第243話 そんな目で俺を見ないでくれ

 昼食後、シルバは報告のために城にあるアルケイデスの執務室に呼び出された。


 シルバがレイを連れて執務室に入ると、疲れた表情のアルケイデスがデスクワークをしているところだった。


「アルケイデス兄さん、お疲れのようですね」


『ご主人のお兄ちゃん、大丈夫?』


「国外関連の対応やユリの対応が大変でな。正直疲れてる」


「その2つって本来並ばない内容じゃないですか?」


 アルケイデスの発言を聞いてシルバは何事があったんだと訊ねた。


 常識的に考えて、国外への対応と妻への対応は比較対象にならない。


 それが比較対象になるのだから、何かとんでもないことが起きているのかとシルバが思うのは当然だ。


「普通はそうだな。順番に説明しよう。国外関連の対応ってのは、王国と教国を起因とする流民の対応だ」


「今はバリバリの内乱中ですよね。それを嫌がって両国からこの国に人が流れて来てるんですか?」


「その通りだ。トラブル発生の元だから、王国と教国の流民の入国を認めてない。無理やり押し通ろうとする者もいたらしいが、国境付近の門番達に頑張ってもらって入国を阻止してもらってる」


「当然の措置ですね。この期に乗じて危険人物に入り込まれたら困りますから」


 シルバはアルケイデスの方針に賛成だった。


 サタンティヌス王国とトスハリ教国から危険人物がディオニシウス帝国に侵入するならば、このチャンスを逃すはずがない。


 国の平和を脅かす存在が入国する可能性をなくすには、サタンティヌス王国とトスハリ教国からの流民は認めてはいけないのだ。


 少し前までは入国制限がなかったので、差別せずに自分も入国させろと訴える者はいるが、強気に出て来た者に対して国境付近の門番も下手に出ることはない。


 暴力に訴えて来るならば暴力で返し、強行突破しようとする流民は見せしめになった。


 それ以来、表立って入国しようとする者はいなかった。


 ところが、裏で門番に賄賂を渡して入国しようとする者や、夜間に国境の壁をよじ登って侵入する者が現れた。


 これらもがっちりとシフトを組むことにより、隙が生じることなく撃退した。


 余談だが、トスハリ教国からの流民はディオニシウス帝国に隣接するスロネ王国民やアルケス共和国の国民に成りすますケースが出てきたため、トスハリ教が祀る神の踏み絵によって侵入を防いでいる。


 トスハリ教国出身の者にとって絵を踏むことは神に対する冒涜だから、トスハリ教国からの流民はあっさりと撃退される。


 サタンティヌス王国とディオニシウス帝国の国境に加え、スロネ王国とディオニシウス帝国の国境の警備が厳戒態勢になった結果、今では流民村が形成されてしまった。


 この流民村がアルケイデスの頭を悩ませている。


「困ったのはなし崩し的に形成された流民村の存在だ。あくまでこの国の外にあるから、俺達が力づくで解体することはできない。スロネ王国の方は俺達と協同でアルケス共和国にその村をどかすことになったから収集の目途が付いた。問題はサタンティヌス王国との国境だな」


「あっちは絶賛内乱中ですもんね。流民をどうにかしろとこちらが言おうにも、そんな話を聞いてる余裕はありませんか」


「その通りだ。やれやれだぜ」


 アルケイデスは深く溜息をついた。


 疲れた兄の助けになればと思い、シルバは思いついたことを口にする。


「アルケイデス兄さん、国境付近の門番として強そうな従魔を置いたらどうでしょう? そうしたら、流民怖がって自主的に村をなくすんじゃないでしょうか?」


「強いモンスターを従魔にした者を国境の守りとして派遣するのか。・・・ありだな。ちなみにシルバ、どんなモンスターだったら効果があると思う?」


「元のサイズに戻ったレイやトーラスなら効果がありそうですね。ドラゴン型モンスターを従えるだなんて、一昔前までは夢物語でしたから」


「そうだな。だが、俺もお前も国境に常駐できまい。次点では何が良いと思う?」


 シルバの考えに納得したが、それは実現性が低かったためアルケイデスは次に脅威と思われるだろうモンスターは何かと訊ねた。


「次点はシルバーレイヴンですかね。目で見て脅威だとわかりますし」


「言えてるな。シルバーレイヴンの主人の転属を検討しよう。それと、新たなに確保した卵が孵ったら、それも候補になるか調べるのを手伝ってくれ」


「わかりました」


 悩み事の片方に解決の兆しが見え、アルケイデスの気持ちが楽になったようだ。


「さて、ユリの方についても話すか。その前にシルバ、お前も成人した時は気を付けろよ」


「はい?」


 いきなり何を言い出すのだろうかとシルバが首を傾げれば、アルケイデスは一瞬だけ羨ましそうな表情になり、オホンと咳払いをしてから説明を続ける。


「ユリがな、その、俺との間に子供を作りたくて毎晩激しいんだ」


 その発言にシルバとレイはジト目になった。


 夫婦になって上手くいかないことがあったのかと心配したら、夜の営みで疲れているとわかってその反応になったのだ。


「そんな目で俺を見ないでくれ。これは跡継ぎって問題でも大事な話なんだよ。ユリは自分が俺の子を産めば、スロネ王国とこの国の結びつきが更に強くなると思って必死だから、毎晩あの手この手で俺を誘惑するんだ」


「そうですか。大変ですね」


「シルバだって他人事じゃないぞ。お前だって成人したら、アリエルとエイルに毎晩迫られるに決まってる。特にエイルなんてとっくに成人してるんだから、お前が成人になるまでずっとお預けされてたようなもんだ。もしかしたら、アリエルよりもエイルの方が積極的かもしれん」


「そう言われましても反応に困ります」


 シルバは時々家族全員で寝ることもあるが、アリエルもエイルもおとなしいからフライングで夜の営みになんて発展したことはない。


 というより、スラム育ちと異界での経験が自分を害そうする者に対して反射で警戒させるから、寝つきが良くともすぐに目を覚ましてしまうのだ。


 無論、例外がない訳でもない。


 シルバが寝ている時にアリエルやエイルが抱きついた場合、そこに悪意がなければシルバは目覚めたりしない。


 朝起きた時にアリエルやエイルが自分に抱き着いていたことがあったので、シルバはその例外に気づいているけれど特に問題はなかったので気に留めていなかった。


 この話題はつまらなかったらしく、レイが話題を変える。


『ご主人、魔水晶の話をしなくて良いの?』


「そうだった。アルケイデス兄さん、魔水晶の作成に関するレポートです。確認お願いします」


 シルバはレイに言われて本題を思い出し、持参したレポートをアルケイデスに手渡した。


 アルケイデスはレポートを受け取ってすぐに目を通し始める。


 真剣な表情で最後まで読み終えた後、アルケイデスは嬉しいような困ったような表情になっていた。


「シルバ、おめでとう。よくやってくれた。よくやってくれたんだけど、サラッと魔法道具マジックアイテムを作らないでくれ」


「思いついた設計図を研究室で披露したところ、ヴァネッサさん達も盛り上がっちゃって作っちゃいました」


「作っちゃいましたでできるのが恐ろしいわ。それで、今まで使い道が限定されてた魔石の在庫が、青魔水晶112個と青魔石46個、緑魔石80個になったのか」


「そうですね。俺が戻ったら今度はそれらと紫魔石で紫魔水晶を作ってみようと思います」


『レイもご主人達と一緒に緑魔水晶と青魔水晶を作ったんだよ』


 ドヤ顔のレイが愛らしいから、シルバはその頭をよしよしと優しく撫でた。


「レイ達従魔もコンバーターを使えるのか。人間以外にも使える魔法道具マジックアイテムとか、常識破りにも程があるぞ。というか、姉貴が競り落とした銀魔水晶ってロストテクノロジーで作られてた訳で、等級は劣るが魔水晶を作れたってことはコンバーターは失伝道具アーティファクトになるんじゃないか?」


「詳しい記録が何も残ってないのでわかりませんが、ロザリーお姉ちゃんから貰った銀魔水晶は銀魔石5個分でした。レポートに記載した理論で考えれば、黒魔石500個で作った黒魔水晶5個を銀魔水晶にした訳です。俺の考えたコンバーターは魔石100個で魔水晶1個にすることしかできませんから、素材にする魔石の量を自由にできないのでまだ魔法道具マジックアイテムの領域を越えませんよ」


「失われた技術が異常なだけで、俺にとっては十分コンバーターも画期的な魔法道具マジックアイテムなんだがな。とりあえず、魔石研究室には余った魔石を運び込むよう命令を出しておく。それと、マジフォンに赤魔水晶を組み込めないか検討してほしい。それが可能なら、マジフォンに新たな機能を追加できるだろうからな」


「わかりました」


 今後の方針が決まり、シルバはレイと一緒にアルケイデスの執務室から退出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る