第173話 レイ、お前もか

 シルバが帰宅するとアリエルとエイルが出迎えた。


「ただいま」


「お帰りなさい」


「・・・」


 エイルはお帰りと言ってくれたのにアリエルが無言で考え込むものだから、どうしたのか気になってシルバはアリエルに訊ねる。


「アリエル、何かあった?」


「ちょっと気になることがあって」


 そう言うや否や、アリエルはシルバを抱き締めてじっくりと匂いを嗅いだ。


「俺、何か匂う?」


「シルバ君、正座」


「え?」


「シルバ君、正座。どうして僕達というものがありながら、香水の匂いをさせてるのかな?」


 ゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな迫力でアリエルに言われれば、シルバは心当たりがあったのですぐに弁明しようとする。


「誤解だ。訳を話すから一旦落ち着いてくれ」


「勿論聞かせてもらうよ。ねぇ、エイルさん」


「そうですね。私達だけじゃ物足りないなんてことはありませんよね?」


「そんなはずない。ちゃんと城で何があったか話すから落ち着いてくれ」


 シルバがアリエルとエイルの目を見ていったため、2人はとりあえず言い分を聞く気になった。


 シルバ達がリビングに移動すると、普段よりも小さくなったレイがシルバに飛びついた。


「キュ!」


「よしよし。ただいま」


 レイが小さくなったのはシルバからちょこちょこ魔石を与えてもらったことにより、<収縮シュリンク>を会得したからだ。


 このスキルは使用者の体のサイズを自在に小さくできるため、シルバと一緒にいたいレイは必要な時以外小さくなることにしたらしい。


 シルバに飛びついたレイだが、シルバの服から普段感じられない香水の匂いがしてどういうことだと問い詰める表情になる。


「キュイ?」


「レイ、お前もか」


「キュウ」


 レイは匂いを上書きしてやると言いたげな表情で自分の体をシルバに擦りつける作業に入った。


「シルバ君、さあ観念して全部話そうね」


「俺、後ろ暗いことしてないからね? 端的に言うと俺を孤児院送りにしたイーサン殿下をぶちのめしたら、ロザリー殿下に好かれてハグされただけだから」


「一体何があったの!?」


「端的に言わないで細かく教えて下さい!」


 シルバの口から色々ととんでもない話が手短に話されたため、びっくりしたアリエルとエイルが話の詳細について説明を求めた。


 第一皇子をぶちのめして第一皇女に好かれるようになった経緯なんて、常識的に考えて思いつくものではないから当然だろう。


「全部話すから落ち着いてくれって。まず、俺が皇帝陛下の指示でアルケイデスに付き添って城に行ったのは理解してるよな?」


「はい!」


「どうしたんだアル?」


「アルケイデス殿下のことを兄さんって呼んだのはなんで?」


「俺が殿下の弟だってわかったからだけど?」


「「え?」」


 サラッと流せない事実が飛び出してアリエルもエイルも聞き間違えたのではないかと思った。


 だが、それは聞き間違いではなく事実だ。


「俺ってば昔行方不明になった第三皇子らしいぞ」


「「えぇぇぇぇ!?」」


 実はやんごとなき血筋でしたというカミングアウトはアリエルだけだと思っていたら、実はシルバもでしたと聞いてアリエルもエイルも思わず叫んでしまった。


 その叫び声で体を擦りつける作業を中断したレイが首を傾げる。


「キュイ?」


「第三皇子なんだってさ。DNA鑑定と俺がいた孤児院を調べた結果、間違いないらしい」


「キュウ」


「ありがとう」


 レイはどんな事情があってどんな立場だとしてもシルバはシルバだと伝えてシルバに甘えた。


 そんなレイにシルバはお礼を言ってその頭を撫でた。


 そうしている間にアリエルとエイルがショックから立ち直った。


「それじゃあ、シルバ君は今後皇族として扱われるの?」


「それなんだけど、当面はシルバ=ムラサメとして生きてくことになった」


「第三皇子は亡くなったことにされてるからですね?」


「エイルさん、正解です」


 母親フィオを殺した実行犯は自殺してしまい、第三皇子は生まれてすぐに行方不明になって所在がずっとわからなくなったから、第三皇子は死んだものとされていた。


 実は生きており、それがシルバだったと発表するには手続きに時間を要するのだ。


「ついでに言いますと、アルケイデス兄さんと俺がぶちのめした後、イーサン殿下はアルベリが使った丸薬を飲んで変身途中で力尽きました」


「シルバ君、なんでそんな事態になったの? 後半は第一皇子を追い詰めたら手を組んでた王国の薬を飲んだんだろうって予想はつくけど、前半は何があったのかな?」


「俺とアルケイデス兄さんの母親を殺すように指示を出した黒幕がイーサン殿下だった。しかも、実行犯はイーサン殿下に人質を取られてて仕方なくやったらしく、俺がいた孤児院の院長に赤ん坊の俺を殺すのはとてもじゃないけど無理だって書いた手紙を出してた」


「僕の家族も屑ばっかだけど、シルバ君の家族にも屑がいたんだね。って良し案件だよ」


 アリエルの目からハイライトが消えており、彼女から放たれるオーラにレイが怯える程だった。


「アリエル、レイが怯えてるから抑えてくれ」


「あっ、ごめんねレイ」


「キュウ」


 気を付けてよとレイは抗議したが、シルバに頭を撫でられてすぐに機嫌を良くした。


 ショッキングな事実のはずなのに淡々と説明をするシルバの心がとても歪に思えてしまい、今まで黙っていたエイルはシルバを抱き締めた。


「シルバ君、貴方にとって父親も母親もいまいちピンと来ない存在かもしれませんが、そんなに淡々と説明しないで下さい」


「そう言われてましても・・・」


「拳者様の教育方針からして、シルバ君が甘えられてたとは思いません。私、決めました。私がフィオ様の分までシルバ君を甘やかします!」


 エイルが決意したように言うのでシルバは困惑してしまった。


 確かにマリアはシルバの面倒を見たけれど、その修行は厳しくてシルバは幼少期に親に甘えることができなかった。


 孤児院だって一般家庭と比べて環境は悪く、いつもお腹を空かせているような場所だった。


 シルバはとても賢くて頼りになるけれど、エイルは今まで彼に抱いていた違和感の正体をようやく探り当てて突き動かされたようだ。


 甘える行為に慣れていないから、シルバはレイに甘えられた時にレイを甘やかすことで親の気持ちを知った。


 それでも、自分が甘えるという選択肢を放棄して来たのでエイルに甘やかす宣言されたシルバは困惑したのである。


 アリエルの場合、途中で亡くなってしまったけれど母親の愛を受けて育った。


 シルバは自分のライバルであり、パートナーだから競ったり助けるという意識は働いたけれど、エイルのようにシルバを甘やかそうという考えがアリエルにはなかった。


 それがエイルとアリエルの行動を分けた。


 エイルが離れてくれそうにないから、シルバはそのまま話を続けることにした。


「とまあ、アルケイデス兄さんが母親を殺された恨みでタコ殴りにした後、俺も俺の怒りをぶつけてイーサン殿下をボコボコにしたんだ。私怨で殺すには問題がある人だったから気絶させたんだけど、イーサン殿下は呼び出される前に丸薬を口の中に含んでてさ、瀕死の状態で丸薬を飲んだから変身で体力を消耗して途中で死んだ」


「屑の最期に相応しいね。でも、そうなるとイーサン殿下の死は国民にどう伝えるの? 体が変形してるから病死にするには無理があるよね?」


「服毒自殺したことになる。明日には表向きの事情が公表されるけど、裏向きの今話した真実は口外厳禁ってことでよろしく。アリエルとエイルさんは俺の婚約者だから、俺の出自に関わるこの一件について話しても良いって言われたけど、本来ならこの真実を知ってる人は少ない方が良い」


「わかった」


「わかりました」


 そこで話が終われば良かったのだが、アリエルはまだ事情聴取の当初の目的を忘れていなかった。


「シルバ君、まだ僕達は聞けてないことがあるんだけどそれについて話してくれないのかな?」


「次の皇帝のこと? それならアルケイデス兄さんに内定したぞ」


「やったね! ってそうじゃないよ。なんで誤魔化すのかな? 香水の匂いについて教えてよ」


「あぁ、忘れてた。ロザリー殿下は俺ぐらいの年の弟が欲しかったみたいで、お姉ちゃん呼びしろって言われたからやった結果、琴線に触れたらしくハグされた」


「あの年増、僕達のシルバ君を奪うつもりだね。シルバ君、外に出る時は極力僕やエイルさん、レイと一緒にいること。そうすれば年増女は近寄れないはずだから」


 ロザリーをある意味で敵だと認定したアリエルはシルバの周囲を家族で固める作戦を実行することにした。


 この日の夜、ロザリーにシルバを奪われてなるものかとアリエルとエイル、レイがシルバと一緒に固まって寝たとだけ言っておこう。

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