第242話 もう半分と捉えるべきかまだ半分と捉えるべきか

 研究者達がコンバーターの量産を始めたのを見てから、シルバ達はコンバーターを使って魔水晶の作成作業に移る。


 魔石研究室には今、魔法道具マジックアイテムに組み込む魔力回路を作ることにしか使えないブルー級モンスター以下の魔石が大量に運び込まれている。


 それらの在庫処分をすることで、研究室が元の広さを取り戻すことに繋がる。


 シルバ達はまず、グリーン級モンスターの魔石で魔水晶を作る作業に着手した。


 この部屋を圧迫する多くの原因は、グリーン級モンスターの魔石の山だからだ。


『ご主人、レイもお手伝いする』


「それは助かる。レイ達にもペアを組んでもらって、コンバーターを使ってもらおうか」


『任せて。マリナ、ペアを組むよ』


「チュル」


 コンバーターは魔力を注ぐだけで使えるから、レイ達従魔組でも起動させられる。


 レイはシルバ達がコンバーターを使うのをしっかり観察していたので、その事実に気づいて手伝いを申し出たのだ。


 レイとマリナ、リトとジェットがペアを組み、シルバ達と併せて6個全てのコンバーターを使った作業が始まる。


 1時間後、研究室に積まれていたグリーン級モンスターの魔石は半分になり、魔石を入れていた箱を片付けると今まで見えなかった研究室の壁も見えた。


「もう半分と捉えるべきかまだ半分と捉えるべきか」


 シルバが困ったように呟くと、ワイバーン特別小隊の中で最も整理整頓ができるエイルは優しく微笑んで応じる。


「もう半分まで来たと考えましょう。研究室が広く感じられるようになったんです。結果が目に見えるのですから、やり遂げた時はきっと気分が良いですよ」


 エイルの言葉を聞いてシルバとアリエルは確かにそうだと納得したが、ロウは同じ作業を続けることに飽きてシルバに訊ねる。


「シルバ、もっと大きなコンバーターでまとめて魔水晶を作れたりしないのか?」


「今あるコンバーターを連結させるか、魔力回路を広げればできるかもしれませんが懸念事項があります」


「懸念事項?」


「起動させる人の魔力負担が増えることです。今まではグリーン級モンスターの魔石100個を魔水晶に変えるだけでしたが、一度に変換する魔石が100個のところを200個、300個と増やしていけば、コンバーターを起動させるのに余剰な魔力を消費するでしょう」


 シルバの説明を理解してロウが苦笑した。


「なるほど。手際の面では効率的なように見えても、魔力運用の面では効率的じゃないってことか」


「そういうことです。結局のところ、100個の魔石を魔水晶にするには魔力を使わなければいけませんから、作業する人に無茶を強いる設計は避けるべきでしょう」


「間違いないな」


 そこまで聞いたところで、アリエルがふと思いついたことを口にする。


「シルバ君、それなら牢屋に放り込まれた犯罪者に魔力を供給させればどうかな? この作業で毎日限界まで魔力を絞れば刑罰にもなるし」


「アリエル、お前って奴は本当にデーモンよりデーモンらしいな」


「はい?」


「なんでもありません!」


 アリエルのアイディアにロウがなんて奴だと反応するが、アリエルに目の笑っていない笑みを浮かべながら見られてロウは余計なことは言わなくなった。


「仮にその刑罰を実行したとして、刑期を終えた受刑者達が他国にその技術を伝えたら面倒なことになる。コンバーターを悪用されれば武器にもできるから、そんなリスクをわざわざ取る必要はないかな」


「そっか。じゃあ、できたとしても死刑囚が死刑にされる前の猶予期間くらいだね」


「アリエルさんや、そろそろ止めておきなさい。話を聞いてる研究者達が震えてるから」


 シルバは視界に映っている研究者達の様子から、これ以上はいけないとアリエルに待ったをかけた。


 研究部門の研究者達というのは、基本的に戦闘を経験したことのない者達ばかりだ。


 偶にフィールドワークで護衛されながら外に出ることはあるけれど、それでも自ら戦うことはないと言って良い。


 そのような荒事からかけ離れた場所で働く彼等にとって、アリエルの発言は過激だから怖くて仕方ないのである。


 シルバは別の話題を振り、それからアリエル達と協力して1時間で残り半分のグリーン級モンスターの魔石を魔水晶に変えた。


 完成したグリーン級モンスターの魔水晶の数は119個であり、グリーン級モンスターの魔石があと20個あれば魔水晶をもう1個作ることができた。


 このタイミングでコンバーターを作成していたヴァネッサ達の作業を中断させ、シルバは自分に注目させる。


「さて、ここで単なる作業から実験に移ります。呼称が長いので短縮して話しますが、青魔石も緑魔石と同様に100個あれば紫魔石に相当する魔水晶になります。突然ですがヴァネッサさん、紫魔石に相当する魔水晶の作り方は何通りあるでしょうか?」


 シルバはヴァネッサに質問してみた。


 一方的に自分が喋っているだけならば、ヴァネッサ達の理解度がわからないからである。


 なお、緑魔石はグリーン級モンスターの魔石、青魔石はブルー級モンスターの魔石、紫魔石はパープル級モンスターの魔石のことを指している。


「実証した訳ではありませんが、理論的には3通りじゃないでしょうか。1つ目が青魔石を100個使うパターン。2つ目が緑魔石を100個で作った魔水晶を100個使うパターン。3つ目が青魔石と緑魔石から作った魔水晶を合わせて100個使うパターン。いかがでしょうか?」


「その通りです。こちらも言葉が長くなってしまうため、これからはグリーン級モンスターの魔水晶を緑魔水晶みどりますいしょう、ブルー級モンスターの魔水晶を青魔水晶あおますいしょうと呼称します。順番に3つのパターンを実験してみましょう。まずはブルー級モンスターの魔石だけを使うパターンです」


 シルバは青魔石を100個取り出し、それをコンバーターにセットしてから起動させた。


 これは元々想定していた仕様だったため、青魔水晶はあっさりと作成できた。


 コンバーターの上に乗っている魔水晶に蓄積された魔力量を計ってみれば、紫魔石が内蔵する魔力が蓄積されており、これはディオニシウス帝国において魔法道具マジックアイテムの動力源になり得る。


 1つ目のパターンに成功しただけでも、魔石研究室を立ち上げただけの成果は得られたと言えよう。


 だが、最低限の目標を達成して終わりにするのでは勿体ないから、シルバは次のパターンの実験に移る。


「2つ目のパターンを始めましょう。緑魔水晶100個を変換します」


 シルバは説明した通りに緑魔水晶100個をコンバーターの上に置き、それを起動させてみた。


 その結果、光が収まった時には1つ目のパターンと同じく青魔水晶がコンバーターの上に現れた。


 出来上がった青魔水晶の魔力量を計測し、1つ目のパターンと同様であることが示された。


「2つ目のパターンも無事に成功ですね」


「在庫整理の点で重宝しますね。これでこの先緑魔石や青魔石が大量に運び込まれたとしても、研究室が魔石で狭くなる期間は短縮できそうです」


 ヴァネッサの言葉に研究者達もそうだそうだと頷いた。


「では、3つ目のパターンにも挑戦してみましょうか。緑魔水晶と青魔石の混合パターンです。今は緑魔水晶が19個ありますから、青魔石は81個使いますね」


 シルバがサクサクと準備を進めてコンバーターを起動させたところ、今回も青魔水晶がコンバーターの上に現れた。


 魔力計測をしたところ、3つ目のパターンも問題なく紫魔石と同等の魔力量を有していた。


「ということで、ヴァネッサさんの予想通りで青魔水晶の作成方法は3通りでした。この理論が応用できるならば、コンバーターで紫魔水晶の作成する方法も3通りになるはずであり、赤魔水晶、黒魔水晶、銀魔水晶も同様です」


『銀魔水晶・・・。レイ、気になるなぁ』


「チュル」


「ピヨ」


「キィ」


 レイはまだ見ぬゴールド級モンスターの魔石に相当する銀魔水晶に興味を持ち、マリナとリト、ジェットは黒魔水晶に興味を示していた。


 レイ達の強さもぼちぼち次のステージに到達しつつあるらしい。


 その後、ある程度コンバーターの数も用意できたことから、魔石研究室全員で昼休憩に入るまで青魔水晶の作成を行った。


 昼休憩に入った時には、研究室で抱えていた青魔石以下の在庫が青魔水晶112個と青魔石46個、緑魔石80個に変わり、部屋の中は元通りの広さを完全に取り戻した。

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