第165話 情報を持ち帰るなら逃走もまた闘争だと思うけどな

 3日後、実験を重ねて同様の結果が出るようになったことから、メリルが開発した調整薬はクレイジーマッシュと名付けられて帝国軍で使われるようになった。


 それに伴い、メリルはその功績を称えられて大天使級アークエンジェルに昇進した。


 クレイジーマッシュはパープルまでの色付きモンスターや色付きではない群れて戦うモンスターに効果があり、雑魚狩りの効率を上げる成果を齎した。


 そのため、タオが作ったゴブリンホイホイやウルフホイホイでおびき寄せたところにクレイジーマッシュを使えば、大して戦力に期待できない軍人でもそこそこの戦果を出せるようになった。


 この戦術は人手不足のアーブラでは特に感謝され、第二皇子アルケイデスがタオとメリルに感謝状を贈る程だった。


 それはそれとして、B2-1にはシルバとアリエルを除く学生が戻って来ていなかった。


 この事態はB2-1に限った話ではなく、同学年や高学年のクラスでも似たような状況である。


「こりゃヤバいかもな。シルバ、悪いけど第二小隊のメンバーでジェロスの様子を見て来てくれないか?」


「わかりました。状況によっては威力偵察になっても構いませんか?」


「構わないさ。むしろ、俺の見立てじゃ威力偵察になる可能性の方が高い」


「そうなりますか。では、準備ができ次第ジェロスに向かいます」


「よろしく頼む」


 B2-1の教室でポールから指示を受けたシルバは小隊全員を集めてジェロスに向けて出発した。


 御者を務めるロウが出発してからぽつりと呟く。


「ジェロスかぁ。碌なことになってねえだろうなぁ」


「ロウ先輩は何か情報を仕入れてるんですか?」


「アリエルなら知ってるかもしれないが、アルベリ盗賊団とジェロスに巣食う悪党共が手を組んでジェロスを本格的に牛耳るつもりらしい。軍人と軍学校の学生に懸賞金が懸けられたってジェロス付近にいた盗賊を討伐した奴等から聞いた」


「その情報は僕も仕入れました。しかも、ジェロスの外に逃げ出そうとする者を優先的に攻撃するから、ジェロスから逃げられた者はほとんどいないようです」


「そもそも、今のジェロスの支部長は敵前逃亡を許さない人だ。軍学校の学生だろうとなんだろうと一度ジェロスに来たからには事態が鎮圧するまで戦力を極力手放さないだろうよ」


 (情報を持ち帰るなら逃走もまた闘争だと思うけどな)


 シルバはロウとアリエルの話を聞いてやれやれと溜息をついた。


 ジェロスの支部長はディオスへの連絡よりもジェロスの治安を少しでも良くすることを優先している。


 自分が任された街を守ろうとする気持ちが強いのは良いことだが、だからと言って他所に迷惑をかけても構わない訳ではない。


「シルバ君、今回の偵察任務はあまり深入りしない方が良いのではないですか? ジェロスの支部長に見つかった場合、私達も戦力扱いされると思います」


「そうですね。基本的には静かに偵察して情報収集するつもりです。ただし、減らせる敵と遭遇した時はどれぐらいの戦力か判断するために戦います」


 エイルはキマイラ中隊第二小隊がジェロスの支部長の指揮下にはないのだから、わざわざ目立ってジェロスの支部長に使われる必要はないと言った。


 シルバも基本的にその意見に賛成だが、情報を持ち帰るためには何度か戦闘をしても良いと思っている。


 そうでもしなければディオスに情報を持ち帰れないのだから仕方あるまい。


 その後、ジェロスに向かうまでの道のりは順調だった。


 モンスターに襲われることもなければ、盗賊に出会うこともなかった。


 馬車を牽く馬もシルバとエイルに光付与ライトエンチャントを使ってマッサージしてもらったこともあり、休憩をそれほど取らずとも進めたのも大きい。


 朝一番でディオスを出発して、午後になってからジェロスを覆う壁が視界に映るようになったのだから順調だと言えよう。


「ジェロスは思いの外静かだな」


風幕ウィンドカーテンを使って音が外に漏れないようにしてるのかもよ」


「仮にそうだったとしたら、ジェロスを覆うのに何人が協力して覆ってるのやら」


「レイちゃん、何か気付くことはありませんか?」


「・・・キュウ」


 エイルに声を掛けられ、シルバの膝の上に頭を乗せて寛いでいたレイは真面目にジェロスから何か感じ取れないか試してみた。


 その結果、レイはジェロスから少し外れた方向に何か感じ取ったようだった。


「レイが何か見つけたか。ロウ先輩、少し寄り道をしていきます。俺の指示通りに馬車の操縦をお願いします」


「あいよ」


 シルバはレイからどっちに進めば良いか教えてもらい、それをロウに伝えて馬車はレイが気にしている場所へと向かった。


 それから馬車を走らせること10分、シルバ達は街道の脇に大きな岩を見つけた。


「レイ、この岩に何かあるのか?」


「キュイ」


 レイが大きな岩を見て頷いたため、シルバ達は馬車を近くに停めて調査を始めた。


 周りをぐるっと1周してみると、岩の下の部分に足跡が半分だけ残っている所があった。


「もしかして、ここから地下通路が伸びてる?」


 アリエルはある可能性に気付いて<土魔法アースマジック>で周辺の土壌に干渉した。


 それにより、自分の推測が当たっていることを確信した。


「シルバ君、岩で道を塞いでるけどこの下に地下通路がある。多分、方角からしてカヘーテ渓谷に繋がってるよ」


「あのミッションで見落とした抜け道ってことか。でも、こんなところで岩を動かしたら目立つんじゃないか?」


「ここは人気のない夜に使うんじゃないかな。おそらく、抜け道はここだけじゃなくてジェロスの地下に繋がる道もあるんじゃない?」


「だったらこの場所はカヘーテ渓谷からの抜け道であると同時にジェロスからの抜け道の可能性が高い。通路の中に入ってみるか」


 シルバはそう言って技を繰り出そうと構える。


 シルバが岩を壊すつもりだと判断してアリエル達は巻き込まれないように離れた。


「弐式光の型:光之太刀!」


 光を右腕に付与して一振りの大太刀のように変化させ、シルバは岩をサイコロカットしてみせた。


 あっという間に岩がバラバラにされ、岩の下を見てみるとボロボロなヨーキ達クラスメイトの姿があった。


「「「・・・「「シルバ!?」」・・・」」」


「えっ、みんなこんなとこにいたの? じゃなくて、とりあえず上がって来れる?」


「助かったー」


「シルバ君がいればもう安心ね」


「これで勝つる」


「ここまで長かったです」


 状況はまだ呑み込めないが、とりあえず1人ずつ地下通路から手を貸して全員を街道に引っ張り上げた。


 レイが回復ヒールで癒し、シルバとアリエルも光付与ライトエンチャントを用いたマッサージでヨーキ達を治療した後、まだ喋る元気がありそうなヨーキにシルバが話を聞く。


「ずっと帰って来ないと思ったら何やってんだよ?」


「それがよぉ、ジェロスがもう酷い有様で俺達はずっと働かされてたんだ」


「ジェロスの支部長に?」


「そう。あの糞ババア、俺達が軍学校から派遣された学生だってことをわかってねえ。休みなしで働かせる上に地下通路を逃げた盗賊を見つけるまで帰って来ることも休むことも許さんとかほざきやがった」


「うわぁ・・・」


 ヨーキの言い分が本当ならば、ジェロスの支部長はかなりパワハラを働いている。


 シルバだけではなく、話を聞いていたアリエルやロウ、エイルもドン引きしている。


 アリエルはヨーキの話に出て来た盗賊のことが気になって質問する。


「ヨーキ、追うように指示された盗賊は見つけられたの?」


「見つけたんだけど、その時にはさっきシルバが壊した岩をどかして穴から出る所だったんだ。俺達もその後を追おうとここまで来たら、岩が蓋をして外に出られなくなって逃がしちまったよ。この岩の通路に戻って来るかもしれないから、休憩で後退して待ち伏せをしてたらシルバ達が来たんだ」


「盗賊に懸賞金がついてるとかわかる?」


「すまん、ジェロスの悪人は大半がジェロス支部限定の懸賞金が懸けられてるんだ。だから、誰なのかってところまではわからん」


 ジェロスの支部長はジェロス支部の所属員にやる気を出させるため、それに加えて街の住民にも協力してもらうために独自で懸賞金を掛けていた。


 彼女のやり方のせいで、誰がどんな悪事を働いた危険人物なのかヨーキ達は覚えきれなかったのである。


 その後もヨーキ達から集められるだけの情報を集めた後、シルバはディオスまで撤退することにした。


 シルバ達が治療して動けるようになったとはいえ、ヨーキ達は疲労が完全に抜け切っている訳ではない。


 このまま全員でジェロスに向かったとして、何人かジェロスで失う可能性がある。


 偵察ミッションの体でクラスメイトを探しに来たのだから、そうなってしまってはシルバ達の当初の目的が果たせなくなってしまう。


 したがって、シルバはヨーキ達をディオスに送り届けてから再度ジェロスに来ることに決めた。

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