第164話 お礼を言うには早い。結果が出てからにしようぜ

 第一皇子派の嫌がらせミッションを難なくこなした翌日、登校したシルバはクラスメイトのほぼ全てが泊りがけのミッションで不在だったため、アリエルとレイと寂しく授業を受けた。


 放課後、学生会室に移動したシルバ達は学生会のメンバーに迎え入れられた。


「こんにちは。今日はこっちに来れたんですね」


「はい。レイが頑張ってくれたので昨日のミッションはあっさり終わりました」


「キュア~」


 自分達の顔を見てニコニコしているメアリーに対し、シルバはレイが活躍したことをアピールした。


 レイも自分が活躍したんだと胸を張ってドヤ顔を披露した。


「可愛いな。そんなレイにおやつあげよう」


「キュイ♪」


 イェンはレイの反応にやられてしまったようで、自分のおやつをレイに分けてあげた。


 イェンの薦めてくれる食べ物はどれも美味しいので、レイは喜んでおやつを貰っていた。


「イェン先輩、おやつを貰っちゃってすみません」


「構わない。元々今日はレイにあげようと思って持って来てたんだ」


「キュウ」


 それを聞いたレイは気にかけてくれてありがとうと言わんばかりにイェンに頬ずりした。


「それにしても、シルバ君達はジェロスに行かなかったんだね。私と同学年の戦闘コースの学生はみんなジェロス絡みのミッションを受けてるよ」


「私の学年も同じく」


「皆さんジェロスのキナ臭さに気付いてるようですね。それで、昇進できるかもとジェロスに行く訳ですか」


 メアリーとイェンがジェロスの話題を振ったため、シルバは苦笑しながら応じた。


「シルバ先輩、今のジェロスってそんなにヤバいんですか?」


「1年生じゃまだジェロスに行くようなミッションはないからピンと来ないか。今日聞いた話だと、ジェロスが軽く無法地帯になってるらしい」


「そいつはヤバいですね。ジェロス基地の軍人は何やってるんです?」


「次々に起こる問題で後手に回ってるそうだ」


 ポールから聞いて知りえた情報をシルバが共有すれば、ジョセフはマジですかと表情が引き攣っていた。


「アルベリ盗賊団をカヘーテ渓谷の戦いで捕縛できなかったのが痛いな。以前のアルベリ盗賊団はウェハヤ盗賊団がいたことで睨み合ったまま動かないことも少なくなかった。それがウェハヤ盗賊団を俺達が崩壊させたせいでバランスが崩れたようだ」


「なるほど。でも、バランスが崩れるからって盗賊団を野放しにして良いはずありませんから、それは仕方なくないですか?」


「まあな。ジェロスは大変なことになってるけど、捕えた裏切者バットがペラペラと盗賊団事情を話してくれてるから、帝国内の盗賊狩りはかなり進んでるぞ」


「盗賊が減ることは良いことですね」


 実家が商会のメアリーにとって物流を滞らせる盗賊は害虫と同じだ。


 盗賊が帝国内からどんどん減っていることはメアリーの胸をスッとさせた。


「シ、シルバ君、私から聞きたいことがあるんですけど」


「何が訊きたいの?」


「タ、タオさんってマンイーターの品種改良と除草剤を作ってたけど、ほ、他の植物型モンスターに関する薬品は作ってないよね?」


「それはわかんない。アリエル、何か知ってる?」


 シルバはタオから特に聞いていなかったため、自分よりも情報通なアリエルに訊ねた。


「今開発中って聞いてるのは殺虫剤を強化して虫型モンスターを殺せる薬だって聞いたよ」


「それは開発されたら喜ぶ人が多そうだな。メリルがタオの薬について訊くってことは、メリルも何か開発中?」


「そ、そうだよ。タオさんと被ってたら昇進できる可能性が低くなるから気になってたの」


 メリルがタオのことを気にするのは当然だ。


 タオが新薬の発明で天使級エンジェル大天使級アークエンジェルに昇進したのだから、権天使級プリンシパリティに昇進するために薬を作っていると考えるのが無難である。


 昇進すればするほど昇進の条件は厳しくなるから、権天使級プリンシパリティになるために作る薬に気合が入らないはずない。


 メリルはタオが気合を入れて作る薬とかち合って勝てるか心配になり、自分が作る薬と違っていることを祈りつつシルバに訊ねたようだ。


「なるほどな。それで、メリルはどんな薬を開発してるんだ?」


「モ、モンスターに寄生して養分を吸い取って殺す茸の調整薬です」


「そんな茸があったのか」


「あ、あるんです。抗菌剤の材料になる茸なんだけど、それを品種改良してモンスターの体を乗っ取るようにしたんです」


 抗菌剤とは菌を使ってデバフや攻撃をする植物型モンスターとの戦闘では必須の薬品だ。


 マンイーターとの戦いにおいても、あるのとないのだったらある方が良いと考える抗菌剤だが、その抗菌剤を作るのに必要な材料である茸にメリルは着目した。


 その茸は冬虫夏草のようなものであり、苗床にした生物を殺して育つ。


 その性質を活かしてモンスターに寄生するよう調整した薬をメリルは開発している。


 この開発が上手くいけば、自然の力を借りてモンスターを倒せるようになる訳だから成功したら評価されることは間違いない。


「それが完成したらすごいな」


「じ、実は、もうほとんど完成してるんです。ただ、実験台にするモンスターを確保できていないので完成とは言えないんです」


「キュ」


 レイはまさか自分を実験台にしないだろうなとメリルを警戒し、シルバの後ろに隠れた。


「よしよし。誰もレイを実験台にしようなんて考えてないぞ。もしもそんなことを考えてる奴がいても、俺が守ってあげるからな」


「キュイ!」


 レイはやっぱり頼りになるのはシルバだと思ってシルバに頬ずりした。


 シルバに頭を撫でてもらったことでレイはすっかり落ち着いた。


「ご、ごめんなさい。レ、レイちゃんを実験台にするつもりなんてないです」


「・・・キュウ」


「その気がないのはわかったみたいだけど、近寄ったら危なそうだから近寄らないってさ」


「そんなぁ・・・」


 レイの態度からレイの言いたいことをシルバが代弁したところ、メリルはレイから避けられてしまってしょんぼりした。


 メリルにレイを害する意図はなかったけれど、レイがメリルを危険視するのは当然だ。


 シルバはメリルがしょんぼりした姿を見てかわいそうに思い、思いついたことを口にする。


「メリル、茸と調整薬って今持ってる? あるならこれから基地に行ってみよう。事情を話せば捕獲したモンスターに使わせてくれるかもしれないし」


「良いんですか!?」


 メリルは一気に元気を取り戻した。


 ディオスの基地では定期的にモンスターを生け捕りにして連れ帰るミッションが発令される。


 これはモンスターに対してあらゆる実験をするからだ。


 シルバはメリルの調整薬に興味があったので、メリルにこれから基地に行かないかと提案した。


 メリルは鞄から茸の菌が入った瓶と調整薬の入った瓶を見せ、これらを試したいとシルバにアピールした。


 実用化されれば即戦力になる薬品だから、シルバはメリルを連れて基地に移動した。


 アリエルが付いて行くのは勿論のこととして、従魔であるレイはメリルの薬を恐れているもののもっとも安心できるのはシルバの隣なので一緒に基地に向かった。


 研究部門の軍人に話を通し、ゴブリンを1体実験に使わせてもらえることになった。


「シルバ君、ありがとうございます!」


「お礼を言うには早い。結果が出てからにしようぜ」


「はい!」


 メリルは元気に返事をしてすぐに実験の準備に移る。


 茸の菌を撒いた部屋にゴブリンを入れ、ゴブリンが茸の菌を撒いた地面の近くに来た瞬間を狙って調整薬を散布した。


 その直後、ボンと破裂する音がするのと同時に部屋の中が白い煙に包まれた。


 実験室のガラスは特別性で内部から外部に光と音以外通さない。


 だからこそ、シルバ達は調整薬を撒いた後の変化を落ち着いて観察することができた。


 煙が収まって実験室の中の様子が見えるようになると、そこには干からびたゴブリンとそこからいくつもの茸が生えてオブジェのようになっていた。


 ゴブリンは茸に養分を吸い尽くされて絶命しており、メリルの開発した薬はゴブリンに対して理論通りの効果を発揮した。


「キュア・・・」


「大丈夫。大丈夫だぞ」


 なんて恐ろしい薬なんだと怯えるレイに対し、シルバは優しくその頭を撫でて例の気分を落ち着かせた。


 メリルが開発した薬は研究部門の軍人を興奮させ、この後彼女は質問責めに遭って解放された時にはすっかり日が暮れていた。

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