第10章 拳者の弟子、殺人事件に挑む
第101話 これはちょっとしたミステリーだろ
12月に入ってから、サタンティヌス王国の後継者争いが激しくなった。
その情報の中にはディオニシウス帝国の密偵が持ち帰ったものだけでなく、サタンティヌス王国から逃げて来た難民によって広められたものもある。
第一王子と第一王女、第二王子はいずれも魔法系スキルを会得していない。
国王には魔法系スキルがあるのだが、王位継承権を争う3人には発現しなかったのだ。
つまり、国王の血を引く者で魔法系スキルが使えるのは庶子のアルだけだ。
サタンティヌス家に限らず、ディオニシウス家も今までの歴史の流れでは魔法系スキルがある者を後継ぎにしている。
その理由は国のトップが最前線に立つことがないだけでなく、後ろから魔法で支援するだけでも軍の士気が上がるからである。
無論、士気を上げるにはそれなりの威力が必要だから、魔法系スキルを会得しているだけでは足りず、威力や派手さも求められるので皇(王)族も大変だったりする。
それはそれとして、シルバ達キマイラ中隊第二小隊はミッションでディオスの西にある都市アーブラへと馬車で向かっていた。
ロウは御者台で手綱を握りながらぼやく。
「これはちょっとしたミステリーだろ。アーブラって軍の戦力が手薄になるとは思えないぞ」
「上からの指令である以上、受けざるを得ません。諦めなさい」
「そうは言うけどよ、エイルはおかしいと思わないのか? アーブラで起きた連続殺人をディオスの俺達に終結させろってミッションは変だろ?」
「それは・・・」
エイルはロウの意見に反論できなかった。
帝国軍の規律を乱さないように従っているが、彼女自身も今回のミッションはおかしいと思っているのだ。
アーブラという都市は帝都ディオスと他の都市や街を繋ぐ中継地だ。
それゆえ、人の入れ替わりが激しくて犯罪も多い都市として知られている。
しかし、犯罪が起きる頻度の多い都市を帝国軍が放置するはずもなく、アーブラにある帝国軍の基地は国内でも有数の規模なのだ。
だというのにわざわざ学生と二足の草鞋を履くキマイラ中隊第二小隊がそこに派遣されるというのは不自然だろう。
本当にアーブラの危機ならば、同じキマイラ中隊でもソッド達第一小隊を行かせた方がミッションの成功率は高いはずだ。
そうなると、ロウが今回のミッションに違和感を覚えるのも無理もない。
シルバはロウが何を知っていてどう考えているか気になって訊ねてみた。
「ロウ先輩、アーブラで何が起きてると考えてますか?」
「んー、殺人事件は起きてるんだろうよ。だが、それだけじゃないんだろうな。多分、俺達がこのミッションを回されるだけの何か事情があると見た」
「例えばどんな事情ですか?」
「そうだなぁ、実は連続殺人が人じゃなくてモンスターによるものだったとか、文化祭の絡みでサタンティヌス王国の密偵が一枚噛んでるとか?」
ロウがサタンティヌス王国と口にした途端、アルの眉間に皺が寄った。
身の危険を感じて捨てた国が自分の逃げた国まで厄介事を持ち運んで来れば、誰だってムッとした表情になるだろう。
「密偵が噛んでる可能性は頷けますが、モンスターによる殺人が都市内で起こるものなんでしょうか?」
エイルはロウの仮説を聞いていまいちピンと来ない様子だった。
それに反応したのはアルである。
「突飛な話をしてしまえば、極めて人間っぽいゴブリンがアーブラに紛れ込んで夜な夜な人を殺して回ってるとかですかね」
「あー、そういうのもあるかもな。エイル、もしかしてモンスターって聞いて人型じゃない種類のモンスターだけで考えてないか?」
「なるほど、そういうことですか。確かに人型のモンスターはこれまでに何種類か目撃されてます。それらのどれかがアーブラに潜伏してるって可能性を言ってるんですね?」
「そーいうこと。つっても、それが実行されるにはどうやってその人型モンスターがアーブラの中に入り込んだかって問題が浮上するんだがな」
ロウはエイルが自分の仮説を理解したと判断し、その上でまだまだその仮説にはツッコミどころがあることを正直に述べた。
(ゴブリン以外の人型だとオークにコボルド、デーモンなんてのもいたっけ?)
シルバは自分が異界で遭遇したことのある人型モンスターを思い出していた。
オークは豚あるいは猪を二足歩行にさせたモンスターだ。
オークはゴブリンと同様に雌雄の比率が偏っており、異種族の雌を使って繁殖するモンスターである。
ただし、ゴブリンと違ってその肉が食べられる。
そういった事情からオークがマリアを見て発情し、襲って来るのをマリアは肉が自らやって来たと言って狩っていた。
コボルドは二足歩行する犬のモンスターだ。
オークが力に物を言わせるタイプだとすれば、コボルドは敏捷性が高いタイプである。
もしも都市に紛れ込んで暗殺を繰り返すのだとしたら、オークよりもコボルドの方がシルバのイメージに近かった。
そして、デーモンはオークやコボルドに比べてもっと人間に近い狡猾なモンスターだ。
知能が高くて個体によっては人間のように流暢に話す物までいる。
額に角、腰のあたりから尻尾を生やしているが、オークやコボルドにない身体的特徴は翼があることだろう。
翼を羽ばたかせて空を飛ぶことが可能であり、夜の闇に乗じてアーブラに侵入した可能性は高い。
空を飛べるからオークやコボルドよりも捕まえにくいし、知能も高いので狡賢い手を使ってこないとも限らない。
できればデーモンには出て来てほしくないものだとシルバは願った。
とはいえ、知っている情報を小隊全員に共有しないで襲われたくないからシルバはロウに捕捉する。
「アーブラに侵入する手段を持つモンスターと遭遇したことがあります」
「マジで?」
「そうなの?」
「本当ですか?」
そんなモンスターがいるのかと全員がシルバの方を向いた。
「ロウ先輩、前見て下さい」
「悪い。それで、どんなモンスターなんだ?」
「デーモンです。トスハリ教の教訓話に出て来る悪魔ですね」
「悪魔って実在すんの? トスハリ教国の権威付けのための存在じゃないの?」
「ロウ、それをトスハリ教信者に聞かれたらアウトです。自分の発言には注意して下さい」
「へーい」
トスハリ教国とはディオニシウス帝国とサタンティヌス王国に続く世界で3番目に大きな国だ。
ディオニシウス帝国とサタンティヌス王国が隣り合っているのに対し、トスハリ教国はそれらから少し離れた位置にある。
皇(王)族のように率いる者の血統が重視される国とは異なり、トスハリ教皇に就任した者が国を統べる国なのだ。
トスハリ教はトスハリなる神を信仰する宗教であり、トスハリ教国民は全員それを信仰している。
だが、ディオニシウス帝国ではトスハリ教信者は存在しない。
仮にいたとしても国外からの旅行者ぐらいだ。
その理由は人魔対戦からディオニシウス帝国を救ったのは
国難を救ったのがトスハリならば、ディオニシウス帝国ではトスハリ教信者もまだ残っていただろうが、実際に救ったのがマリアなので肝心な時に役に立たない神への祈りは不要と帝国全体がその空気に包まれた。
それが理由でディオニシウス帝国にはトスハリ教の教会が存在せず、トスハリ教信者にとってディオニシウス帝国は暮らしにくい国になった。
余談だが、サタンティヌス王国は代々の王族が神を崇めるなら王族を崇めろなんて傲慢なことを言い続けているため、別の意味でトスハリ教が根付かない国になっている。
とまあ回り道をしてしまった訳だが、トスハリ教の教訓話で悪魔なる存在が出て来る。
その悪魔がシルバの知るデーモンに近い存在なのだ。
「トスハリ教はさておき、俺が見たことのあるデーモンは空を飛べますから夜の闇に乗じて侵入できると思いますよ」
「後は連続殺人が起きる前に割災があればデーモンの仕業って可能性が高くなるな」
「待って下さい。別に直近で割災が起きてなくても構わないじゃないですか。デーモンが空を飛べるなら、つい最近アーブラにやって来たってことも考えられる訳ですし」
「うへぇ。エリュシカに長期間潜伏してた人型モンスターとか厄介事の臭いしかしねえぞこれ」
ロウの発言はシルバ達の気持ちを代弁したものなのは間違いない。
そのままあれこれ仮説を立てている間にシルバ達はアーブラの防壁を視界に捉えた。
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