第176話 ご主人、聞こえる?

 1週間後、キマイラ中隊第二小隊は今年初めての雪が降る中、へメラ草原に急行していた。


 これはへメラ草原で割災が起きたから派遣されたのだ。


 へメラ草原は視界を遮るものがないから、目につくモンスターを倒すだけで済む。


「雪が降ってるのに割災が起きるとはツイてないねぇ」


「日頃の行いが悪いからですよ、ロウ先輩」


「えっ、俺のせいなの?」


「心当たりがないとレイの澄んだ目を見て言えますか?」


「俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!!」


 アリエルと御者台にいるロウがじゃれている間にシルバはへメラ草原に現れたモンスターの集団を見つけた。


「左にブラックスケルトン率いるレッドスケルトンの群れで右にトロールか。どっちもへメラ草原に現れて良いレベルじゃないぞ」


「シルバ君、援軍を呼びますか?」


 シルバがやれやれと首を振っている隣で、エイルが数的不利なら無理に相手をしなくても良いのではと控えめに提案した。


「大丈夫です。アリエルとロウ先輩でトロールのヘイト稼ぎをお願いします。俺とレイはブラックスケルトン達を処理してから合流するので。レイ、行くぞ」


「キュウ!」


 レイがシルバの求めに応じて馬車から飛び立ち、<収縮シュリンク>を解除して元の大きさに戻った。


 シルバはレイの背中に乗り、馬車から見て左側にいるブラックスケルトン率いるレッドスケルトンの群れを襲撃する。


「キュイ!」


 レイが上空から風刃ウインドエッジでレッドスケルトンを何体か倒すと、シルバはレイの背中から飛び降りつつ自分も攻撃を仕掛ける。


「肆式水の型:驟雨!」


 この攻撃で取り巻きのレッドスケルトン達を全滅させ、シルバが着地した時に残っていたのはブラックスケルトンだけだった。


 ブラックスケルトンはカタカタ音を鳴らしながら、手に持っている剣を上段に構えてシルバに接近する。


 距離があるのに上段からの振り下ろしを狙う構えで来れば、シルバにとってそれは隙だらけである。


「壱式光の型:光線拳」


 シルバの拳から繰り出された光線にがら空きの胴体を貫かれ、ブラックスケルトンはグシャッと音を立てて倒れた。


 ブラックスケルトンを倒したシルバは魔石を拾い上げ、レッドスケルトンの魔石だけ食べているレイに近づく。


「レイ、これも食べて良いぞ」


「キュイ♪」


 レイはシルバから魔石を貰って喜び、飲み込んでからシルバに甘えた。


「よしよし。でも、まだあっちでアリエルとロウ先輩がトロールと戦ってるから甘えるのはもうちょっと後でな」


「キュウ」


 シルバに言われてそうだったと気づいたレイは、シルバを背中に乗せてアリエルとロウが足止めしている場所に移動した。


 トロールと戦っているアリエルとロウは敵のタフさに困っていた。


「魔法を厚い脂肪が軽減させるし、ここはサルワを使って接近戦の方が良いですかね?」


「止めとけ。トロールのフルスイングが当たったらヤバいぞ」


「ですよね。風を切る音が違いました。僕は遠距離攻撃から時間稼ぎに徹することにします」


 アリエルの申し出に対し、先程接近してトロールのフルスイングを紙一重で避けたロウは拒否した。


 アリエルも騒乱剣サルワを使ってかなり近接戦にも慣れて来たけれど、自分だって避けるのがギリギリだったトロールとアリエルに接近しろなんて指示はロウには出せなかった。


 そこにシルバとレイが合流する。


「お待たせしました」


「おう、これで勝てるわ」


「シルバ君、トロールは頭が弱い分だけ筋力と耐久力、再生力を兼ね備えてるから、隙を作ったら攻撃よろしく」


「了解」


 シルバという小隊内最高火力が揃えば時間稼ぎなんてする必要がない。


 ロウがトロールの左側面に移動しながら投げナイフで攻撃すれば、アリエルはトロールの右側面から岩槍ロックランスを連発してトロールの注目を威嚇した。


 これでトロールはどちらに反撃すれば良いかわからなくなり、棍棒を振り回してその場でグルグルし始めた。


「キュイ!」


 レイが風幕ウィンドカーテンを発動し、シルバ達をトロールの視界から消した。


「ぬぉっ?」


 シルバ達が消えたことでトロールはその場で回転するのを止めた。


 (狙うはここだな)


 レイが作ってくれたチャンスを無駄にする訳にはいかないから、シルバは技の射程圏内に入って攻撃を仕掛ける。


「弐式光の型:光之太刀」


 シルバは手から光の刃を伸ばし、トロールと距離を詰めてトロールの体をバラバラに切り刻んだ。


 弐式光の型:光之太刀ならば、トロールの体を再生できなくなるぐらいまでダメージを与えられる。


 トロールだってサイコロカットされてしまえば再生できなくなるから、シルバはそれを狙って弐式光の型:光之太刀を使ったのである。


 トロールを倒しても周辺を警戒しつつ、敵がいないことを確認してから戦利品を回収し始めた。


「キュイキュイ」


「わかってるって。トロールの魔石が欲しいんだろ? おあがり」


「キュイ♪」


 レイはトロールの魔石が欲しいと甘え、シルバからそれを与えられて喜んだ。


 雪が降っていることもあり、寒い場所からさっさと撤収したいシルバ達はトロールの素材を持ち帰れるだけ持ち帰る。


 流石のレイもトロールの肉は食べたいと思っていないようで、魔石以外に目を向けることはなかった。


 (ブラックスケルトン達の骨も一応回収しとくか)


 先程は魔石だけ回収して来てしまったが、スケルトン達の骨も帝国軍の研究部門に渡せばそれなりに使い道があるので回収できるなら回収した方が良い。


 そう思って骨のある辺りに視線を向けた時、シルバは先程までいなかった灰色の毛皮に覆われた存在を見つけた。


 頭や尻尾は狼のそれだが、胴体が人間のようなつくりになっているのだ。


 (あれは確か、ライカンスロープだったか)


 異界にいた頃、シルバは師匠マリアからその存在について聞かされていた。


 ライカンスロープは自身の身体能力が高いだけでなく狡猾だから、遭遇してしまったら気を緩めないようにとアドバイスされたが、実際に異界で出会ったライカンスロープはいずれも狡猾だった。


 マリアが獲物を仕留めたタイミングで手負いを装って現れ、哀愁漂わせる鳴き声で獲物を分けてもらおうとする者が多かった。


 それ以外では漁夫の利を狙う個体が次に多かったと記憶している。


 シルバが直接戦う機会はなかったけれど、どの個体と遭遇した時もマリアは容赦なく仕留めていた。


 その理由として、自分達が絶対に敵わないとわからせれば近寄って来ないからだ。


 狡猾なモンスターを相手にするのは面倒だが、ここで見逃してライカンスロープによる犠牲者が出ても困る。


 だからこそ、シルバはブラックスケルトンをガジガジと噛んでいるライカンスロープを狩ることに決めた。


「アリエル、あいつを散らばってる骨ごと落とし穴に落としてくれ」


「わかった」


「レイ、俺達は穴の上を押さえるぞ」


「キュ」


 シルバはレイの背中に乗り、アリエルがいつでも落穴ピットフォールを使っても良いように準備した。


 アリエルがアイコンタクトをして落穴ピットフォールを発動すれば、突然足場がなくなったことでライカンスロープは慌てた。


「アォン!?」


 シルバのように鍛えていなければ、何かを踏まないとジャンプできない。


 周りにあるのは黒と赤の骨ばかりであり、それらを足場にして跳躍するのは困難を極める。


 壁が近ければ壁を蹴って地上に出られるのだが、アリエルがその目論見を防ぐように広範囲を落とし穴にしたのでそれもできない。


 ライカンスロープはただ落ちることしかできなかった。


 そして、穴の上にはレイに乗ったシルバが陣取っており、ライカンスロープが穴の底に落ちる前から攻撃を仕掛ける。


「レイ、やっておしまい」


「キュウ!」


 レイが風刃ウインドエッジを放てば、逃げ場のないライカンスロープは前脚を体の前で交差して自分の身を守るしかなかった。


 闘気鎧オーラアーマーを使ってダメージを軽減させることはできても、レイの風刃ウインドエッジの威力までは殺せなかった。


 そのせいでライカンスロープは穴の底に叩きつけられた。


 落下によるダメージで体が痺れているタイミングで、レイは容赦なく風刃ウインドエッジで追撃するものだからライカンスロープをあっさりと倒してしまった。


「レイ、よくやったな。ライカンスロープを回収したらその魔石も食べて良いからな」


「キュイ♪」


 レイは喜んでライカンスロープの死体を回収し、シルバが解体してから魔石を食べた。


 その後すぐに変化が生じた。


『ご主人、聞こえる?』


「・・・レイなのか?」


『うん、レイだよ』


 驚くべきことにレイはライカンスロープの魔石を取り込んだ結果、<念話テレパシー>を会得していた。

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