第24章 拳聖、魔石の研究を行う

第241話 ふつくしい

 時は少し過ぎて年が明けた。


 シルバ達の介入により、呪われた剣を失ったサタンティヌス王国とトスハリ教国の戦争は勢いを失った。


 兵器と呼んでも過言ではない呪われた剣がなくなり、サタンティヌス王国の主戦力はテイムしたシルバー級モンスターに変わり、トスハリ教国の主戦力は集結した密偵になった。


 トスハリ教国の密偵は対人戦の方が得意であり、モンスターとの戦闘は並の軍人よりできるが全戦全勝という訳でもなかった。


 そのせいでサタンティヌス王国のシルバー級モンスターを相手に大半がやられてしまい、生き残った密偵は2人だけだった。


 2人は国に帰って敵戦力に関する情報を教皇に伝え、役目を果たしたところで疲れがどっと押し寄せてその場で気絶した。


 敵がサタンティヌス王国軍の従魔だけならまだなんとかなっただろうが、タイミングの悪いことに割災が生じてモンスターの群れが戦場に乱入した。


 これが原因でトスハリ教国軍は壊滅的な被害を受けて自国に撤退した。


 では、今回の合戦がサタンティヌス王国の勝利に終わったかと訊かれれば、それも違うと答えるべきだろう。


 タグを埋め込んだシルバー級モンスター達は確かに活躍した。


 トスハリ教国の軍人達を捕食した従魔も少なくなく、戦場に乱入した異界のモンスター達とも戦ってその数を減らした。


 ところが、ある1体のモンスターの登場によって戦況は大きく変わってしまった。


 そのモンスターとはスライムである。


 スライムにはあらゆるものを捕食し、吸収して強くなる性質がある。


 最初はこそこそと戦場を移動していたスライムだが、あちこちに転がる両国の軍人達の死体を捕食して強くなり、一緒に異界からやって来たモンスターも捕食した。


 最終的にはサタンティヌス王国の従魔も捕食してしまい、サタンティヌス王国軍も撤退させるだけの被害を出した。


 誰もいなくなった戦場では、そのスライムが巨大化して動かなくなった。


 合戦場を自分の縄張りだと言わんばかりに占領したスライムに、サタンティヌス王国とトスハリ教国を結ぶ陸路は分断された。


 その事実は別に戦争中なので両国にとって困ることはないのだが、両国でも割災が発生して被害は甚大になった。


 まだまだ苦難は続くらしく、あと5日で今年も終わるというタイミングで大雪が降り、サタンティヌス王国とトスハリ教国ではこのままだと今年の冬を越せないと民衆が暴れて内乱が起きて今も収拾がついていない。


 その一方、ディオニシウス帝国は割災の対応が速やかに終わって冬を越す準備がどの街でも進められた。


 大雪はディオニシウス帝国でも降ったけれど、戦争に参加していないこの国には余力が十分にあったため内乱なんて起きるはずなかった。


 それはさておき、シルバは年が明けて初めてワイバーン特別小隊のメンバーと共に帝国軍の研究棟に来ていた。


「「「・・・「「おはようございます!」」・・・」」」


「おはようございます」


 シルバ達を見て敬礼しながら元気に挨拶したのは魔石研究室の研究者達だ。


 呪われた剣の破壊と奪取のミッションに加え、割災出の活躍からアリエルとエイル、ロウも主天使ドミニオンに昇格しており、研究者達は共同で研究するワイバーン特別小隊のメンバーを過剰に恐れていた。


 魔石研究室はアルケイデスの命令で新しく設立された研究室であり、所属する研究者達は権天使級プリンシパリティばかりで若かった。


 一応、その研究者達のまとめ役が能天使級パワーなのだが、魔石研究室の室長は位が最も高いシルバになっている。


 したがって、現在のシルバの肩書はワイバーン特別小隊長兼魔石研究室長である。


 年末までの研究により、シルバは一部だが魔石の塊を作成することに成功した。


 その際に魔石の塊では長いから、魔水晶と名称が改められている。


 作成に成功したのは大量のグリーン級モンスターの魔石を圧縮した魔水晶であり、ブルー級モンスターの魔石と同じ量の魔力を蓄えられていた。


 おさらいだが、現時点で存在が確認されている明らかにされているモンスターを低い順から等級で示すと、グリーン<ブルー<パープル<レッド<ブラック<シルバーだ。


 グリーン級モンスターの魔石を100個圧縮した結果、ブルー級モンスターの魔石1個に内包される魔力と同一だとわかった。


 肝心な魔水晶の作成方法については、原始的な方法が今のところ確立されている。


 具体的には、魔石に限界まで魔力を注ぎ込むことで魔石が原形を留められず熔けたため、それを容器に流し込んではプレスするのを繰り返すのだ。


 しかし、これでは効率が悪いからシルバは年末年始の休暇の間に魔水晶の作成方法を改良した。


「ヴァネッサさん、魔水晶の作成方法について新しいアプローチを考えました。今日はそれを試しましょう」


「かしこまりました」


 ヴァネッサは以前、シルバ達と一緒に働いたことがある女性軍人だ。


 その時はアーブラ支部に務めており、デーモン対策チームに配属されていた。


 彼女はあの一件でアーブラ支部に嫌気が差して転属願いを出したところ、軍学校では戦略コース出身だったため参謀部門に異動したが、部門間交流プログラムでジルドレに興味を持たれて研究部門に引き抜かれた。


 専門的な知識はないが柔軟な思考を持っており、最初から研究部門にいた者達とは違ったアプローチができたため、ジルドレの下で能天使級パワーに昇格した。


 そして、アルケイデスの命令で立ち上げられた魔石研究室では研究者達とシルバ達の調整役になることも期待されている。


 ヴァネッサとしては、前に一緒に働いた時は主天使級パワーだったシルバが座天使級ソロネになってしまったので、随分と差が開いてしまったものだと驚いている。


 アリエル達についても、自分の2つ上である主天使級ドミニオンになっていたから、自分がどんなに頑張ってもワイバーン特別小隊に追いつくのは不可能だろうと諦めてもいる。


「これは魔水晶を自動で作る魔法道具マジックアイテムの設計図です。皆さんで見て変な所がないか確認して下さい」


 シルバがヴァネッサに魔法陣の設計図を渡すと、ヴァネッサを中心に研究者達が集まってそれを覗いた。


「ほぉ」


「これは」


「ふつくしい」


 研究者達はシルバが描いた魔法道具マジックアイテムの設計図に感嘆した。


 ヴァネッサも研究部門に来て色々な物を見る機会があったため、魔法道具マジックアイテムの設計図を見てそれがどういうものなのか理解できるようになっていた。


「シルバさん、素晴らしい設計図ですね。これなら人力で作成するよりもかなり効率的に魔水晶が作れます。そうですよね、皆さん?」


「その通りです」


「ばっちりですね」


「早く作りましょう」


 ヴァネッサが問いかけたところ、研究者達はその通りなので早く設計図に描かれた魔法道具マジックアイテムを作ろうと言い出した。


 魔石研究室には魔法道具マジックアイテムを作成できるだけの素材も用意されているため、シルバが手順を説明することで試作品の魔法道具マジックアイテムが6つ完成した。


 その魔法道具マジックアイテムは鉄板に魔力回路を刻んだもので、中心に規定数の魔石を乗せてから魔力を流すだけだ。


「実際にやってみましょう。グリーン級モンスターの魔石を100個ずつ乗せたら、魔法道具マジックアイテムを魔力を流して起動させて下さい」


 シルバの指示に従い、アリエルとエイル、ロウ、ヴァネッサ、研究者の1人がシルバと共に魔法道具マジックアイテムを起動させた。


 次の瞬間、魔石の山だったものが光に包まれ、その光の中で圧縮されて魔水晶へと変わった。


 シルバが魔水晶に蓄積された魔力量を計る魔法道具マジックアイテムで確認したところ、できあがった緑の魔水晶6個は全てブルー級モンスターの魔石と同等の数値であることがわかった。


「実験は成功ですね」


「おっしゃる通りです。これは素晴らしい魔法道具マジックアイテムですよ。シルバさん、名前は決めてありますか?」


「コンバーターです。魔石を魔水晶に変換コンバートしますから、シンプルにコンバーターに決めました」


「かしこまりました。そうしましたら、今後はコンバーターの量産とコンバーターを使用した魔水晶の作成で2つのチーム分けてはどうでしょうか?」


 ヴァネッサの提案はもっともだったので、ヴァネッサと研究者達がコンバーターの量産を行い、シルバ達ワイバーン特別小隊がコンバーターで魔水晶を作成することにした。


 研究者達はコンバーターの魔力回路をもっとじっくり見ていたいらしく、進んでコンバーターを作成したいと願い出た。


 そこでNOと意地悪なことを言うのは今後の研究室内の空気が悪くなるから、シルバ達は研究者達にコンバーターの量産を託した。

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