第163話 話せばわかる。争いは何も生まない。そうだろう?
翌日、シルバは帝国軍のミッションでキマイラ中隊第二小隊を引き連れてヨヨンギ湿原に向かった。
「まだ本格的に冬が始まった訳じゃねえけど、寒くなってからヨヨンギ湿原に行くのは嫌だねぇ」
「ロウ、我慢しなさい。私達が行かなかったとしても、他の誰かが行かなければならないんです。運が悪かったんですよ」
「いや、これは第一皇子派の嫌がらせだろ。カヘーテ渓谷の戦いで俺達がまた手柄を立てちまったものだから、足踏みさせたくて俺達をヨヨンギ湿原のミッションに割り当てたんだ」
「ロウ先輩の妄言だって言いたいところですが、僕の手に入れた情報から考えても第一皇子派の嫌がらせだって結論になりますね」
エイルは運が悪かったと思うことにしようとしていたが、ロウとアリエルは独自の情報網から仕入れた情報でエイルの言い分を否定した。
第一皇子派の嫌がらせとは、ヨヨンギ湿原に住み着いたレッドトード率いるトード系モンスターの巣の駆除のミッションをシルバ達に割り当てたことだ。
本来はもっと早くに解決すべきだったのだが、参謀部門に所属された新人がうっかり割り振り忘れて放置していたことに気付き、第一皇子派に所属する軍人がシルバ達に割り当てるよう唆したのだ。
冷え込む季節に湿原でトード系モンスターの群れと戦うと、下手をすれば泥で汚れたり体が冷えたりと受ける者にとってマイナス要因が多い。
これを嫌がらせと言わずして何を言うかという話である。
「キュウ」
「レッドトードの唐揚げが食べたいって? 今日はいっぱい倒すことになるだろうから、きっと夜には食べられるぞ」
「キュイ♪」
シルバの発言を受けてレイは今日のミッションにやる気を出したようだ。
食べ盛りなレイは夕食の唐揚げが楽しみで仕方ないらしい。
「唐揚げなぁ。キンッキンに冷えたエールと一緒に飲むのが良いんだよなぁ」
「ロウ先輩はおっさんらしくなりましたねぇ」
「なんと!? そんなことないだろアリエル!? 俺、まだ16歳だから!」
「12歳の僕からすればお酒を飲んでる時点でロウ先輩はおっさんですよ」
「そんなこと言ったらエ・・・。なんでもありません!」
ロウは御者なので前を向いたままなのだが、今の自分の首筋に当てられた棒の冷たさを感じてこれ以上言ったら不味いと慌てて口を閉じた。
その棒をロウの首筋に当てているのはエイルであり、目の笑っていない笑みを浮かべている。
エイルはシルバやアリエルよりも4歳も年齢が上であることを気にしており、不安そうな表情になってシルバの方をチラチラと見ていた。
「エイルさん、大丈夫ですよ。俺はエイルさんが何歳だって関係ないと思ってますから」
「シルバ君、ありがとうございます。ちょっとだけ甘えても良いですか?」
「どうぞ」
エイルはシルバから許可が下りたので、シルバの隣に座って横からシルバに抱き着いた。
その時にロウは首筋から冷たい感触が消えたので、よくやってくれたシルバとこっそりサムズアップしているけどシルバはそれに気づいていない。
シルバの代わりにサインに築いたアリエルはロウに近寄って耳元でボソッと喋る。
「ロウ先輩、エイルさんとクレアさんが双子だってわかってます? 僕、なんだかクレアさんとおしゃべりしたくなってきました」
「話せばわかる。争いは何も生まない。そうだろう?」
「ロウ先輩、争いを阻止するのにノーコストなんて都合の良いことはないってわかりますよね?」
「何が望みだ?」
「シルバ君がこの先成人したら、大人の店に行かないように見張って下さい。男同士の付き合いがあると思いますが、そういった時に健全な場所で飲むか僕達の家で飲むように誘導してもらいます」
アリエルはロウを使ってシルバが夜遊びを覚えないようにするつもりのようだ。
自分とエイルがいるのだから、そんな店で悪い遊びをシルバにさせたりしたくないのである。
キマイラ中隊の中でそういう遊びに誘って来るのは今のところマルクスだけだ。
ソッドもシルバ同様ストイックなので、ロウを夜遊びに誘うのはマルクスだけである。
第三小隊の2人とはまだそこまで付き合いが深くないから、そもそもミッションの後に飲んで帰るなんてこともない。
アリエルが出した条件としては良心的なのでロウは頷いた。
「わかった。でもよ、シルバが羽目を外すところなんて想像できないぜ?」
「そりゃシルバ君はロウ先輩と違って真面目ですから」
「ちょっと待て。俺だって真面目だぞ?」
ロウが反論した時には既にアリエルはシルバの隣の席に戻っていた。
エイルだけシルバにハグしている状態に我慢できなくなったらしく、アリエルも反対側からシルバに抱き着いていたのだ。
とりあえず、ロウは先程の失言がクレアには伝わらないだろうと思ってホッとした。
「キュア?」
「レイ? あぁ、敵を見つけたのか」
「キュ」
レイが何かに気付いて上体を起こしたから、シルバは何事かと思って周囲を確認した。
その結果、パープルトードらしきモンスターの群れを見つけたので気持ちを切り替えた。
「キュイ」
「自分だけでやれるって?」
「キュ」
レイは自分だけでパープルトードの群れを倒してみせると宣言した。
確かにそれを成し遂げるだけの実力はあるからシルバは頷いた。
「良いよ。やってご覧」
「キュ~」
行ってきますと鳴いてからレイが馬車を飛び出して行く。
「「「・・・「「ゲロ!?」」・・・」」」
「キュイ」
幼体とはいえワイバーンが突然現れれば、パープルトード達は慌てて逃げ出す。
ところが、レイに
「キュウ!」
レイは大気槌<エアハンマー>の呪文でまとまったパープルトード達を地面に押し付けた。
壁にぶつかったダメージに加え、レイに地面に強制的に切り取られたことでパープルトード達は力尽きて周囲が静かになった。
周囲に後続の敵がいないことを確認すると、レイは
「キュイ~」
倒したよと言わんばかりに自分に甘えるから、シルバは優しい表情でレイの頭を撫でる。
「よしよし。レイはばっちりやってくれたな」
「キュ♪」
パープルトードの討伐証明を回収すべく、シルバ達は馬車を停めてからパープルトード達の舌を切り取った。
その時、湿原の向こうからレイが倒した以上の数の鳴き声が聞こえた。
「10体はいるか」
「レッドトードもいるね」
「だな。レイ、唐揚げの材料が来たぞ」
「キュウ!」
待ってましたとレイが飛んで行く。
「ゲロッ!?」
レッドトードは配下のパープルトード達を倒したのがワイバーンだとは思っていなかったようで、急接近するレイに悲鳴にも似た鳴き声を出してしまった。
それでもレイが止まることはなく、取り巻きのパープルトードを順番に
自分の身を守る配下がいなくなってしまったため、レッドトードはなりふり構わず全力で逃げた。
「キュ?」
逃げられると思っているのかと首を傾げつつ、レイはレッドトードの正面に
こうなったらやるしかないと腹を決めたレッドトードが方向転換し、レイに向かって長い舌を伸ばした。
「キュウ」
そして、空をローラーコースターのようにぐるぐると回ってからレッドトードの体を地面に叩きつけて倒してみせた。
「お見事!」
「レッドトードが相手でも余裕だね」
「レイちゃんはどんどん強くなりますね」
「どこまで強くなるんだろうなぁ」
レイの戦いぶりをみてシルバは拍手していた。
アリエル達はレイがどんどん成長するものだから、この先どれだけ強くなるんだろうかと頼もしくも恐ろしく感じていた。
「キュ~!」
シルバはレイが自分を呼んでいるのを見て駆け寄り、レッドトードを解体を済ませて魔石をレイに与えた。
「これが欲しかったんだな。おあがり」
「キュイ♪」
シルバの手から魔石を与えられてレイは嬉しそうに飲み込んだ。
レイの力は他のモンスターの魔石を取り込んでいくことで強くなっており、その魔石も強いモンスターの物であればその効果は大きい。
連続して戦った今回はレッドトードの魔石を欲していたようで、レイはお目当ての魔石を貰えてとてもご機嫌だった。
その後、しばらく周辺を調査してこれ以上トード系のモンスターがいないことを確認してからシルバ達はディオスへと帰還した。
この日の夜、シルバが家でレッドトードの唐揚げを作り、レイがもりもり食べる姿に釣られてアリエルとエイルがうっかり食べ過ぎてしまったのは内緒である。
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