第172話 わかりました、ロザリーお姉ちゃん

 アズラエルがフリードリヒの指示でイーサンを監視していたことは、イーサンがサタンティヌス王国とイーサンが内通していることをいち早くフリードリヒに伝えるという点で役に立った。


 他に証言がなかったらアズラエルの立場が悪くなることを前提に、イーサンの悪事を暴露させるつもりだった。


 ところが、シルバ達キマイラ中隊がアルベリを倒して盗賊団の副団長を生きたまま確保したことで状況が変わった。


 本当は副団長が知らずアズラエルしか知らないことを副団長が知っていたことにして、それを理由にイーサンを処刑できるようになった。


 だからこそ、アズラエルを少し休ませてほとぼりが冷めたら再びディオニシウス帝国のために働かせられる。


 イーサンの処刑のスケジュールが決まった後、落ち着きを取り戻したアルケイデスはロザリーに訊ねる。


「姉貴は皇帝になることに拘らないのか?」


「ええ。元はと言えば、兄さんを皇帝にしないために皇帝を目指したんだもの。兄さんじゃなくてアルケイデスが皇帝になるなら、私は政略結婚でどこか都合の良い国に嫁ぐか国内の取り込みたい家に嫁ぐわ」


「なんでそこまで割り切れるんだよ。好きな相手とかいないのかよ」


「いないわ。ちょっと前までシルバ君を取り込むために狙ってたんだけど、異母姉弟ってわかったから結婚する訳にもいかない。私は皇族の務めを果たすから、アルケイデスもいい加減皇帝になる覚悟を決めなさい」


 (俺ってロザリー殿下に狙われてたのか。知らなかった)


 ロザリーの発言にシルバがびっくりしたが、シルバの耳にロザリーが自分を狙っていると届かなかったのにはちゃんと理由がある。


 アリエルが全力でその話をシルバの耳に届かせないようにしていたのだ。


 彼女が脅迫手帳によって形成されたネットワークを駆使し、シルバがロザリーに興味を持たないように情報を操作したことをシルバは知らなかった。


「わかった。ここまで来たら逃げも隠れもしない。陛下、謹んで次の皇帝の地位を継がせていただきます」


「うむ。期待しておるぞ。これをもってアルケイデスをアーブラ支部長の任から解き、余の許で皇帝になるため勉学に励んでもらおう。空席となったアーブラ支部長にはロザリーを任命する。良いな?」


「「はい!」」


 フリードリヒに命じられてアルケイデスとロザリーは配置転換された。


「さて、アルケイデスとロザリーのことはこれで良いとして、余はシルバに詫びねばなるまい。長い間其方には苦労をかけた。今日この時まで其方には親としての務めを果たせなかったことを謝罪しよう。すまなかった」


「いえ・・・」


 シルバは何と言って良いのかわからず回答に窮した。


 ぶっちゃけたことを言えば、フリードリヒにいきなり父親面されても困るのだ。


 自分には父親も母親も存在しないと思って来たし、孤児院から異界に飛ばされた後は親代わりであり師匠でもあったマリアの世話になった。


 軍学校に入学してから色々あって今は力天使級ヴァーチャーにまで昇進している。


 それまでの間、父親が必要だったことも父親に甘えたいと思ったこともなかったから、フリードリヒに父親らしいことを望んでいないシルバにとってフリードリヒの発言は困惑を招くもの以外の何物でもないのである。


 そんなシルバに対し、アルケイデスは優しく微笑んで肩を組む。


「シルバ、これからは俺のことを兄貴とか兄さんと呼んでくれ。今まで通りシルバが困ったら助けになるし、俺が困ったらシルバの力を貸してくれよな」


「わかりました、兄さん」


 兄貴と呼ぶよりも兄さんと呼ぶ方がしっくり来たので、シルバはアルケイデスを兄さん呼びした。


 シルバの困惑が解けて来たところでロザリーがシルバの前にやって来て、じーっとシルバの顔を見た。


「ロザリー殿下、私の顔に何か付いておりますでしょうか?」


「いいえ。ちょっと貴方に私をどう呼んでもらおうか考えていただけです。そして決めました。シルバ、今日から私のことをロザリーお姉ちゃんと呼びなさい」


「姉貴、それは・・・」


「それは何?」


「なんでもない」


 アルケイデスはシルバにお姉ちゃんと呼ばせるには無理があるのではと言いかけて口を噤んだ。


 シルバとロザリーは16歳差であり、この世界において下手をしたら親子ぐらいの年の差なのだ。


 それをお姉ちゃんと呼ばせるのはいかがなものかと言いたかったけれど、ロザリーからそれ以上言ったらただじゃおかないというオーラを感じてアルケイデスは黙った。


 シルバに対して女性に年齢の話をしてはいけないと教えた手前、アルケイデスも地雷を進んで踏もうとはしないのである。


 (兄さんの言いたいことはなんとなくわかった。ここは兄さんと同じ轍を踏まないようにしよう)


 シルバはアルケイデスの失敗から学んでその場に適応する。


「わかりました、ロザリーお姉ちゃん」


「・・・想像してたよりも10倍は可愛い。もう一度言って」


「わかりました、ロザリーお姉ちゃん」


「好き」


「おい、それで良いのか姉貴よ」


 二度目にロザリーお姉ちゃんと呼ばれた時、ロザリーはシルバをアルケイデスからひったくって抱き締めていた。


 これにはアルケイデスも雑にツッコんだ。


「良いに決まってるじゃない。アルケイデスは一度もお姉ちゃんって呼んでくれたことなかったんだもの。それに、見た目よりも中身が早熟な子にお姉ちゃんって言われるとグッと来るのよ」


「誰もそこまで聞いてないぞ」


 姉の知られざる性癖を聞かされてアルケイデスの顔が引き攣った。


 フリードリヒに至っては先程まで威厳たっぷりだったのに今となってはすっかり空気である。


 その時だった。


 シルバにボコボコにされて気絶したイーサンが目を覚ました。


「お、お、お・・・」


 上手く喋れずにいるイーサンだったが、いきなり体がブクブクと泡立って変色しながら形まで変わり始めた。


「兄さん、陛下とロザリーお姉ちゃんと一緒に離れて下さい!」


「わ、わかった」


 イーサンの変化は報告にあったアルベリと同様だったため、アルケイデスはロザリーとフリードリヒを連れてシルバとイーサンから離れた。


 アズラエルもフリードリヒ達を守るべく、その傍で何が起きても良いように警戒態勢を取っている。


 (玉座の間に入る前に丸薬を口に含んでたのか)


 シルバはイーサンがどうしてアルベリと違って時間差のある変身をしたのか予想できた。


 その予想通りにイーサンは丸薬を口に含んだまま飲み込まず、舌の下にしまい込んでいたのだ。


 アルベリと違って人間をやめたような奇声をあげず、泡立った体は人の姿から違う何かに変わった。


 それはブラックスコーピオンと人間を足して2で割った姿であり、見るからに化け物だった。


 しかし、変身が終わった瞬間にイーサンは膝から崩れ落ちた。


 倒れたイーサンはピクリとも動かなくなり、近寄ってその体を調べたシルバはイーサンが死んでいることを知った。


 (変身に体が耐え切れず途中で力尽きたか)


 人間の体をモンスター化させるには体力が必要なのだろう。


 アルベリは見るからに体を鍛えていたが、イーサンはインテリヤクザ風で体を鍛えていたとは言い難い。


 荒事は基本アズラエルに任せていたから、自分が戦うことはなかったはずだ。


 そんなイーサンがアルケイデスに馬乗り状態で殴られ続け、シルバの肆式光の型:過癒壊戒まで受ければ相当なダメージが体に蓄積されていたに違いない。


 そこで無茶な賭けに出てモンスター化したけれど、途中で力尽きたせいで変身が不完全なまま倒れて死んでしまった訳である。


「イーサンは死にました。近寄っても大丈夫です」


「愚かな息子よ、外法に手を染めておったか・・・」


 フリードリヒは馬鹿な息子イーサンの最期にやるせなさを感じた。


 アルケイデスとロザリーはフリードリヒのようにショックを受けていなかったが、原形を留めていない死に方をしたイーサンに哀れみを込めた視線を向けていた。


 病死と呼ぶにはイーサンの姿が変わり果てていたため、特殊な毒薬を飲んで自殺したという風に一部編集されたニュースが明日にはディオスに広められることになり、真実を知る者達はそれを関係者以外に口外しないことを誓約して解散した。


 イーサンの死は第一皇子派にとってパトロン不在の知らせであり、サタンティヌス王国にとっては最も使える協力者の消滅を意味する。


 これから国内外が荒れるだろうことは子供でもわかる事態になってしまった。

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