第160話 敵国内部で布教するとはなんて奴だ

 ウェハヤ盗賊団はウェハヤを残して全員死んでしまった。


 これは密偵として自分が捕虜になることを防ぐためだった。


 どの密偵も「トスハリ教国万歳」と言い残した後、身に着けていたブレスレットから毒針が飛び出てそれに刺されて泡を吹いて死んだのだ。


 ウェハヤも同じブレスレットを身に着けていたため、シルバがウェハヤの身包みを剥いだのは正解だったと言えよう。


「すまんシルバ、俺が相手をした奴等はみんな自殺しやがった」


「僕の方も同じだ。絶対に敵わないと分かった瞬間に自殺しちゃった」


「トスハリ教国の教育が徹底してたんだから仕方ない。ウェハヤは絶対に自殺させないようにしないと」


 シルバ達が戦った盗賊で生きているのはバットとウェハヤだけだ。


 バットは馬車の天井に縛り付けられていたけれど、シルバとウェハヤの戦闘をどうにか見ていたためシルバには絶対に逆らわないようにしようと心に決めた。


 ウェハヤにも逆らう気が起きないのに、そんなウェハヤを生かしたまま捕えたシルバには向かって生き残れる確率は0%だと悟ったからである。


「キュウ」


「シルバ君、レイちゃんは私のことをしっかり守ってくれましたよ」


「よくやったな。レイは本当に頼りになる子だ」


「キュイ♪」


 最初はおとなしくしていたレイだが、そろそろ自分が頑張ったことを褒めてほしいとアピールしたので、エイルはそれに口添えした。


 シルバに頭を撫でてもらえてレイは得意気な顔になった。


 そこに第一小隊と第三小隊が合流した。


「シルバ君達は無事なようだね」


「ソッドさん、ウェハヤを捉えました。他の賞金首の死体はあちらにまとめ、賞金首以外の死体は地面に埋めてます」


「エイルさんから掲示板で聞いてたけど本当のようだね。アルベリ盗賊団は案の定見つからなかったから、この作戦でウェハヤ盗賊団を潰せるとは嬉しい誤算だ」


「ですよね。後は尋問してどれだけの情報が引き出せるかです」


 ソッド達も抜け道が塞がってパニックになっている盗賊団を次々に始末しながらカヘーテ渓谷を進んだ。


 しかし、いくら奥に向かってもアルベリ盗賊団の姿は見当たらなかった。


 他の盗賊団には知られていない抜け道があるか、元々カヘーテ渓谷から出ていたのだろう。


 アルベリ盗賊団がいないならば、シルバ達が交戦しているウェハヤ盗賊団だけでも潰そうと急いで来たけれど、ソッド達が来た時にはシルバ達の勝利で戦闘は終わっていた。


 そうなれば、後はどこまでウェハヤから情報を引き出せるかが重要になる。


 輸送中に自殺される可能性もないとは言い切れないから、できることならこの場かカヘーテ渓谷の外で尋問して情報を少しでも引き出したいところだ。


 シルバはアリエルに<土魔法アースマジック>で岩の十字架に下着だけの姿で磔にしてもらった。


「おっさんがパンツ一丁で磔にされてる姿ってキツいな」


「仕方ないじゃないですか。シルバ君に自白のツボを押してもらうならこの方が良いんですよ」


「わかっちゃいるけどシュールなんだよな」


「それは否定しませんが」


 ロウとアリエルが喋っている合間にエイルがウェハヤに気付け薬を嗅がせ、目を覚ました瞬間にはシルバが自白のツボを素早く押した。


 目を覚ましたウェハヤの目はとろんとしており、一種の催眠状態に陥ったようだ。


「ウェハヤ、所属も含めて自己紹介しろ」


「ウェハヤ=ワーエフです。トスハリ教国暗部密偵16号です」


 (16号ってことは、少なくとも暗部の密偵が他に15人はいることになるか)


 シルバは自己紹介だけでもわかる情報を整理し始めた。


 ソッドもウェハヤの尋問に加わる。


「ウェハヤがディオニシウス帝国に潜伏した理由を話せ」


「強くなり過ぎたディオニシウス帝国を内部から崩すため、盗賊のふりをしてディオニシウス帝国で暴れるように命じられました」


「ウェハヤの他に何人がディオニシウス帝国に潜伏してる?」


「わかりません。密偵は他の密偵の情報を教えてもらえない決まりになってます」


「それでは密偵同士で殺し合いになるかもしれないだろう。その場合はどうするんだ?」


「神の愛が発動して密偵同士の動きが止まります」


 ソッドの質問に対してウェハヤは自白のツボを押された影響でスラスラと答えていく。


 トスハリ教国の密偵の事情がある程度わかったけれど、神の愛なるものは謎に満ちているのでソッドはまだまだ質問を続ける。


「神の愛とはなんだ?」


「トスハリ教国の密偵は体のどこかに入れ墨があります。それらが共鳴して体が動かなくなるので殺し合うことにはなりません」


「ウェハヤの入れ墨はどこにある?」


「私の入れ墨はパンツの中です」


「「「「「うぇ」」」」」


 キマイラ中隊の何人かがウェハヤの発言を受けて入れ墨の位置について想像してしまったらしく、なんて気持ちの悪いことだと不愉快に感じた。


 シルバが念のためにウェハヤの下着をチェックしたところ、確かに入れ墨がパンツの中に発見された。


 (体に魔力回路を刻み付ける手法か。これなら接近した時に効果が発揮されるようだな)


 魔力回路についてはシルバが見て理解できたため、ウェハヤはソッドの今の質問についてこれ以上語るつもりはなかった。


 とりあえず、訊きたいことが訊けたようなので次はシルバのターンだった。


「団員でトスハリ教国出身じゃない者もウェハヤ盗賊団にはいるか?」


「います。私が迷える仔羊を導きましたが、元々彼等は不遇な人生を過ごして来たディオニシウス帝国民です」


 (敵国内部で布教するとはなんて奴だ)


『罰としてアタシを使って斬るのよっ』


『罰。私、使うべき』


 余計なことをしたウェハヤに対し、熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュがウェハヤに恐怖を与えてやると訴えた。


 その訴えはシルバの頭にダイレクトに届き、今はどちらも使う時じゃないと念じれば熱尖拳タルウィと渇尖拳ザリチュも黙った。


「トスハリ教国の信者になってから盗賊団に引き入れるのか? それとも盗賊団に入ってから信者にするのか?」


「後者です。密偵とはいえ元々信者である者に悪事を働かせるつもりはありませんから」


「そうか。では、カヘーテ渓谷に潜伏していた理由について話せ」


「カヘーテ渓谷はディオニシウス帝国軍の調査が行き届いていないから、ここならば潜伏にもってこいだと判断しました」


 密偵が進んで根城にしようと考えるということは、それだけ帝国軍上層部がカヘーテ渓谷を軽視していたことになる。


 今回の襲撃でカヘーテ渓谷は潜伏するには不向きな場所になってしまったが、他にもカヘーテ渓谷のような場所が帝国内にないとも限らない。


 ソッドはシルバの横で聞きながら、帝国内の見回りを強化するよう進言することにした。


 ソッドの思考を呼んだシルバがウェハヤに訊ねる。


「カヘーテ渓谷以外にトスハリ教国を含めた密偵の潜伏先となってる場所があれば全て教えろ」


 ウェハヤはそのシルバの質問に2つの場所を答え、3つ目の場所を答えようとした瞬間にフリーズした。


「おい、回答を中断して良いとは言ってないぞ。続けろ」


「トスハリ教国万歳」


「なっ!?」


 ウェハヤの焦点が定まっていない目がしっかりとシルバを見据え、トスハリ教国を讃えた直後にウェハヤは泡を吹いて動かなくなった。


 服毒自殺に使うブレスレットは外したし、自白のツボを押したから自殺をされるリスクは極めて低いと考えていたのだが、ウェハヤはシルバの予想を裏切った。


 死んでしまったウェハヤを調べてみると、歯にブレスレットと同じ毒を仕込んでいたらしく、その毒を服用して自殺したことがわかった。


 (自白のツボは確かに効いてた。効き目が短かったのは奴がタフだったからか)


 密偵として漏らしてはいけない情報を漏らしてしまったものの、敵にかけられた催眠状態から自力で脱出してこれ以上喋らないように自殺をするとはウェハヤの精神力は恐ろしい。


 解毒薬は持ち合わせていなかったため、ウェハヤを助ける手段は存在しなかった。


 最後の最後で情報を持って逃げられたため、シルバ達は悔しい思いをすることになってしまった。


 それでも、カヘーテ渓谷の盗賊団をほとんど壊滅させてトスハリ教国の密偵の特徴について知ることができたのは大きい。


 キマイラ中隊は戦果を馬車に詰め込んでからディオスへと帰還した。

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