第100話 善良、ねぇ・・・。これなーんだ?
訓練室を出てグラウンドの近くを歩いている頃にシルバのマジフォンが振動した。
アルとの2人だけで使う掲示板はチャットのようになっており、たった今シルバのマジフォンにメッセージを投稿したのはアルだった。
「マジか」
「シルバ君、どうかしたんですか?」
シルバがマジフォンを見て呟いたことから、何か起きたのだろうと察してエイルがどうしたのかと訊ねた。
「B1-1の屋台の近くで偽物の招待状をもった外部の人が捕まったそうです。アルが風紀クラブの学生に聞いた話では、今日逮捕されたのは3人らしいですよ」
「嘆かわしいことですが、やはり今年も贋作士が偽物を出回らせたようですね」
「そのようです。偽物を持ってた人達は揃って鼻がツンと来る臭いのするパーカーの人物から買ったそうですね」
「鼻がツンとする臭いとはどんな臭いでしょうか? 刺激臭のする薬品とかですかね?」
エイルの疑問にシルバは読み上げた以上の情報がないので首を傾げた。
その時、シルバの鼻は微かにツンと来る臭いを嗅ぎ取った。
「これは・・・」
「何事ですか?」
「お静かに願います。ちょっと気になる臭いがしますので」
シルバの回答を聞いてエイルは静かに口を閉じた。
話の流れからして贋作士に繋がる臭いだろうと察して黙ったのだ。
シルバは鼻をスンスンと鳴らして周囲から特定の臭いを嗅ぎ取るべく集中する。
そして、臭いがする方向に向かって歩き始めた。
エイルもその後に続く。
シルバが向かう方向は人が多く、食品を扱う屋台も少なくない。
そこに刺激臭が混ざれば普通の嗅覚の持ち主ならわからなくなってしまうのだが、食事に対して拘りを持つシルバの鼻は異物の臭いを逃さなかった。
人込みを抜けて刺激臭の原因との距離を確実に詰めると、シルバは今の時間帯では人気が少ない学生寮裏に着いた。
そこには招待客らしき男性と刺激臭のするパーカーの人物が向かい合っていた。
シルバは後ろから来ていたエイルを壁際に引き寄せてシッと人差し指で静かにするよう合図した。
エイルは自分が尾行や偵察に向いていないと自覚しているので、シルバの言う通りにおとなしくしていた。
シルバはエイルが静かにしてくれているから、向かい合ってこそこそと話をしている2人の話に聞き耳を立てる。
「お前、その服と臭いはどうにかならないのか?」
「無茶言うな。偽の招待状を作るのに服を汚してばかりじゃ金がいくらあっても足りない」
「我々の予算は限られてるんだ。今回の工作が上手くいけば追加予算を狙えるだろう」
「おう。そうしたらこんな服からはおさらばできる」
(雲行きが怪しくなってきたぞ。工作ってなんだ?)
シルバは2人の会話を耳で拾ってなんだか怪しい雰囲気を感じた。
普通に生活していれば工作なんてことばは早々出て来ない。
身のこなし方から2人は一般人ではないと察してシルバはそのまま話を聞く。
「そうだな。ところで、拉致対象である実力のある学生に目星は付けたか?」
「勿論だとも。後は偽の招待状騒ぎに乗じて攫えば良いさ」
怪しい2人は軍学校の学生を攫うつもりでいた。
(誰を一体どこに攫うつもりなんだ? そのまま喋ってくれないかな?)
シルバのそんな願いは運が良いことにあっさりと叶えられる。
「早く我らが王国に戻りたいものだな」
「そうそう。手柄を報告して潜入任務から解放されたいぜ。なんで帝国なんかにずっといなきゃいけないんだか」
「それもこれもあと少しで終わる。仕掛けはいつ作動させる?」
「もう少し後だな。今はばら撒いた偽物の招待状が次々に偽物とバレて騒がしくなってる最中だ。その流れで敷地内にいる全員の注意がそちらに向いている隙に攫うのがベストだろう」
そこまで聞いて2人を逃がしたら大間抜けなので、シルバは掲示板を使って張り込んで集まっている侵入者2人の特徴を書き込んでいく。
いざとなったらその情報を基に捜索してもらうためだ。
(こういう時に今見てるものをマジフォンで共有できれば良いのに)
まだ存在しない写真機能についてシルバは今こそ必要だと思った。
そう思ってもないものねだりをしてもどうしようもないことから、彼はそのまま2人の話に意識を集中させる。
「タイミングについては了解した。それで、一体どの学生を攫うつもりだ?」
「B1-1のタオという学生だ。この学生がゴブリンホイホイを改良したんだ。優秀な学生だが近接戦闘は得意ではない。ならば武力で言うことを聞かせればよかろう?」
「なるほど。今の王国ではモンスターを操る研究も進められてると報告で聞いた。その学生の調合の知識が合わされば愉快なことになりそうだ」
(タオを連れ去るだけじゃなくて帝国の敵でもある。逃がしゃしないよ)
シルバは今すぐ侵入者2人を捕縛するべく行動に移る。
「參式光の型:仏光陣!」
「「ぬぁっ、目がぁ!?」」
シルバの手の動きに応じて背後に大仏の幻覚が現れ、それがその場で目を開けていた2人の視界を奪った。
その直後に雷を付与した手刀を順番に2人の首筋に叩き込めば、油断していたこともあってあっさりその2人は気絶させられてしまった。
「会長、すみませんがハワード先生を呼んで来てもらえませんか? 俺はこのまま2人が逃げないように監視しますので」
「わかりました。マジフォンを使ってアル君からハワード先生の居場所は確認済みです。すぐに呼んで来ますね」
エイルもシルバと同様に気絶している2人組の話を聞いていたから、尋問する必要があるので逃げられては困るというシルバの考えに賛成してポールを呼びに行った。
幸いなことに、ポールはB1-1の屋台から遠くない位置にいたので5分後にはエイルと共にシルバが待つ場所にやって来た。
「シルバ、待たせたな」
「いえいえ。すぐに来ていただいてありがとうございます。ロープがなかったので捕まえた2人は所持品だけ押収して寝かせてます」
「よし。何やら不穏な会話をしてたらしいし、たっぷりと話を聞かないとな」
ポールは何処からともなくロープを出して気絶している2人組を縛り、舌を噛んで自決しないように布を口に突っ込んだ。
「ハワード先生、どこで尋問するんですか?」
「軍の尋問部屋を借りるさ。あっちの方が
「わかりました。尋問に同席しても構いませんか?」
「良いんじゃねえの? 軍人じゃないなら駄目って言うけどお前もエイルも軍人だし」
ポールの許可を得たことでシルバとエイルも捕虜の尋問に同席することが決まった。
軍学校と帝国軍の基地はすぐ近くだから、シルバ達は目立たぬ道を使ってテキパキと移動して捕虜を尋問部屋に連れ込んだ。
部屋の中で捕虜2人の両手を縛ったロープを天井から吊り下げられたフックに引っ掛け、両手を強制的に挙げさせられて床に足が着くか着かないか微妙な位置に調整する。
その頃には捕虜2人が目を覚ましており、口から布を取り除くと反抗的な目をポールに向けながら抗議する。
「なんなんだよお前等は!?」
「善良な俺達になんてことするんだ!」
「善良、ねぇ・・・。これなーんだ?」
そう言いながらポールが2人に見せたのは偽の招待状と何かのスイッチだ。
これらはエイルがポールを連れて来るまでに押収した物である。
押収物を目にして捕虜2人は自分達が捕えられるべくして捕らえられたのだと悟った。
「パーカー野郎が贋作士、招待客ぶってる招待客じゃないお前は贋作士と共に学生を攫おうとした変態ってことだな」
「「誰が変態だ!」」
「変態だろう? あれだけ多くの人が集まってる中で1年生の女子学生を攫おうとしてたんだから」
ポールだけでなくシルバとエイルにジト目を向けられれば、捕虜2人はなんとも居心地が悪そうだった。
それからポールが軍人のやり方をシルバとエイルに見せ、捕虜2人はあっけなく秘密をバラしてしまった。
その秘密とは自分達がサタンティヌス王国の密偵であり、現在王国が第一王子と第一王女、第二王子の後継者争いが起きていることから、自分達の存在意義をアピールするために使える帝国の学生を拉致して操るつもりだったことだ。
(後でアルに説明してやらないと)
ポールはそれからサタンティヌス王国の情報を引き出すだけ引き出したため、同国から逃げ出したアルが知り得ない情報もシルバは聞けた。
尋問が終わり、エイルが閉会挨拶をしに軍学校に戻るタイミングでシルバも一緒に戻った。
無事に閉会挨拶を済ませて文化祭は終わり、ここ数年で懸賞首になっていた贋作士も捕まったと発表したことで校内はお祝いムードになった。
シルバ達のクラスはどうにかジーナ達のクラスの出し物に勝って学年最優秀賞に輝き、結果としてシルバ達の文化祭は満足できる結果となった。
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