です・・・」


「ダッシュ力とスタミナを同時に付けられる素晴らしいトレーニングですね」


 女性陣はドン引きしてジョセフは素晴らしいと歓喜した。


 悲喜交々なリアクションを受けてシルバは説明を続ける。


「やり方は簡単です。最後尾の人は直ちに先頭に走り出なければならず、このランニングは最後の1人になるまで続けるんです」


「拷問かな?」


「シルバの師匠は何処? 1発だけで良いから殴らせて」


「あばばばばば」


「ストイックなメニューですね。楽しみです」


 (イェン先輩、貴女が殴ろうとしてるのは拳者ですよ)


 インディアンランニングのやり方を聞いたイェンはプルプルと震えながら拳を固めた。


 マリアがシルバの師匠だと知らないからそんな発言ができるのであって、実際にマリアがシルバの師匠だと聞かされたら卒倒するかもしれない。


 その一方でメアリーとメリルはお互いに抱き合って震えていた。


 メアリーは会長の威厳とか以前に早い段階で倒れそうだと察したから、インディアンランニングを拷問扱いした。


 メリルも自分の脳みそのキャパシティを超える出来事ばかりあり、頭から煙が噴き出していてもおかしくないレベルでヒートアップしている。


 女性陣が震え上がっているのに対し、ジョセフはインディアンランニングを楽しみにしている。


 戦闘コースでシルバに憧れて鍛えているのは伊達ではないようだ。


 元々今日の午後は体を動かすプログラムを行う予定だったため、シルバ達はいつまでも喋っていないで実際にインディアンランニングを始めた。


 キマイラ中隊でも自主鍛錬の日に行うから、シルバとアルは涼しい顔で走る。


 ジョセフはしんどいと感じ始めても、これがダッシュ力とスタミナ強化に繋がる実感があるようで笑顔だ。


 イェンとメリルは苦しいと思う表情を押し殺しているせいで無表情になっている。


 メアリーに至っては真っ先に呼吸が乱れて辛そうな表情を取り繕う余裕がなかった。


 やはり89期学生会で最もスタミナがないのは会長のメアリーのようだ。


「ハァ、もう、ハァ、駄目・・・」


 メアリーは6回目のダッシュで先頭まで辿り着けずに立ち止まってしまい、そのまま膝から崩れ落ちた。


 メアリーが脱落した後はメリルが8回目のダッシュで脱落し、イェンが10回目のダッシュで脱落した。


 これで残ったのは戦闘コースの3人だけになった。


 20回、30回とダッシュの数を重ねても誰も脱落せず、動きがあったのはジョセフの50回目のダッシュの時だった。


 ジョセフが足を攣ってしまい、その場から動けなくなってしまったのだ。


「ジョセフ君もリタイアしたから、いよいよ僕とシルバ君だけだね」


「そうだな。どうする? 俺達だけ続けても他のメンバーを待たせるだけになっちゃうけど」


「シルバ君にリベンジできないのは残念だけど、他のメンバーのクールダウンもしなきゃいけないよね」


「だよな。じゃあ、ここまでにするか」


「うん」


 シルバもアルもまだまだ余裕はあったが、2人だけでずっと追い抜き追い抜かれている間にメアリー達を放置する訳にもいかない。


 したがって、インディアンランニングを終了してクールダウンに移行した。


 足を攣ったジョセフに光付与ライトエンチャントを使ったマッサージを施し、その後にそれを見て羨ましそうにしていた女性陣にもシルバはマッサージを行った。


 そうなれば、アルも自分だけ仲間外れにしないでと目で訴えて来る。


 結局、シルバが全員マッサージすることになった。


 マッサージ終了と共に午後のプログラムも終了し、女性陣と男性陣が交代で風呂に入った後はエイルが用意してくれた夕食を全員で味わった。


 モンスターに襲われることはなかったが、インディアンランニングのおかげで去年の合宿よりも今年の方がハードだったとメアリーやイェンが評価したのは言うまでもない。

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