第162話 知りたいか?

 翌朝、ホームルーム前の軍学校のB2-1の教室ではヨーキがシルバに話しかけていた。


「シルバ、何か手っ取り早く功績を挙げる方法はないか?」


「いきなりどうした」


「夏休み明けのミッションじゃカヘーテ渓谷の偵察任務で少しは功績を挙げられたけどよ、それ以降のミッションはクリアして当然ってものばっかりでなかなか昇進できねえ。タオに追いついたと思ったらまた差を開けられたから、どうにか追いつきたいんだ」


 ヨーキの言い分を聞いてシルバはそういうことかと納得した。


 ヨーキは戦闘コースで学年3位の成績を維持している。


 それはつまり、シルバとアリエルの次にヨーキが学力でも実技でも成績が良いということだ。


 だというのに階級では自分より成績の低いタオに負けているため、ヨーキは焦っているらしい。


「俺にヨーキの昇進に関して協力できることと言えば、ミッションの割り振りでハワード先生に口添えするぐらいだぞ」


「それでも良い。クリアしたら功績として認められそうで、俺なら頑張ればクリアできそうなミッションを選んでほしい」


「なかなか難しいことを言うじゃんか」


 シルバはそう言いながら席を立ち、ミッションがまとめて貼られている掲示板を確認した。


 (功績になりそうなもの、ねぇ・・・)


 ディオス周辺のモンスター退治や盗賊退治は常設ミッションとして掲示されているが、これらはクリアしても挙績としてカウントされにくい。


 もしも今からヨーキの階級が上がるようなミッションを選ぶとするならば、常設ミッションでは昇進までかなり時間がかかる。


 かと言って教室の掲示板に貼られている難易度が高いミッションをやるにはヨーキだけでは厳しいものがある。


 どうしたものかと張り出された掲示板に一通り目を通すと、シルバは気になるミッションを見つけて手に取る。


「シルバ、俺にぴったりなミッションがあったのか?」


「まあな。これなんてどうだろう?」


 シルバは手に取ったミッションの詳細をヨーキに伝え始める。


「護衛ミッションだ。モンスターや盗賊からジェロス行きの馬車を守るって奴なんだけど」


 B2-1に在籍している学生ならば、ジェロスやアーブラまでの道のりの護衛を任されることがあるのだ。


「護衛ミッションを選択したのはなんでだ?」


「護衛ミッションだからって言うよりもジェロス行きってところが何か起こりそうだから」


「あー、なるほどなぁ」


 ジェロスには闇市があると言われており、闇市に関わる何かを発見できれば昇進するのに十分な功績になるとシルバは考えた。


 その考えを理解してヨーキは確かにと頷いた。


 カヘーテ渓谷を強襲した時、アルベリ盗賊団はその場にいなかったが、後の調査で彼等はジェロスに拠点を移していたことがわかった。


 サタンティヌス王国の密偵がディオニシウス帝国で盗賊になって暗躍しており、それがジェロスに残っているというだけで何か起きていると考えてもおかしくない。


 受ける気になったヨーキだったが、ポールが教室に入ってきて話に加わる。


「受けるのは構わんが1人で受けるのは止めとけー」


「ハワード先生、いつの間に来たんですか?」


「いつってそりゃ今だろ。ホームルームの時間だから座れー」


 ポールに言われてシルバとヨーキは着席した。


 全員が着席したのを確認してポールがホームルームを始める。


「はい、おはよーさん。文化祭も終わったことだし、年末に向けて昇進を目指す奴もいるだろう。油断せずにミッションに挑むように」


 ポールの発言で背筋を正した学生はヨーキだけではなかった。


 タオもまだ年内に権天使級プリンシパリティを目指す意欲があるようだ。


『シルバも上を目指すのよっ』


『向上心、大事』


 ベルトに提げた熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがシルバに主天使級ドミニオンを目指せとエールを送った。


 (昇進できるような事件が起きるとなったらそれは結構ヤバい状況なんだよな)


 力天使級ヴァーチャーから主天使級ドミニオンに昇進できるような事件が起きたとしたら、国内が不味い状況になっている可能性が高い。


 それゆえ、昇進したい気持ちはあるけれどそんな事態にはなってほしくないとシルバが思うのも仕方のないことだ。


 ホームルームが終わった後、ポールは歴史の授業を始めた。


「よーし、今日は国内の歴史についてだ。偶々だがホットなジェロスについてだぞー」


 偶然のように言っているが、これはポールが自分の裁量で今日取り扱う内容を調整したのだ。


 ヨーキだけではなく、他の学生もジェロスに関心があると思っての判断である。


「それじゃアリエル、ジェロスに闇市ができるようになったきっかけは何か答えてくれ」


「きっかけは闘技場やカジノで払えなくなった者達が何でもかんでも売り払ったことです」


「そうだな。それが定説と言われてる。じゃあ、次はシルバに訊こう。ジェロスはなんで闘技場やカジノが有名になった?」


「ジェロスには名産品がありません。どうにか人をジェロスに呼び寄せようとした当時の人達が娯楽分野に手を出したと聞いてます」


「その通りだ。ディオスと近い位置にあるジェロスだからこそ、あそこよりも東にある都市からディオスを目指す時に寄った。だが、何もないジェロスでは滞在中にすることがないから、誰もが滞在期間を短くして金も落とさないから変わらざるを得なかった」


 行商人や旅人に少しでもお金を落としてもらうため、娯楽分野に手を出した結果が闇市の誕生と治安の悪化なのだとしたら、ジェロスは行くところまで行かずにストップできる仕組みが必要だったと言えよう。


「サテラ、ジェロスが悪党の温床になってる理由について地理的な観点からわかることがあれば言ってみろ」


「ジェロスを通過して来た時に思ったことですが、裏道や抜け道が多いんです。だから、逃げるのに適した都市なので悪党が住みやすいからです」


「そうだな。ジェロスは迷路みたいになってるから逃げ込む先に困らない。それで悪党が好んで住むんだ」


 逃げ道がなく大通りのような目立つ道しかなければ、悪党も活動しにくいだろう。


 しかし、道が多くて裏道や抜け道がたくさんあれば逃げ道をいくつも確保できる。


 逃げられる確率が高い娯楽都市なので悪巧みがしやすいということである。


 そこまで聞いてヨーキが手を挙げた。


「ハワード先生、質問があります」


「どうしたヨーキ?」


「悪党が住み着き易いってわかっててなんで現地のジェロス基地は何もしないんですか?」


「難しい質問だな。外から見れば何をやってるんだって思うかもしれないが、いざ内部に入って見ればどこから対応すれば良いかわからなくて後手に回ってるのかもしれん」


 問題が頻繁に起こるからこそ、起きたことをどうにかしようと出動することで1日が終わってしまう。


 後手に回っている現状を良しとしていなくとも、道が多くて逃げられればなかなか捕まらないから防犯まで手が回らないという現状がある。


 ポールはいろんな現場を見て来たからその状況を想像できるけれど、経験が少ない学生達にはいまいちピンと来なかった。


 ヨーキは思うところがあって追加で質問する。


「でも、現地の軍人の手が回らないならディオスや周辺の都市から応援を出せばいいんじゃないですか?」


「残念ながら、慢性的な人手不足でな。応援を送れないんだ。アーブラにデーモンが現れた時にシルバ達だけでなんとかしたが、本来ならば少なくとも中隊規模で戦う相手だった。ということは」


「ということは?」


「お前達の成長にかかってるってことだな。1人が2人分働けるような軍人になれば、少しは帝国がマシな方向に進む」


 優秀な人材の重婚政策で人口が増えるのはまだ先の話であり、それまでに対策を打つならば1人当たりの生産性を上げるという方法になる。


 ポールの考えはもっともだと学生達が頷いた。


 その話を聞いて気になったのかタオが手を挙げた。


「ハワード先生、私からも良いですか?」


「タオは何が訊きたい?」


「ハワード先生は何人分働いてるんですか?」


 タオの質問を聞いた瞬間、ポールからどっと疲れが噴出した。


「知りたいか?」


 たった5文字の言葉のはずなのに、その重みはあらゆる言葉を繋げたものよりも重く感じられた。


 (ハワード先生、お疲れ様です)


 シルバが心の中でポールを労っていると終業のチャイムが鳴った。

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