第102話 貴様の考えは間違ってないとでも!? だったらどうして現場に血が流れるんだ!

 アーブラの門番は顔色が悪かった。


「「お疲れ様です」」


「お疲れ様です。顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないです。アーブラは呪われてます」


「また昨夜も人が何人も殺されました。そのせいで安心して寝られないです」


 ロウの制服の胸についた権天使級プリンシパリティのバッジを見て、大天使級アークエンジェルの門番2人は眠気と不安が半々の表情で答えた。


 明らかに異常な状態の2人にロウはもう少し情報を引き出そうと粘る。


「犯人の目撃証言はないんですか?」


「はっきりした目撃証言はないです。目視できるぐらい近くにいた者は全員斬り殺されてるんですよ。そのせいで犯人の外見が定まりません」


「わかるのは現場では毎回違う人物の笑い声が聞こえるってことだけです」


「そうですか。情報提供ありがとうございます。それでは」


 ガタガタ震え出した門番2人にこれ以上この話の聞き込みをするのは難しいと判断し、ロウは馬車を操縦してアーブラの中に入った。


「昼間なのに誰も外に出てねえな」


「毎日人が殺されてるなら怖くて外に出られないでしょうね」


「本来ならもっと賑やかでもおかしくないのに異常なぐらい静かです」


「とりあえずアーブラの基地に行きましょう。詳細な情報がなければ何もできませんし」


「そうだな。誰もいねえしちょっと飛ばすぜ」


 ロウの合図で馬車の速度が上がった。


 帝国軍基地アーブラ支部に入ったシルバは馬車を停めた後、受付にミッションでディオスから来たと告げる。


 それから数分の内にアーブラ支部長の部屋へと案内された。


 普段ならもっと基地内は軍人達の話声が聞こえるはずなのだが、今日は全く話声が聞こえずシルバ達の足音だけが聞こえる。


 案内する者も顔色は悪く、支部長の部屋をノックする音すら弱々しい。


「支部長、ディオスから応援の方々が到着しました」


「入ってくれ」


 支部長と呼ばれた者の声は案内した者とは違って普通の声量だった。


 シルバ達だけが支部長室に入り、案内した者は元居た場所へと戻って行った。


 支部長室のデスクの上は書類の山になっており、シルバ達は支部長の顔を拝むことができなかった。


 支部長は書類の山を崩す訳にもいかないから、座席から立ち上がってシルバ達を迎え入れる。


「キマイラ中隊第二小隊の諸君、よく来てくれた。俺がアーブラ支部長のマリク=マナフだ。階級は主天使級ドミニオンになる」


「キマイラ中隊第二小隊長のシルバです。階級は能天使級パワーです。よろしくお願いします」


「小隊長補佐のロウ=ガルガリン、階級は権天使級プリンシパリティです。よろしくお願いします」


「エイル=オファニムです。階級は権天使級プリンシパリティです。よろしくお願いします」


「同じくアルです。階級は権天使級プリンシパリティです。よろしくお願いします」


 シルバ達の自己紹介を聞いてマリクはふむと頷いた。


「若いな。だが、それでもディオスで着実に成果を挙げてると聞く。是非、今回の事件でも力を貸してほしい」


「わかりました。こちらに来るまでの間、門番から少し話を聞きましたが毎日何人も殺されてるそうですね」


「ああ。困ったことに軍人も民間人も無差別に殺されてる。今、対策チームを組閣して犯人逮捕に尽力してもらってるが、どうにも解決に向かって進んでる手応えが感じられない。割り出せた共通点と言えば、犯行は必ず午後10時から30分間の間に行われることと被害者の体が鋭利な刃物で切断されたことだけだ」


「そうですか。では、対策チームの集まる部屋に向かいます」


「俺は死んだ者達が残した仕事をカバーするので手一杯だ。すまぬが任せるぞ。対策チームは第一会議室だ」


 疲れた表情のマリクはデスクに戻ろうとして足元がふらついたので、シルバはこのままでは不味いと判断してマリクに声をかける。


「マナフ支部長、失礼します」


 シルバは転びかけたマリクを支えるだけでなく、光付与ライトエンチャントを使いながらマリクの体にある疲労回復を促すツボを素早く押した。


 ツボ押しの衝撃でマリクは力強く一歩踏み込んで体勢を立て直した。


 そして、両肩を回して体が軽くなったのを感じた。


「シルバ小隊長、今のはなんだね? 俺の疲れが一気に減ったんだが?」


「ツボ押しマッサージです。体を支えるついでに応急処置をさせていただきました。マナフ支部長に今倒れられてはアーブラ支部の皆さんが困るでしょうから」


「・・・そうか。感謝する。これで遅れを取り戻せそうだ」


「とんでもないです。それでは失礼します」


 シルバ達は支部長室を出て第一会議室に向かった。


 廊下を進む途中でアルがシルバに声をかけた。


「先程のツボ押しはすごかったね。職人芸と呼ぶべきレベルだったよ」


「俺もあそこまで素早くツボ押しできるとは思ってなかった」


「一歩間違えたら上官を攻撃したと勘違いされる行為だぜ? ヒヤヒヤさせんなよ」


「ですから事前に失礼しますと言いました。あの場でマナフ支部長に倒れられたらアーブラ支部どころかアーブラが終わりを迎えるかもしれませんから」


「そりゃ言ってたけどよ。まったく、シルバの肝の据わり方は半端ねえな」


 やれやれとロウは首を横に振った。


 会話が終わる頃には第一会議室の扉が目の前に見える所までやって来た。


 部屋の中からは何やら議論しているらしき複数の声が聞こえる。


 シルバがノックしてから名乗る。


「キマイラ中隊第二小隊のシルバです」


 室内の者達から返事を待つが、10秒ぐらい待っても誰も返事をしてくれなかった。


 シルバは聞こえなかったのかもしれないと思って再度ノックしてから名乗る。


「キマイラ中隊第二小隊のシルバです」


 もう一度名乗ってみたものの、シルバのノックと名乗りに返答はなかった。


「議論に夢中で聞こえてないのか?」


「そうかもね。もう入っちゃおうよ」


「俺も賛成。反応があるまでノックして名乗るのを続けるって馬鹿っぽいし」


「私も入って良いと思います。これ以上やっても時間を無駄にするだけです」


 満場一致だったのでシルバ達は失礼しますと言いながら扉を開けてその中に入った。


 第一会議室の中ではよれよれになった軍服にボサボサになった髪もそのままにした2人の軍人の議論が白熱していた。


「貴様の考えは間違ってないとでも!? だったらどうして現場に血が流れるんだ!」


「うるさいうるさいうるさい! だったら私の代わりに意見を出してみろ! 反対しか言わぬ貴様は保身ばかりで明確な意向は告げないじゃないか! この卑怯者が!」


 (うわぁ、何この責任のなすりつけ合い)


 シルバはこれでは事件が一向に解決へと向かわないのも無理もないと判断した。


 パッと見ただけでも指揮官が2人いて対策チームの意見がまとまっていないのがわかる。


 白熱している2人以外の軍人達は消耗しており、椅子の背もたれに体重を預けて寝落ちしている者すらいた。


「おいおいおいおい、無能な働き者が2人いるせいでこの部屋の空気が死んでるぞ?」


「ロウ、静かに」


 ロウが正直な感想をポロッと口にした隣ではエイルが余計なことを言うんじゃないと人差し指を口の前に立てた。


 議論する2人の会話に入れない者達の中の1人はシルバ達が室内に入って来たことに気づいて近づいて来た。


「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません。あの方々は無視していただければと思います」


「上官にそんな発言をしてしまって良いんですか?」


「明らかに多くの被害を出すばかりの無能と自分は違うんだと言い張りつつ反論しかできない無能を上官と認めたくありませんので。あの2人の衝突さえなければ死なずに済んだ民間人や同胞が何人いたことでしょうか・・・」


 シルバ達と話している軍人の階級はアル達と同じ権天使級プリンシパリティだった。


 口論をしている2人は能天使パワーのようだが、どちらとも職責を果たしているとは言い難い状況である。


「そもそも現場に赴く者達が弱いから悪いのだ! 私の作戦に穴なんてない!」


「他人のせいにするんじゃない! 貴様の指示が間違ってるから今もまだ殺人が止まらないんだろう!?」


 言い合いを聞いていて段々とイラついて来たシルバは異界で強敵と戦う時のような殺気を2人に向けて放った。


 その圧は2人が今までに感じたことがないものであり、ブルッと震えて静かになった。


「くだらない言い争いをしてるぐらいなら現場に行って情報を集めたらどうですか?」


「「は、はい!」」


 絶対に逆らってはいけないと本能的に察したらしく、先程まで言い合っていた2人は大慌てで第一会議室を出て行った。


 その様子を見ていた対策チームのメンバーはシルバのスカッとする対応に惜しみなく拍手した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る