第166話 待てと言われて待つ悪党がいるかよバーカ!

 ヨーキ達を連れ帰った翌日、改めてシルバ達はジェロスに向かった。


 今日はキマイラ中隊の第一小隊と第三小隊もミッションの予定が入っていなかったため、中隊丸ごとジェロスに来ている。


 ヨーキ達と遭遇した街道の抜け道まで来て、御者席に座るロウは昨日壊したはずの大岩が元通りに存在していることに気づいた。


「シルバ、あれを見てくれ」


「壊した岩が元通りになってますね」


「抜け道が存在するってバレたら困る連中の仕業かね?」


「そうだと思います」


 キマイラ中隊がそれぞれの馬車を停めた後、シルバとロウが大きな岩に罠が仕掛けられていないか確かめる。


 ただ大きな岩で抜け道に蓋をしただけでは再び壊される可能性がある。


 敵がそれに気づかず同じことを繰り返すだけの馬鹿だとは思えないから、シルバとロウが大きな岩に罠がないことをチェックした。


 調べた結果、決まった方法でその岩を動かさなければ岩自体が爆発することがわかった。


「弐式光の型:光之太刀!」


 光を右腕に付与して一振りの大太刀のように変化させ、シルバは岩をサイコロカットしてみせた。


 あっという間に岩がバラバラにされ、その破片が次々に起爆した。


 岩が細かく切り分けられたことにより、それぞれの爆発の威力は大したことがなかった。


 それでも連鎖爆発によってどんどん威力が大きくなっていったので、アリエルが<火魔法ファイアマジック>で爆炎を閉じ込めて無理矢理抑え込んだ。


「アリエル、助かったよ」


「どういたしまして」


「ソッドさん、どうしますか? 穴からジェロスに侵入しますか?」


 シルバはアリエルにお礼を言った後、今日のミッションで作戦担当のソッドにどうするか訊ねた。


 「第一小隊と第二小隊はこのままジェロスに突撃する。第三小隊にこの場に残ってもらい、私達がジェロスに入り込んでここから逃げ出そうとする悪党を倒してほしい」


「「了解しました」」


 シルバとフランが返事をして作戦が決まった。


 第三小隊をこの場に待機させ、第一小隊と第二小隊がジェロスに突入し始める。


 門番はおらず、ジェロスの中に入るための門には鉄格子が降りて先に進めなくなっていた。


「まあ、僕が熔かして通れるようにするんだけどね」


 アリエルが<火魔法ファイアマジック>で鉄格子を熱してしまえば、少し経ってからシルバ達は門を通過できるようになった。


「ヒャッハー! 門が開いたぞ!」


「新鮮な獲物だぁぁぁ!」


「退けぇぇぇ! 邪魔だ邪魔だぁぁぁ!」


 地下通路を使わずに盗賊をはじめとした悪党達がジェロスの外に出て来たため、シルバ達は分散して悪党達を退治し始める。


 戦えるメンバーが昨日来た時の倍はいるため、5分もかからずにジェロス前に悪党達の死体が量産された。


(こんなに大人数にお出迎えされたのは悪党側の懸賞金制度で門付近に張り付いてる奴等が多かったからか)


 シルバは敵が思いの外多かった理由について納得した。


「シルバ君、こっちの2人は傭兵っぽいよ。同じ入れ墨があった」


「傭兵ってことは闇商人の護衛かな。雇った奴はきっとまだジェロスだ」


 闇商人とは表向きには行商人をしており、闇市場にも渡り歩いた各地から仕入れた様々な物品をわかっているのは使用しているマークだけだ。


 そのマークが入ったバッジが闇商人の身分の証拠となり、闇市場での売買ができるアイテムである。


 闇市場は何十人もの闇商人によって形成されており、時には流れてはいけない物まで市場に出ている。


 中には正規のルートで買えなかった商人がどうしてもその商品を欲して闇商人からそのバッジを殺して身分を奪い取るなんてこともあり、そういった対策として傭兵を雇っているのだ。


 傭兵と言えば聞こえがいいかもしれないが、大抵は盗賊と大して変わらない軍人崩れだ。


 帝国軍だけでなく他国の軍を首になったチンピラが酒を金欲しさに雇われているのが実情である。


 金で従う相手を決める傭兵だから、闇商人も金だけで傭兵を繋ぎ止められると思っていない。


 したがって、雇われている期間に裏切られないように裏切り防止の入れ墨を入れさせる闇商人は多い。


 シルバ達が倒したのはそんな傭兵達だった。


「シルバ君、傭兵を見つけたようだね。こっちはただの盗賊だった。多分、ジェロスでしか賞金首になっていないような連中だ」


「カヘーテ渓谷を潰した今、そんなホイホイ二つ名持ちの賞金首は現れませんか」


「そうだね。さっさと後始末を済ませて先に進もう」


「わかりました」


 アリエルの<土魔法アースマジック>で地面に穴を開けて死体を埋めた後、シルバ達はジェロスの中に入った。


 一雨降りそうな天候であり、ジェロスでは出歩く者が1人もいなかった。


 他所に移住することのできない一般人は家の中に引き籠っているようだ。


 外壁付近に待機していた悪党達がいなくなってなお、誰も外に出て来ないのだから警戒心がかなり強いのだろう。


「キュウ・・・」


「そうだな。重苦しくて嫌な空気だ」


 ジェロスの空気が街の外とは違って重苦しいからか、レイがジェロスは好きじゃないと言いたげな表情でシルバに頬ずりする。


 シルバもレイと同じで今のジェロスの空気が好きになれなかったから、早くミッションを終わらせてしまいたいと思いながらレイの頭を撫でた。


 その時、遠くの方から声が聞こえた。


「待て! 逃げるなこの悪党!」


「待てと言われて待つ悪党がいるかよバーカ!」


 逃げている悪党の言い分が耳に届いてシルバは確かにと頷いた。


 追手は軍学校の学生らしく、授業で習った笛による合図で包囲しようとしているのがわかった。


 別の場所では爆発が起こり、更に別の場所では雷が落ちた。


「とてもではありませんが、一般人が出歩ける環境じゃないですね」


「エイルさん、こういう町では武装した商人が暴利な値段で必需品を売って歩くんですよ」


「シルバ君はこういう街に詳しいんですか?」


「俺が昔いたスラムと似た空気が蔓延してますから、当たらずとも遠からずだと思います」


 シルバがこの街の空気を嫌う理由はこれだった。


 ジェロスが割災で異界に飛ばされる前にいたスラムと似た空気だから嫌だったのだ。


 もっとも、そのスラムはジェロスのように娯楽分野で進んでいる訳ではなく、何も楽しめる物はなかったのだが。


「あっちに逃げたぞ!」


「水の槍よ、我が敵を穿て! 水槍ウォーターランス!」


「当たる訳ねえだろ! そんなノロ魔法!」


「クソッ!」


 軍学校の学生と悪党の追いかけっこはシルバ達の馬車に近づいて来ており、水槍ウォーターランスとそれを躱す悪党の姿がシルバ達の視界に映った。


「あんな雑魚相手に情けない」


 アリエルはそう呟いて無詠唱で燃腕握バーングラスプを発動した。


 炎上握ブレイズグラスプとは燃え盛る腕が標的を握り潰す技である。


 働き通しでヘロヘロになった軍学校の学生の攻撃ならともかく、熟練度が高くて戦う準備ができているアリエルの攻撃を一介の悪党が避けられるはずない。


「ぐぁっ!? 熱い! ぬぁぁぁぁぁ!」


 事情が正確にわからないからアリエルもその悪党を殺すつもりはない。


 それでも燃え盛る腕に全身を握られてしまえば、全身が火傷になるのは当然のことだろう。


 悪党が火傷の痛みにのたうち回っているところに、ようやく軍学校の学生達が追いついて捕えることに成功した。


「やっと捕まえた!」


「長かった!」


「やったなって、そうじゃないだろ! 援護したのは誰だ!?」


 3人組の内2人は悪党を縛り上げて座り込んだが、残る1人はアリエルの攻撃が決定打となって自分達の目標を捕縛できたのだから、加勢してくれた者が誰なのか確かめようと振り向いた。


 その時には馬車を停めており、アリエルが情けない者を見る目を3人組に向けながら答えた。


「キマイラ中隊第二小隊所属、能天使級パワーのアリエルって言えばわかる?」


「「「す、すみませんでした!」」」


 3人組はアリエルよりも階級が低いだけでなく、アリエルが情報通で多くの者の弱味を握っていると知っていたので直角に体を曲げるように謝った。


「B4-1が3人も揃ってこんな雑魚も捕まえられないとは情けないと思わない?」


 アリエルは相手が名乗らずともそれぞれが誰なのか把握しており、自分達よりも学年が2つも上なのに何故この程度の悪党もさっさと捕まえられないのかとがっかりしていた。


 アリエルに任せておくと3人組の心が折られてしまいそうなので、ロウがアリエルと三人組の間に入った。


「まあまあ。とりあえず、休みながら話を聞かせてもらおうじゃないか」


「わかりました」


 ロウの方が情報を引き出しやすいと判断し、アリエルは馬車の中に戻った。


 アリエルをシルバが出迎えて労う。


「アリエル、お疲れ様。そんなピリピリしたらあの人達がビビっちゃうから抑えようぜ」


「シルバ君、今のは演技だよ。ついでに言えばロウ先輩が優しそうな感じで間に入ったのも演技。これで情報を手っ取り早く引き出せるでしょ?」


「お、おう。即席でそんな芝居をしてたとは・・・」


 アリエルとロウの情報収集の手腕にシルバは戦慄した。

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