第170話 あっ、投げナイフが全く効かなくて置物になってたロウ先輩じゃないですか

 泡立った体は人の姿から違う存在へと変わっていった。


 泡がどんどん細かくなって焦げ黒い鱗になり、目は人間のそれから爬虫類のものに変わった。


 尾骶骨から尻尾が生え、穴の底にいたアルベリはブラックリザードマンと呼ぶべき見た目になった。


 元々着ていた服はビリビリに破れ、野生のリザードマンとなんら変わらない姿である。


「おかしい。リザードマンは色付きモンスターじゃなかったはず。そもそも、人間がモンスターになることも異常か」


「シルバ君、あの非人道国は人間をモンスター化するだけでなく、色付きモンスターの遺伝子を加えて人工的に色付きモンスターを生み出したんだ」


 アリエルは自分の生まれた国を非人道国と呼ぶのに何も抵抗はなかったらしい。


 変身を遂げたアルベリは壁を走って地上に戻って来た。


 その手には槍をしっかり握っており、落とし穴に落ちて負傷した傷も塞がっていた。


「ブチ殺ス」


「リザードマンになっても喋れるのか」


「ブチ殺ス!」


「残念。会話は成り立たないようだね」


 シルバとアリエルはアルベリに尋問しても効果がなさそうだと判断した。


 その時、ロウが死角からナイフを投げて攻撃した。


 ところが、ナイフはアルベリの鱗に阻まれて音を立てて地面に落ちた。


「マジかよ」


「ブチ殺ォォォス!」


 アルベリは自分を攻撃したロウから狙うことに決めたらしく、人間だった時よりも明らかに速くロウに接近して槍を突き刺そうとした。


「やらせないよ」


「シュロロロ・・・」


 アルベリの刺突を防いだのはソッドだった。


 雷付与サンダーエンチャントありの剣でアルベリの刺突を弾くソッドの姿は物語に出て来るようなヒーローのようだ。


 ソッドに自身の攻撃を防がれたアルベリは不愉快そうな雰囲気である。


「モンスター化すると知能が人間だった頃よりも落ちるようだね」


「ブチ殺ス!」


 喋れる言葉が1つの単語のみになっているあたり、余程強くシルバ達を殺したいと願っているのだろう。


 アルベリは槍に火付与ファイアエンチャントを施し、ソッドに向かってこれでもかというぐらいに槍を突き出した。


「魔法も使えるのか!」


 剣で燃える槍を捌きながらソッドは驚いた。


 反撃したいのは山々だが、ソッドはアルベリのヘイトを稼いでエレンの詠唱の時間を稼いだ。


「水の槍よ、我が敵を穿て! 水槍ウォーターランス!」


「シュロロ?」


 背中に水の槍が直撃したけれど、アルベリは蚊でも止まったのかと言いたげな様子で振り返った。


「効きませんか。厄介ですね」


「私を忘れては困るよ」


「シュロォ!」


 アルベリは自分の尻尾に火付与ファイアエンチャントを発動し、ソッドの剣を尻尾で防いでみせた。


 いくら付与をされているとはいえ、剣による攻撃を尻尾で防げるようになった。


 ソッドとエレンに挟まれる形で攻撃を受けるアルベリは最初に戦っていたシルバとアリエルから注意を払わなくなっていた。


 それを察してアリエルが仕掛けるのは当然のことだろう。


「じゃあ、真下からはどうかな?」


「ジュラァ!?」


 自分の顎の下の地面から鋼鉄の柱が突然出てくれば、アルベリはそれを避けられずに顎をかち上げられてその体が宙に浮いた。


 鋼柱アイアンピラーはアリエルが使える<土魔法アースマジック>の中でも1,2を争う硬度であり、鱗に守られて耐久力が上がったアルベリでも流石に効いたらしい。


 (これで決める!)


「肆式雷の型:雷塵求!」


 シルバは熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュを身に着けたまま技を発動した。


 空中で身動きが取れないアルベリに対し、雷を帯びたタルウィとザリチュを何度も繰り出すラッシュを放てばいくら変身後でもアルベリにダメージが入らないはずがない。


 最後に地面に叩きつけるスマッシュを決めた時には、アルベリの全身に穴という穴が空いただけでなく、火傷によって鱗は変色して水分も失ってカサカサになっていた。


 この状態で生き残っているはずがなく、アルベリは地面に倒れてからピクリとも動かなかった。


『アタシ達が大活躍したんだからねっ』


『気分、爽快』


 タルウィとザリチュはやってやったぜとシルバにテレパシーを送った。


 (オーバーキルな気がしないでもないけどありがとう)


 シルバはタルウィとザリチュにお礼を言ってからベルトにしまった。


「お疲れ様。シルバ君の【村雨流格闘術】と熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュは混ぜるな危険だね」


「やり過ぎたなって自覚はある」


 シルバとアリエルが話していると、エイルとレイがシルバ達に近づいた。


「お疲れ様でした。2人共怪我がなくて良かったです」


「キュイ!」


「なんとかね。レイも心配してくれてありがとう」


「キュ♪」


 レイが甘えて来るのでシルバはその頭を撫でて甘やかした。


「いやぁ、シルバもアリエルもすごかったな」


「あっ、投げナイフが全く効かなくて置物になってたロウ先輩じゃないですか」


「ぐっ、言われると思ったがやっぱりアリエルえげつねえ」


 ロウはアリエルにいじられるのを予想していたが、それでも精神的にダメージを受けたようだ。


「まあまあ。ロウ先輩は普通の剣じゃモンスター化したアルベリに効かないって証明してくれたんだから」


「シルバは良い奴だなぁ。それに比べてアリエルはデーモンよりも・・・、止せ。話せばわかる」


「なんですか? 僕がデーモンよりなんなんですか? 言ってみて下さいよ。ほら」


「助けてくれシルバ!」


 アリエルに目の笑っていない笑みを浮かべられれば、ロウは身の危険を感じてシルバの陰に隠れた。


「何やってるんだロウは。シルバ君、アルベリの死体を回収して撤退しよう。ここにいたらジェロスから人を派遣されて手柄を横取りしたとか言われかねない」


「わかりました」


 ジェロスの支部長が面倒な相手だとわかっているので、ソッドの提案に頷いてシルバ達はディオスに戻った。


 第三小隊はレイに治療してもらったから、馬車に乗ってディオスに戻るぐらい問題なく行える。


 それゆえ、キマイラ中隊は準備を済ませてとっととディオスに帰った。


 ディオスに到着した時には日も暮れていたけれど、ミッションでジェロスに向かっていたのだからそのまま解散する訳にはいかない。


 それでも皆疲れているのは確かだから、小隊長3人が基地の中隊の部屋で待つポールに報告に行った。


 変身したままのアルベリの死体に加え、捕まえたアルベリ盗賊団の副団長を連れ帰って報告するとポールは顔を引き攣らせた。


「このブラックリザードマンがアルベリだって? 冗談じゃないぞ。いや、冗談じゃないことはわかってるんだが」


「サタンティヌス王国は非人道的とはいえタグを使ったテイムといい、人間のモンスター化といいモンスターに関する研究が進んでるようです」


「そうだな。帝国は王国にモンスター研究で遅れていることを自覚すべきだ。シルバやタオのやり方でモンスターをテイムできることはわかったが、まだまだ2人以外の者がテイムに成功したという話は聞けてない以上、最低でも王国と同程度の知識は必要だ」


 シルバのように卵からモンスターを育てる方法は失敗する可能性が低そうだが、そもそもモンスターの卵が見つからないので後続の事例がない。


 タオのようにマンイーターを品種改良する方法はマンイーターの種を手に入れなければならず、帝国軍が保有している種の数に限りがあるからシルバの事例程ではないが進みは遅い。


 種を増やしつつ品種改良も行うのだから、進捗が遅くなるのも仕方のないことである。


 それに比べてサタンティヌス王国は方法こそ非人道的だけれど、進捗としてはディオニシウス帝国の先にいる。


 タグを利用してモンスターの軍隊を使用する方法に加え、人間がモンスターになる薬なんてものはディオニシウス帝国には存在しないのだから間違いない。


「とりあえず、ブラックリザードマンになっちまったアルベリは解剖して色々調べることになるだろうよ。んで、副団長は尋問して知ってること全部喋らせる。トスハリ教国からのちょっかいもかなり抑え込めて来たんだ。第一皇子が余計なことをしてるらしいし、洗いざらい吐いてもらってアルケイデス様に連絡しよう」


 この後、ポールがきっちりアルベリ盗賊団の副団長を尋問し、第一小隊の尋問ではまだ明らかになっていないことも吐かせた。


 そして、それがポールのマジフォンから第二皇子アルケイデスに伝わり、そこから皇帝に伝わって大事になるのは言うまでもない。

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