第16章 拳者の弟子、悪の巣窟に潜入する

第161話 商人だからね。礼節は大事にしなきゃ

 OBOG会と文化祭が終わって11月になった。


 今年のOBOG会ではシルバとアリエルがそれぞれ力天使級ヴァーチャー能天使級パワーになったことで、誰も足を引っ張ってやろうという者がいなかった。


 それとは別に年下のシルバに媚びようとする者まで出て来たため、そういった者達にはアリエルが耳元でボソッと呟いた。


 アリエルに何を聞かされたのか、そうされた者達は揃って顔色が真っ青になったのでアリエルの恐ろしさを実感した学生会一同だった。


 その一方、文化祭では去年は不審者が現れたけれど、今年は学生会に従順な風紀クラブのおかげで見回りが強化されて極めて治安が良い文化祭になった。


 立て続けにイベントが2つ続いてぐったりな学生会一同だが、シルバとアリエルはそれに加えて9月後半に行ったカヘーテ渓谷の襲撃の後始末もあった。


 熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュの発見報告、ウェハヤの尋問や騙体属性粉フェイクパウダーの出所の調査等やることが大量にあったため、メアリー達以上にシルバとアルは忙しかった。


 そんなハードスケジュールでもシルバとアリエルが体調を崩さなかったのは、シルバが師匠マリアから教わったマッサージのおかげだ。


 このマッサージのおかげで寝て目が覚めれば元気になったのだから、マリアの知識は素晴らしいものと言えよう。


 今日は軍学校も帝国軍の仕事もなかったから完全なるオフである。


「キュ?」


「よしよし。今日はゆっくりできるぞ」


 レイが今日はどこかに出かけないのかと言いたげな表情で首を傾げたので、シルバはその頭を優しく撫でた。


 既に今日はやるべき自己鍛錬も終わっており、この後の予定は何もないからゆっくりできると言ったのだが、それがどうやらフラグだったらしい。


「「ただいま」」


「お邪魔しまーす」


 買い物に行っていたアリエルとエイルの声に続き、別の声が聞こえたからシルバとレイは顔を見合わせた。


 そこにやって来たのは会計コースに所属するジーナだった。


「シルバ、私、大天使級アークエンジェルに昇進したわ!」


「おめでとう」


「もっと喜んでよ~」


「いきなり来て無茶言わないでくれ」


 ジーナが来ただけで家が急に騒がしくなり、シルバがやれやれと苦笑するのは仕方のないことである。


「キュイ?」


「もう、レイちゃんは優しいね」


 何がきっかけで昇進したんだと言いたげに首を傾げるレイに対し、ジーナは興味を持ってもらえて嬉しく思ってレイにハグした。


「悪かったな。ここんところ忙しくて、ようやくゆっくり休めたところだったからさ」


「大活躍だったもんね。しょうがないか。実は、食糧事情の改善に大きく貢献したからってことで私とサリーが大天使級アークエンジェルに昇進できたの」


「それでここに来た訳か」


「うん。シルバに教えてもらったレシピは今回の昇進でかなり評価されたもん。お礼に来るのが当然だよ。サリーは別の用事があって来れなかったから、私が代表でお礼に来たの」


 ジーナはディオスに来てから少しずつコネを増やしていき、独自の販路でシルバのレシピ通りに作った料理を販売していった。


 それによって帝国内の食文化が発展し、携帯食料も今までよりも質が上がって種類も増えた。


 ジーナとサリーは学生の内に起業してジーナの父のような行商人ではなく、店舗を持つ商会を開いている。


 その名もJ&S商会である。


 ちなみに、ジーナの父であるファルコは行商の旅を止めてその商会で働くことにした。


 何故なら、ジーナとサリーだけに商会を任せておくのは心配だったからというのもあるが、行商の旅は危険だからジーナが安全性の高い自分達の商会で働いてくれと説得したことが主な要因だ。


 シルバにお礼をしに来たと言ったジーナはちゃんと手土産を持参しており、それはディオスで最近流行りのお菓子だった。


「律儀だな」


「商人だからね。礼節は大事にしなきゃ」


「キュウ!」


 良い匂いがするから食べようとレイが視線をお菓子に向けたまま鳴いた。


 これ以上レイにお預けするのもかわいそうだと判断し、シルバはレイの頭を撫でてた。


「お茶を入れてきました。ティータイムにしましょう」


「キュイ♪」


 エイルが人数分のお茶を淹れて来ると、レイが待ってましたとご機嫌になった。


「「「「いただきます」」」」


 ジーナが買って来たのはスイートポテトだ。


 黄金色に輝くそれを食べて全員の頬が緩む。


「美味い」


「流石評判になっただけはあるね」


「前にチラッと見た時は行列ができてましたもんね。ジーナさんはよく買えましたね」


「そこはまあ、色々とコネがあるんですよ」


 ジーナはエイルに感心されたからドヤ顔で言ってみせた。


「うんうん。情報は武器だからね」


「アリエルには本当に敵わないよ。まさか男装してシルバ君と同棲してたとは思ってなかったんだから」


「もう僕がシルバ君のお尻を狙ってないってわかってもらえたよね?」


「まあね。でも、狡いなぁ。シルバとずっと同じ部屋で寝泊まりしてたなんて。やりたい放題できるじゃん」


「ジーナが僕をどういう目で見てるのか、一度ちゃんと話をしようか」


 アリエルはジーナにジト目を向けた。


 ジーナは咄嗟に身の危険を感じてシルバの後ろに隠れた。


 何かあってもシルバならアリエルから自分の身を守ってくれると期待してのことである。


 だが、ここでジーナに加勢したのはシルバではなくエイルだった。


「無理やりは駄目ですよ。事情があったとはいえ、アリエルさんが規則を破って学生寮でシルバ君と同棲してたのは事実なんですから」


「ぐぬぬ、元学生会長のエイルさんは味方をしてくれませんか」


「元学生会長としてではなく、シルバ君に恋した乙女としてアリエルさんのやり方に異議を申し立てたいだけです」


「その調子です! エイルさん、もっと言ってやって下さい!」


 流れは自分に有利になっていると察し、ジーナがここぞとばかりに言ってみる。


 困ったアリエルはシルバに助けを求めることにした。


「シルバ君助けて。ジーナがエイルさんを味方につけて虐めて来るの」


「アリエルさん、シルバ君に泣きつくのは狡いですよ」


「そーだそーだ!」


 (ジーナが一気に三下みたいになってる)


 そう思ってもシルバはそれを指摘しないだけのやさしさがあったから黙っていた。


 それはそれとして、シルバは特に何か後ろめたいことをした訳でもない。


 ひとまずそれを伝えて場を治めようと口を開く。


「アリエルを狙う輩がいたから仕方ありませんよ。護衛系のミッションだと思って下さい。俺が護衛対象に何かするとはエイルさんもジーナも思ってないでしょ?」


「私達はシルバ君から何かしたとは思ってません」


「うん。どっちかっていうとアリエルからシルバ君にこっそり何かしてると思ってる」


「そうなの?」


「僕は何もしてないよ」


 純粋な瞳のシルバに訊かれてアリエルは何もしていないと冷静に答えた。


 実際のところ、シルバの布団に潜り込もうとしたことはあったのだけれど、シルバが異界暮らしをしていたせいで寝ていても気配を察して起きるから何もできなかったと答えるのが正しい。


 うっかりシルバを起こしてしまった時は、水を飲みに起きたところとアリエルは誤魔化していたのだ。


 この話題は続ければ続ける程自分の分が悪いから、アリエルは別の話題を提供する。


「ところで、大天使級アークエンジェルと言えばジーナはタオにも儲け話を持って行ったんだってね」


「うっ、相変わらず耳が早いね。そうだよ、タオはシルバとアリエルに隠れ気味だけど順調に昇進してる。しかも、昇進の理由が商売に繋がりそうなんだから声をかけない理由がない」


 タオはマンイーターを品種改良した功績に加え、他にもマンイーターにも効く除草剤の開発にも成功したことで大天使級アークエンジェルに昇進した。


 タオの作った薬品はタオの親の薬屋でも販売しているが、J&S商会にも販売を委託しないかとジーナはタオに話を持ち掛けた。


 タオから承諾してもらったばかりにもかかわらず、アリエルがそれを知っていることにジーナは内心苦笑している。


「キュ」


「眠かったら昼寝しても良いからな」


「キュウ」


 アリエル達の情報戦が退屈なことに加え、おやつを食べて眠くなったレイはウトウトしている。


 シルバに許可を貰ったら、シルバの膝の上に自分の頭を乗せてすぐに寝てしまった。


 その後もあれこれとアリエルが話題を上手く操作することで、シルバ達はギスギスせずに貴重な休日を過ごすことができた。

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