第175話 青春ねぇ・・・。青春ってなんだろうな
放課後、シルバはポールに呼び出されたのでレイを連れて学生指導室に来た。
アリエルには先に学生会室に向かってもらっているから、学生指導室にはシルバとレイ、ポールだけがいることになる。
「まさかシルバが名もなき第三皇子だったとはなぁ」
「実感が湧きませんけどそうらしいですね」
名もなきというのはシルバが生まれて名付けられる前に実行犯が第二皇妃を殺し、シルバを連れ去ったからだ。
シルバという名前も孤児院の院長が適当に決めたものであり、生まれたての第三皇子の誘拐は名前も決められない内に起きたことで当時は大騒ぎだった。
「そりゃそうだろ。アリエルは母親が近くにいたから早い段階で状況を飲み込めた。シルバの場合は昨日まで知らなかったんだから無理もない」
「キュイ」
「ありがとう。心配してくれてありがとな」
「キュウ」
レイは自分がシルバと一緒だから安心してくれと頬擦りした。
それを受けてシルバは頬を緩めてレイの頭を優しく撫でた。
「常日頃から規格外の塊だと思ってたが、アルケイデス先輩の弟だってわかったら妙に納得できることも多い」
「そうなんですか? いや、確かにアルケイデス兄さんは色々とぶっ飛んでるようですが」
「普通無理だろって思うことをしれっとやり遂げる所なんてよく似てるさ。アルケイデス先輩は第二皇子なのにほとんど護衛を連れ歩かないだろ。あれだって先輩自体が強くなきゃ認められない」
「確かに。アルケイデス兄さんの戦うところを見たことがないのですが、ハワード先生は見たことがあるんですよね? どんな風に戦うんですか?」
シルバはアルケイデスから感じ取れる雰囲気から、彼が強者であることを察していた。
それでも手合わせしたことはないので、どんな風に戦うのか知らないのだ。
先輩後輩の関係にあるポールなら知っているだろうと思い、シルバはアルケイデスの戦闘スタイルについて訊ねた。
「基本的には徒手空拳で戦うが、状況によっては腰に鎧みたいに巻いてるフレキシブルソードで戦うこともある」
「フレキシブルソードって、あぁ、師匠から聞いたことがあります。あれはロマン武器だって言ってましたね」
「ロマン武器? 使えたらカッコ良いけど扱うのが滅茶苦茶難しいってことか。そーいう意味ならフレキシブルソードはロマン武器だな」
フレキシブルソードとは鞭と剣の中間のような武器であり、柔らかい鉄を鞭のようにしならせた一枚刃の剣のことだ。
普段のアルケイデスは軍服の下にフレキシブルソードを巻き付けており、それを防具代わりにしているようだ。
しかし、戦う相手によっては<
その戦闘スタイルは今のシルバも同様である。
基本的には【村雨流格闘術】を使い、必要に応じて熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを使う。
シルバが狙って似せた訳ではないのだが、偶然にもアルケイデスとシルバは似たような戦闘スタイルだった。
「アルケイデス兄さんってどれぐらい強いんですかね? ハワード先生はご存じですか?」
「レッド級モンスターに囲まれても生還できるぐらいには強いぞ。ブラック級モンスターと戦ったことはないだろうけど、アルケイデス先輩が勝てないとは思えないな」
ブラック級モンスターと戦っても多分勝てるとみなされるアルケイデスにシルバは興味を持った。
(今度模擬戦でもお願いしてみようかな)
シルバの場合、模擬戦で相手になるのはアリエルとソッドぐらいだ。
この2人とはそこそこの頻度で戦っているから、まったく別のタイプのアルケイデスと戦ってみたいとシルバは考えたらしい。
それと同時に自分がアズラエルと戦っているのを見た時、アルケイデスは自分が戦うならどう戦ったのかと考えていたかもしれない。
この考えはポールに伝えても仕方がないのでシルバはその部分のみ黙っていた。
あくまで本人と直接会った時に聞くべきなのだろう。
「それはそれとしてだ、皇帝陛下からキマイラ中隊第二小隊をアルケイデス先輩の護衛に付けるために引き抜いても良いかと訊かれたけどどうする?」
「どうするもこうするも皇帝陛下から命じられたら逆らえないのではありませんか?」
「それが今回だけは違う。急な申し出だし、そもそもキマイラ中隊は帝国軍におけるお試し中隊だ。そこからシルバを引き抜くためだけに折角集めた隊のバランスが崩れることはよろしくない。つー訳で、今回は断っても良いという話も受けてる」
「そこまでの評価をいただけてることに感謝すべきなんですかね」
「どうだろうな。皇帝陛下も長いこと生存の可能性を諦めてた
ポールの言い分を聞いてシルバは苦笑した。
今の正直な気持ちを話せば、アルケイデスを兄と呼ぶのは大して抵抗はない。
ロザリーをロザリーお姉ちゃんと呼ぶのも抵抗がない訳ではないが、ロザリーがそれだけで自分に好意を示してくれるなら対価として安上がりだからそう呼ぶつもりだ。
だが、
両親の愛情を知らぬシルバにとって、フリードリヒが父親だったと頭で理解できても感情として受け入れられるかは別問題だろう。
だからこそ、シルバは苦笑するしかなかった訳だ。
「であれば俺が卒業するまでその話は保留させて下さい。アルケイデス兄さんの護衛になったら、軍学校にはいられないでしょうから」
「そりゃそうだろうな。護衛が護衛対象から離れてる時が多いなんてナンセンスな話だ。それにしても、シルバは軍学校が好きだよな。ミッションがない時はできるだけ登校してるじゃないか」
「師匠の手紙に何人たりとも若人から青春は奪っちゃならないって書いてあったんです。それって俺自身も俺の青春を奪っちゃ駄目ってことですよね?」
「青春ねぇ・・・。青春ってなんだろうな」
シルバの回答を聞いてポールは難しい話だと眉間に皺を寄せながら呟いた。
ポールのような省エネ人間にとって青春とは無縁な概念なのかもしれない。
いや、アルケイデスに巻き込まれてハラハラドキドキする学生生活を送ったのならば、それもまた青春なのだろう。
そうだとしても、ポールは基本的に面倒臭がりでユリアにプロポーズするために見せた行動力が最初で最後の積極性なのではないかとポールの関係者は思っている。
「青春とは口実であり、猶予期間であるというのが俺の見解です」
「シルバもなかなかに冷めてるよな。俺のこと言えないんじゃね?」
『もっと熱くなるのよっ』
『熱量、大事』
ポールからの指摘に熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュが続いた。
(そんなこと言われても青春って柄じゃないからさ)
「キュイキュイ」
シルバが困ったように笑うと、レイが自分だけはどんなシルバも受け入れるぞと気持ちを伝えながら頬擦りした。
「レイ、ありがとう。まあ、卒業までには青春も良いものだって思えるようになりたいですね」
「そうだな。だったら、俺としてはシルバの学園生活を最低限守ってやれるよう動くとしよう」
「ありがとうございます。ハワード先生ってなんだかんだで面倒見良いですよね」
「下の世代がちゃんと育ってくれないと俺が楽できないからな」
今日一番の決め顔だが、言っていることはそこはかとなく駄目な感じがするのがポールクオリティである。
アルケイデスの護衛の話が終わったため、ポールがシルバを呼び出してしたかった話は終わった。
学生指導室から出たシルバとレイは学生会室に向かった。
部屋の中に入ると、メアリーがイェンに会長の業務を引き継ぎをしていた。
来年度の学生会長の立候補者は今のところイェンしかいないから、早目に引き継ぎを始めているのだ。
その他のメンバーは年末に向けてやるべき作業を行っており、シルバとレイの入室に真っ先に気付いたのはアリエルだった。
「シルバ君、呼び出しお疲れ様。どんな話をしてたの?」
「う~ん、一言で表すなら青春についてだな」
「シルバ君とハワード先生が青春・・・?」
「この世に存在しない物を見るような目で見るのは止めようか」
「キュウ」
「ごめんね。あまりにも予想外過ぎて」
レイがそれは失礼だとアリエルを咎めるように鳴けば、アリエルも確かに失礼だったと詫びた。
シルバは学生会室での何気ないやりとりも青春なんだろうかとぼんやり考えつつ、自分がやるべき仕事に着手し始めた。
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