第174話 とまあ、戦争なんて帝国にとっても他所の国にとっても碌なことにならん

 翌日、ディオニシウス帝国に激震が走った。


 第一皇子イーサンが服毒自殺し、その理由が第二皇妃と第三皇子を殺すよう指示した黒幕だとバレたこと皇室から発表されたからだ。


 実行犯の手紙の内容については第三皇子が生きていることを認める手続きが済むまで伏せている。


 イーサンが諸悪の根源だったことを明らかにしただけでは国内の雰囲気が悪くなってしまう。


 それゆえ、第二皇子アルケイデスが皇太子として認められたことや帝国軍における配置転換の発表も同時に行われた。


 アルケイデスは各地で戦って国民を守って来たから、実はイーサンや第一皇女ロザリーよりも人気がある。


 そのおかげで国内はお通夜ムードではなく、めでたいとお祝いするムードになっていた。


 そのお祝いムードは軍学校にも影響が出ていた。


 どの学生も口を開けばイーサンとアルケイデスの話をしていたのだ。


 B2-1の教室に入ったところでそれは変わらず、ヨーキがその話をしたくてうずうずした様子でシルバとアリエル、レイに近づいて来た。


「おはよう! アルケイデス殿下が皇太子だってな! やったぜ!」


「おはよう。ヨーキはアルケイデス殿下推しだったのか」


 シルバは外でアルケイデス兄さんとは呼ばない。


 仮に呼ぶことになったとしても、それはシルバが第三皇子だったと公表されてからだ。


「昔、俺の地元はアルケイデス殿下が率いる小隊に助けてもらったことがあったんだ。だから、後継者争いに参戦しないって知ってショックだったけど、皇太子になられたって聞いて本当に良かったと思ってる」


「同じく」


「以下同文」


 ヨーキと似たような事情から、ソラとリクもアルケイデス推しだったようだ。


「シルバ、キマイラ中隊はアルケイデス殿下の指揮下に入るのか?」


「それはわからない。そもそも、キマイラ中隊はハワード先生が顧問だから小隊長の俺には今後のキマイラ中隊がどうなるかまでははっきりしないんだ」


 ヨーキの質問に対してシルバは何も話せることがないと伝えた。


 そのタイミングでポールが教室の中に入って来た。


「お前等ー、軍人になろうってのに浮かれてんじゃねえぞー。席に着けー」


 ポールに注意されてB2-1の学生全員が静かに着席した。


「今日のホームルームでは、お前達も知っての通りアルケイデス殿下が皇太子に即位されたことを伝えておこう」


 教室がざわつくことなく、ポールが淡々と説明を続ける。


 何があったかは秘密だたけれど、昨日の城はアルケイデスが皇太子になったり、てんやわんやだった。


 その際にシルバに関することはシルバの担任のポールにアルケイデスから知らされている。


 何も知らされていないせいで、第三皇子だと発覚したシルバにとんでもないミッションを割り振るなんてことがあってはならないからだ。


 シルバとポールの目が合ったが、ポールがシルバを見るその目は困っている雰囲気を漂わせていた。


 また、放課後に呼び出しすると小隊内で決められたサインをされれば、シルバもポールがある程度事情を聞かされたのだろうと察することができた。


 午前中の講義は座学であり、帝国と諸外国の戦争の歴史が取り扱われた。


 サタンティヌス王国とも戦ったことがあるが、トスハリ教国とも戦っており、その影響で小国の国境が変わっていた。


「とまあ、戦争なんて帝国にとっても他所の国にとっても碌なことにならん。最初から最後まで面倒だしな。正直なところ、各国が割災対応だけしてれば世界はかなり平和だろう」


 ポールの発言は受けた人によっては到底受け入れられないものだった。


 それは帝国がエリュシカを統べるべきと考える思想の持ち主だったり、好戦的な他国の者である。


 しかし、この場にはいずれの者もいなかったので、ポールがいつものように面倒臭がっているのだろうとB2-1の学生達は考えた。


 実際のところ、ポールの考え方は正しい。


 戦争は始めるのも面倒であれば終結させるのも大変だ。


 しかも、いつどこで起きるかわからない割災がある世界で敵国との戦争だけに集中できるはずないだろう。


 講義が終わって昼休憩の後、午後は実技の講義なのでB2-1の学生達はグラウンドに出た。


「午後は実技の講義だ。今日はB4-1と模擬戦を行う」


 ポールの発言にB2-1の学生達は喜び、B4-1の学生達は不満を含む表情になった。


 どうしてこんなことになったかと言えば、11月のジェロス遠征ミッションが原因だ。


 ジェロスに巣食う盗賊等を討伐するミッションが大量に発布され、いざジェロスに行けばそこの支部長に良いように使われて結果を出せない学生が続出した。


 更に言えば、自分達ではできなかったからと功績を譲ってほしいと言い出す者も居り、B2-1を除いて多くの学生が叱責される目に遭った。


 B2-1の学生達はシルバやアリエルに牽引され、過去数世代と比べて優秀であり、自力でミッションをこなしていた。


 優秀ならば学生だろうがなんだろうが容赦なく使い潰そうとする支部長がジェロス支部を管理していたから、キマイラ中隊第二小隊がヨーキ達を保護しなければ危ないところだっただろう。


 ちなみに、当時のジェロス支部長は管理監督能力が支部長として相応しくないと判断されて降格人事で左遷された。


 支部長初場所で気合が入るのはわからなくもないが、部下の体調を鑑みないやり方とその成果の挙げ方はいただけないという判断である。


 今は別の者がジェロス支部長に就いており、アルベリ盗賊団もいなくなって少し楽になったジェロスを良い街にしようと奮闘している。


 学生達に話を戻すが、ジェロス遠征の一見を受けてB2-1には様々な経験をさせるのが良いだろうと校長ジャンヌが判断した。


 その結果、B2-1は上級生とクラブ活動以外でも模擬戦をする機会を得た訳だ。


「まずは両クラスのトップ同士に戦ってもらおうか。こっちはシルバだな」


「B4-1からはハンネスを出します」


 ポールがシルバを指名すると、B4-1の担任教師はハンネスと呼ばれた学生を選んだ。


 ハンネスはシルバを見て後退りたくなった。


 何故なら、ジェロスで彼等の目標である悪党を足止めしたのはシルバ達だったからだ。


 自分達が不甲斐なかったせいで手柄をほとんど譲ってもらっただけでなく、実力的に敵わないと本能的にわかってしまったからだ。


 そんな事情なんてポールは知らないから、ポールは両者の準備ができたのを確認して戦闘開始の合図を告げる。


「模擬戦第一試合、始め」


 先手必勝と言わんばかりにシルバが踏み込んで突撃すれば、ハンネスは訓練用の剣でカウンターを狙う。


 ところが、ハンネスは剣をいざ横薙ぎにしようとした時にシルバを見失った。


「ここです」


「ぐっ」


 シルバの声が聞こえた直後、ハンネスは自分の背後から首トンされて意識を失った。


「そこまで。勝者、シルバ」


「あの程度じゃ【村雨流格闘術】を使うまでもないよね」


「キュイキュイ♪」


「シルバすげえ!」


「4年生が相手でも圧倒的ね」


 ポールがシルバの勝利を宣言した後、アリエルはこうなるとわかっていたと言わんばかりの口ぶりになり、レイはシルバが活躍したのでご機嫌だった。


 ヨーキとサテラは模擬戦が始まる前に感じていた緊張感が吹き飛ばされ、自分達もやれるんじゃないかとポジティブになれた。


 その反面、B4-1側の顔色は教師も含めて優れなかった。


 シルバが強いことは百も承知だったけれど、クラス一の実力を持つハンネス本気を出してもらうことも敵わず無力化されたことは相当ショックだったようだ。


 そうだとしても、B4-1が絶望するにはまだ早い。


 第二試合でB2-1から選出されたのはアリエルだからだ。


 シルバとの対戦でも実力差を思い知らされるけれど、アリエルとの対戦はそれに加えて心を折られる。


 シルバとアリエルのどっちと戦いたくないかと訊かれれば、アリエルと答える者の方が多いに違いない。


 B4-1の2人目の学生はクレイトンだ。


 魔法に適した長杖を持っていることから、魔法系スキルをメインに戦うのだろう。


「模擬戦第二試合、始め」


「風の槍よ、我が敵を」


「詠唱なんてさせない」


 アリエルは岩弾ロックバレットを手加減して発射し、詠唱中のクレイトンの鳩尾に当てた。


 息を強制的に吐き出させられ、クレイトンはその場にドサリと音を立てて倒れた。


「そこまで。勝者、アリエル」


「流石アリエル。4年生をドン引きさせてる」


「デーモンよりデーモンらしいもんねー」


「メイ、その話詳しく聞かせてもらおうか」


 メイは余計なことを口走ったため、模擬戦を終えたアリエルに早々に問い詰められていた。


 今までの2つの試合で流れは決まってしまい、この日の講義でB2-1はB4-1の上級生相手に全勝した。

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