第177話 うへぇ、賢い敵は嫌いだよ

 レイは元々賢いワイバーンだった。


 鳴き声や仕草で自分の伝えたいことを伝えられていたが、<念話テレパシー>は受け手の解釈に関係なく考えていることを伝えられる。


 シルバは<念話テレパシー>を使えるモンスターと異界で出会ったことがあったから、モンスターと会話ができることに驚かなかったけれど、レイが予想していたよりも早く<念話テレパシー>を会得したことに驚いた。


「レイはすごいな。もう<念話テレパシー>を覚えたのか」


『エヘヘ。ご主人がいっぱい魔石をくれたおかげだよ』


「よしよし」


 シルバがレイの頭を撫でているところにアリエル達がやって来た。


『アリエル達遅~い』


「いつかこうなる気がしてた」


「この声ってレイちゃんなんですか?」


「キェェェェェアァァァァァシャベッタァァァァァ!」


 レイが<念話テレパシー>を使ったことに三者三葉の反応を見せた。


 アリエルはレイならいつか喋れるようになると思っていたのか、すごいとは思っていたけど驚きは少なかった。


 エイルはレイが賢いことを知っていたけれど、喋れるようになるとまでは思っていなかったので純粋に驚いていた。


 ロウは発狂するレベルで驚いていた。


『ロウ、煩い』


「はい、すみません」


 レイに注意されてロウはすぐに謝った。


 どうやら悪ノリしていたことを見透かされていたようだ。


「とりあえず、戦利品回収も済んだことだし周辺に何も潜んでないようなら帰りましょう。色々と報告しないといけませんから」


「「「『了解』」」」


 レイも自分だって第二小隊のメンバーなんだぞとアピールするようにシルバに対して返事をした。


 ディオスに帰る道中、<収縮シュリンク>で小さくなったレイにアリエルとエイルは質問をぶつける。


「レイ、今までの生活で不便なことはなかった?」


「レイちゃんはお話できるようになりましたがどんなことを話したいですか?」


『ご主人達のおかげで不便なことはないよ。レイはご主人達とお話できればなんでも楽しい』


「何この子可愛い!」


「シルバ君、私もレイちゃんを抱っこさせて下さい!」


 女性陣が盛り上がっている中、ロウは自分もレイと喋りたい気持ちを押さえてシルバに話しかける。


「シルバ、ライカンスロープって奴はヤバいのか? 倒す際にかなり慎重だったけど」


「師匠から話を聞いただけでしたが、ライカンスロープは近接戦ができるだけじゃなくて狡猾なんです。油断してたら騙し討ちされて命取りなんですよ」


「うへぇ、賢い敵は嫌いだよ」


 シルバは異界での経験をロウには話していないので、本当はライカンスロープと遭遇したことがあるけどないふりをして話した。


 ロウはシルバの説明を聞いて嫌そうな顔をした。


 まるで<格闘術マーシャルアーツ>を使える人間と戦うような気分になったからである。


「俺が知る限り、ライカンスロープがディオニシウス帝国で現れたのはマリア歴に入ってから初めてです。ブラック級モンスターが最近割災でエリュシカに来るのも珍しくなくなりました。異界で何か起きてるのかもしれません」


「その何かが原因でレッド級よりも強いブラック級モンスターがエリュシカに逃げてるってことか?」


「あくまで俺の予想ですけどね」


「異界でブラック級モンスターよりも強い奴が暴れてるなんて想像したくないな」


 その発言でシルバはマリアのことを思い出した。


 ブラック級モンスターを容易く屠れる異界の存在として、シルバが真っ先に思い当たるのは師匠のマリアだったからだ。


 (マリアに何か起きていないと良いんだけど)


 自分が心配するような実力ではないけれど、自分をモンスターや悪党と戦えるぐらい強くしてくれたマリアのことをシルバが心配するのは当然である。


 シルバがここにいない誰かの心配をしていると悟り、レイはシルバに甘えて自分を撫でるように仕向けた。


 自分を撫でている間、シルバがリラックスするとわかってのことなのだからレイは実に賢い。


 ディオスに戻ったシルバ達は基地に直行して戦利品を預け、キマイラ中隊の部屋で待機していたポールに報告しに行った。


『あっ、ハワード先生だ』


「・・・シルバ、今聞き慣れない声が聞こえたんだけどもしかして?」


 ポールは周りをきょろきょろ見回すようなことをせず、多分そうだろうなと苦笑しながらシルバに訊ねた。


「その通りです。今のはレイです。ライカンスロープの魔石を与えたら<念話テレパシー>を会得しました」


「あー、やっぱりか。というか掲示板でライカンスロープやトロールと遭遇したって報告してくれたんだから、ついでに教えてくれれば良かったのに」


「レイがハワード先生を驚かせたいって言うので」


『驚いたー?』


「そりゃ驚いたさ。レイの賢さにはいつもびっくりさせられてるよ」


『ドヤァ』


 ポールを驚かせることに成功してレイはすっかりご機嫌である。


 満足したレイはシルバに抱っこされており、大事なお話は邪魔しないというポーズを取った。


 モンスターなのにそういう気遣いもできるのだから、レイは本当に賢いと言えよう。


「さて、シルバに一応確認するけどブラックスケルトンとトロール、ライカンスロープ以外に危険なモンスターはいなかったんだな?」


「足跡はありませんでしたから、少なくとも歩いて移動するモンスターはエリュシカに迷い込んでないはずです。また、空もわかる範囲では何も飛んでいませんでした。もしもいたとすれば、俺達が現場に到着した時には既にどこかに移動した後だったと思います」


 シルバ達はライカンスロープを倒した後、足跡は遭遇したモンスターのもの以外見つけられなかったから帰って来た。


 割災が起きたその瞬間に現地にいることが難しい以上、シルバ達の調査にも限界がある。


 ポールはシルバ達がやれるだけのことをやって帰って来たのだから、これ以上を求めるのは無茶苦茶だと思って納得した。


 ブラック級モンスターが率いるレッド級モンスターの群れに加え、レッド級モンスターに相当するトロール、ブラック級モンスターに相当するライカンスロープを4人と1体で倒したのだから、戦果としては十分なくらいだろう。


「わかった。ご苦労だったな。さっきソッドとフランからも連絡があった。ニュクスの森にブラックリーチが現れ、アイテル湖ではブラックマンティスが現れたそうだ。いずれも討伐したらしいが、第三小隊の方は全員軽傷を負ってるらしい」


「第三小隊にブラック級モンスターはまだ厳しかったんじゃないですか?」


「そう言ってやるな。フランも焦ってたんだろう。第一小隊と第二中隊に比べて第三小隊はあまり戦功を挙げられてなかったからな」


 第一小隊にはソッド、第二中隊にはシルバがいる。


 第一小隊は全員が戦える実力を有しているので、ソッドの手が離せなくてもなんとかなる。


 第二小隊も第一小隊程ではないが全員戦えるし、その中でもアリエルの実力がシルバに次いで高い。


 だからこそ、複数の強敵とぶつかっても役割分担して切り抜けられる。


 その一方で第三小隊には突出した戦力がいない。


 小隊長のフランと妹のクランがそこそこ場数を踏んでおり、ヤクモとプロテスはまだ軍人としては新人だ。


 そんな状況下で全員が軽傷を負っても第三小隊はブラックマンティスを倒せたのだから、第一小隊と第二小隊に必死に食らいつこうとしているのは間違いない。


 ちなみに、シルバの発言も第三小隊を貶している訳ではなく純粋に心配しているのだ。


 正直、シルバは自分達がキマイラ中隊に所属するハードルを上げている自覚はある。


 そのせいで未だに第四小隊のメンバーが揃っていないのだから、第三小隊のことを気にするのも当然だろう。


「決して第三小隊を馬鹿にしてる訳ではありませんが、この先割災によってブラック級モンスターの侵入回数が増えたなら取り返しのつかないことになるのではと不安になります。もっと他の部隊も割災の鎮圧に動くべきです」


「それは俺も同感だ。けどな、面倒なことに第一皇子派閥は権力だけ持って甘い蜜を吸おうとしてる屑ばかりで実際に戦える連中は俺達の中隊とロザリー殿下の派閥に属するいくつかの部隊だけだ。ぶっちゃけ戦える人材が不足してるんだよ」


「よくもまあ、これで帝国はどうにかなってましたね。いや、これから第二第三のアーブラが出て来るのかもしれません」


「そうならないように俺も人材を探してるところさ」


「もしかしたら、B2-1のクラスメイト達がその人材かもしれませんよ?」


「否定できないぐらい切羽詰まってるのが辛いなぁ」


 今まではどうにかなっていたけれど、シルバは案外帝国内部もボロボロだと知って呆れた。

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