第17章 拳者の弟子、出自を知る

第171話 貴様のことなど兄だとは思わん! 貴様が詫びるまで殴るのを止めない!

 12月1日、皇帝フリードリヒは3人の子供を玉座の間に集めていた。


 第一皇子イーサンはアズラエルを、第一皇女ロザリーは顔を隠した護衛を、第二皇子アルケイデスはシルバを連れている。


 イーサンとロザリーは普段から連れ歩く護衛なのだが、アルケイデスだけは普段護衛を連れ歩かないからシルバを護衛役として連れて来たのだ。


 本来ならばポールを指名しようとしたのだが、フリードリヒからシルバを連れて来いと指示があったのでアルケイデスはその指示に従った。


 自分にはよくわからないが、フリードリヒにはシルバを呼ぶ理由があるようなので従ったのである。


「3人共、よく集まった。今日この場に集まってもらったのは余の跡継ぎを決めたからだ」


 (陛下、そんなところに俺を呼び出さないで下さい)


 シルバはなるべく表情に出さないように心の中で抗議した。


 そんなシルバの気持ちなんて今は誰も考えていない。


 それもそのはずで、誰が次の皇帝になるのかこの場で決まるからシルバのことよりもそっちの方が大事なのだ。


 イーサンは自分が選ばれると信じており、自信に満ち溢れた態度だった。


 ロザリーは何を考えているのかわからないが、微笑んでいるその表情が少し不気味だ。


 アルケイデスは自身の派閥ができつつあるけれど、本人としては跡継ぎを率先して狙っていないから、兄と姉のどっちがなるんだろうかと他人事である。


 3人の思惑がどうあれ、フリードリヒは自分の中で出した結論を述べる。


「余の跡継ぎはアルケイデスにする」


「どういうことですか父上!? 何故弟なんかを跡継ぎに!? 弟は皇帝の座に相応しくありません! 汚らわしい平民の血が半分も入ってるではないですか!」


「他にも理由はあるが、その発言が既にお前を皇帝を相応しくないと判断させるのだ。平民とは守るべき国民だ。それを汚らわしいとは言語道断である!」


 フリードリヒはイーサンの発言に対して怒りを露わにした。


 イーサンは選民意識が高く、付き従う者達も高位の役職を代々輩出している家系の者ばかりだ。


 実力もないのに偉そうに振舞う第一皇子派はフリードリヒにとって減点対象だった。


 怒るフリードリヒだが、まだブチギレまではいっていないようで務めて冷静に話を続ける。


「余が今日シルバ=ムラサメを呼んだ理由も話そう。実は、シルバの出自がわかった。そして、それがフィオが殺されてアルケイデスの弟が消えた事件にも繋がる」


「・・・やはりそういうことでしたか。謎は全て解けました」


 フィオとはアルケイデスの母親である第二皇妃のことだ。


 ロザリーはフリードリヒがシルバをここに呼び出した理由を理解してそう言った。


「ロザリー、答え合わせといこうか。お前の導き出した答えを話してみなさい」


「わかりました。と言ってもほとんど答えは出てるようなものですが、シルバ=ムラサメがアルケイデスの弟、つまりは消えた第三皇子なのですね」


「その通りだ」


「嘘だ! そんなはずはない!」


「イーサンよ、何故そう言い切れる?」


 イーサンは驚きのあまり声に出してしまったが、フリードリヒに問われてしまったという表情になった。


 それでも何か言わねば怪しまれてしまうので感情のままに口を開く。


「こんなぽっと出の奴が異母兄弟のはずありません! 父上、何を根拠にそんなことを仰るのですか!?」


「根拠は2つだ。まずはDNA鑑定だ。余とシルバは親子関係であることがわかった。これがその結果だ。シルバの目はじっくり見るとフィオに似ておるから、それが気になって調べたら予想通りだった」


 フリードリヒが持つ書面にはどのような検査によって自分とシルバに親子関係があるか記されており、1つだけでは疑う者もいると思って3つの方法を使って調べられていた。


 (どうしよう。アリエルが隠れ王族ですごいとか思ってたけど、俺も隠れ皇族だった)


 シルバは自分が第三皇子だったと知っても取り乱さなかった。


 驚いていない訳ではないけれど、予想もできない現実離れした結果を知って他人事のように感じてしまったのだ。


「2つ目の根拠についても話そう。余の命令でシルバが昔拾われたトフェレの孤児院を調べさせたところ、フィオを殺した実行犯の手紙が隠し金庫の中に保管されておった。そこには実行犯がイーサンに人質を取られてフィオを殺したが、生まれたてのシルバを殺すのは良心の呵責からできず、親友が院長の孤児院に預けたと書かれておった」


「チッ」


 イーサンはシルバと20歳も年齢が離れている。


 フィオがシルバを産んで継承権争いの敵が増えぬようにこっそり手を打ったが、イーサンは実行犯の遺した手紙によって窮地に立たされた。


 舌打ちしてこの事態をどうにか切り抜けねばと考えているイーサンに対し、シルバがどうしてくれようかと殺気を一気に放出した。


 しかし、シルバよりも先に動き出した者がいた。


「この腐れ外道がぁぁぁぁぁ!」


「ぐべぇ!?」


 アルケイデスがイーサンのことを殴り飛ばしたのである。


 シルバも人生を狂わされたけれど、アルケイデスだって母親をイーサンのせいで失ったのだ。


 怒らないはずがなかろう。


 イーサンを殴り飛ばしたアルケイデスは、そのまま仰向けに倒れたイーサンの上に馬乗りになって怒りのままに拳を振るった。


「やべろっ・・・、ぼれば・・・、だいいぢぼぶじ・・・」


「貴様のことなど兄だとは思わん! 貴様が詫びるまで殴るのを止めない!」


 アルケイデスは完全にキレており、イーサンのあらゆる部位を殴り続けた。


 ところが、そんなアルケイデスをシルバが止める。


「アルケイデス殿下、そこまでにして下さい」


「シルバ、止めてくれるな! 俺は母上を死に追いやった屑が詫びるまで殴り続けると決めたのだ!」


「俺にも殴る権利はあるでしょう?」


「・・・すまん」


 シルバがアルケイデスを止めたのは彼を落ち着かせるためではなく、自分が殴る分を確保するためだった。


 シルバから溢れ出る殺気によって冷静になり、アルケイデスはイーサンの上から退いた。


 シルバはタコ殴りされて何も言えなくなっているイーサンの胸ぐらを掴んで空中に放り投げ、それから自分の怒りをイーサンにぶつけ始める。


「肆式光の型:過癒壊戒」


 シルバは両手の人差し指と中指だけ伸ばして光付与ライトエンチャントで強化し、無抵抗のイーサンのツボをこれでもかと高速で押しまくる。


 技が終わってイーサンが背中から地面に落ちた後、彼は殴られた傷が治っていたけれど白目をむいていた。


 シルバがイーサンを殴り終えて殺気を抑え込むと、ようやくフリードリヒは口を動かせるようになったのでシルバに訊ねた。


「シルバよ、イーサンを殺したのか?」


「殺してやりたい気持ちもありますが、この男には売国の疑いがありますからるならそれが片付いてからです」


「う、うむ。そうだな」


 これから自分が話そうとしていたことをシルバに言われ、フリードリヒはホッとしたような困ったような顔になった。


「敵対しなくて良かったわ」


 シルバが強いのは話に聞いていたけれど、まさかここまでとは思っていなかったロザリーが身を震わせながらそう言った。


「オホン、話を元に戻すぞ。イーサンは調査の結果、フィオとシルバの殺人教唆だけでなくサタンティヌス王国と内通してることがわかった。それに加えてあの選民意識だ。どう考えても次の皇帝に相応しくない。イーサンは公的には病死とし、実際には秘密裏に処刑とする」


 ここまでフリードリヒが言ったところでロザリーが疑問を口にする。


「お父様、アズラエルはお咎めなしなのですか?」


「言い忘れておったが、アズラエルは余の指示でイーサンを監視しておったのだ。アズラエル、長年の潜入と監視の任をよくぞ果たしてくれた」


「勿体なきお言葉。私はイーサン殿下の悪行を止められる立ち位置にいたにもかかわらず、止めることができませんでした。極秘ミッションだったとはいえ申し訳ございません」


「アズラエル、責任は余にある。現時点をもってアズラエルの極秘ミッションは終了とする。体を休めたら帝国のために再び働いてくれ」


「仰せのままに」


 アズラエルは最上級の敬意を示すように礼をした。


 そんなアズラエルを見てシルバはふと思い出した。


 (前にサンドバッグ扱いしたことがあったわ。お咎めないよな?)


 模擬戦でボコボコに完封したことで自分が罰を受けたりしないかなんて見当違いな心配をするシルバだった。

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