第103話 なんだって! それは本当かい!?

 拍手が止んでからシルバ達に最初に話しかけた女性が頭を下げる。


「無能2人を追い出してくれてありがとうございました。改めて自己紹介をさせて下さい。私はヴァネッサと申します。階級は権天使級プリンシパリティです。よろしくお願いします」


「キマイラ中隊第二小隊の小隊長を務めますシルバです。階級は能天使級パワーです。こちらこそよろしくお願いします」


 自分の後にアル達が名乗った後、シルバはヴァネッサに状況の説明を求めた。


 無能2人の話し合いからでは大した情報が得られなかったから、2人よりもマシな情報がほしかったのだ。


「どの被害者も鋭利な刃物で斬り捨てられてます。切断面から察するに、少なくとも獣型モンスターや鳥型モンスターの爪による乱暴な殺害ではありません。武器を用いたものと考えられます」


「ヴァネッサさんはモンスターによる仕業の可能性も検討してるんですね」


「勿論です。100人以上殺しても平気なメンタルを持つ人間なんてそうそういませんから。人型モンスターがアーブラに潜伏してるのではないかと考えてます」


 無能2人はどのように逮捕するかばかり考えていたが、そもそも犯人がどんな存在か考えずに挑めば無駄に軍人や民間人に被害が出てしまうだろう。


 ヴァネッサは今までの犯行から犯人は人型モンスターと考えているようだ。


「どんな人型モンスターの仕業だと考えてますか?」


「ゴブリンやオークにここまでのことはできません。少なくともコボルドのような知恵の働くモンスターではないかと思います。ただ、コボルドの場合どうやってアーブラ内部に侵入できたかが不明ですが」


「実は、コボルド以外のモンスターで俺に心当たりがあります」


「本当ですか? どんなモンスターでしょうか?」


「デーモンです。何か要らない紙とペンを貸してもらえませんか? 簡単に描いてみますので」


「それでしたらこちらをお使い下さい」


 ヴァネッサから紙とペンを借りたシルバは自分の知るデーモンのスケッチをササッと描いた。


「そんなにスラスラ描けるなんて羨ましいです」


「エイルは絵が下手だもんな」


「し、失礼ですよロウ」


「エイル画伯、すまんかったな」


「くっ、馬鹿にして・・・」


 エイルはロウに自分の絵の実力を馬鹿にされて悔しがった。


 2人が話している間にシルバはデーモンのスケッチを描き上げた。


 額に角、背中から翼、腰のあたりから尻尾を生やしている人型モンスターのスケッチを見てヴァネッサは唸る。


「うぅむ、なるほど。翼があれば空を飛べるでしょうから、夜の闇に乗じてアーブラに侵入できるでしょうね」


「後は殺人に使われた武器ですね。一体どんな武器が使われてるのやら」


 シルバ達が腕を組んでいるところに1人の軍人がやって来る。


「あ、あの、自分に心当たりがあります。こ、この基地の倉庫から紛失した武器があるんです」


「なんだって! それは本当かい!?」


 ヴァネッサはそんな情報を聞いていなかったらしく、報告して来た軍人の両肩を掴んだ。


「も、申し訳ございません。あ、あの2人に報告しても駄目な情報を持って来るんじゃないと怒鳴られまして」


「クソッ、本当に無能な上官だな! それで、紛失した武器はどんな物なんだ?」


 ヴァネッサは悪態をついてから何が基地から失われたのか訊ねた。


「の、呪われた剣です。とても鋭くよく切れるのですが、手に持った途端に剣がなんでも良いから殺せと囁くそうです。せ、精神が弱い者は剣に体を支配されて殺人鬼になってしまうとメモに残ってました」


「なんでそんな物騒な武器がアーブラの基地にあったのかわかるか?」


「か、過去に虐殺の限りを尽くした盗賊を退治した際に押収したようです。そ、それ以上のことはメモに残ってませんでした」


 軍人とヴァネッサのやり取りを聞いてシルバはふむと頷いた。


「デーモンがその呪われた剣を何らかの事情で手に入れ、毎晩無差別に人を殺してるという説が形になってきましたね。呪われた剣の対策はないんでしょうか?」


「た、対策らしい対策は記されておりません。で、ですが、あの剣は人を斬れば斬る程剣の狂気に魅入られてしまい、使用者の精神を蝕むのは間違いないです」


「他に情報はありませんか? どんな些細なことでも構わないんですが」


「す、すみません。もうお伝えできることは話し尽くしました」


 軍人は本当に申し訳なさそうに言った。


 無能な上官2人を威圧して部屋の外に追放したシルバを恐れているのか、その軍人の体は微かに震えていた。


「まあ、これだけの情報が手に入っただけでも進歩したと思います。ここから先はデーモンの潜伏先になりそうな場所を探しましょう」


「シルバさん、こちらから仕掛けるのですか?」


「できることならその方が良いでしょう。殺人事件が起きるのを待ってたら犠牲者が増えてしまいますので」


 今までの対策チームの方針は犯人が殺人をしようと現れるタイミングでの警備強化だったため、シルバの打ち出した方針はヴァネッサ達が取るべき物だったと気づいて恥ずかしくなった。


 シルバは机の上にあったアーブラ全体の地図の複写を見つけてから会議室内にいる全ての軍人達を見渡して口を開く。


「皆さんには階級に関係なく情報があれば共有していただきたいです。アーブラにておいてデーモンが潜伏してもバレなさそうな場所はありませんか?」


「・・・この倉庫、本当は解体する予定だったのですが解体業者を度重なる不幸が襲った結果、作業が中止になって放置されてます」


「メイン通りの外れにある個人商店ですが、店主が亡くなってから誰も手を入れてません」


「ここにある建設中の建物が資材の発注遅延に伴って作業が止まってて最近では誰も近寄ってません」


 地図の複写にはデーモンが潜伏していそうな場所が次々に記入されていく。


 無能な上官がいなくなったことにより、対策チームがやっと機能し始めたようだ。


 最後の1人が書き込みを終えてからシルバ達とヴァネッサが追記された地図を確認する。


「ヴァネッサさん、この地図に追記された場所を見て潜伏しやすさの優先順位を付けて下さい。順位の高い場所から調べに行きます」


「承知しました。少しだけお待ち下さい」


 ヴァネッサは地図を見ててきぱきと順位を付けていく。


 そうして順位付けされた地図をチェックした後、シルバはもっとも潜伏しやすい場所を指差す。


「まずはこの倉庫から行ってみましょう。対策チームで戦える者は何人いますか?」


 シルバの質問に対して手を挙げたのはヴァネッサだけだった。


 それもあまり自信なさそうに手を挙げていることから、あまり戦力としては期待できないのだろう。


「まさか、対策チームには戦える人がほとんどいないんですか?」


「戦える者達は見回りに駆り出されて殺されたか部位欠損で再起不能です。私も護身術ぐらいは身に着けてますが、軍学校時代は戦略コースに所属してたので戦闘は得意ではありません」


「・・・人質にされても困りますから俺達だけで現場に向かいます」


「誠に申し訳ございません」


 ヴァネッサはシルバに謝った。


 自分達が守るべきアーブラの危機だというのに戦う力はほとんどなく、キマイラ中隊第二小隊に戦闘を任せるしかない状況にヴァネッサは悔しくて仕方なかった。


 シルバ達はヴァネッサ達を置いて第一会議室を出た。


「アーブラ、割と末期かもしれない」


「どうしたらここまで追い込まれるまで放置できるんだろうね」


「無能な働き者が2人もいたんだからしょうがないさ」


「マナフ支部長は何をやってたんでしょうか? 対策チームの報告を聞いたら機能してない原因なんてあっさりわかりそうなものですが」


「無能な奴程取り繕うのだけは上手いんじゃないか?」


 やれやれとシルバ達は首を振った。


 基地から馬車を走らせて目的地の倉庫の前に到着した。


 周辺には人の気配が全く感じられれないぐらい静かであり、まだ昼間だというのにどことなく薄気味悪い感じだ。


 シルバ達は臨戦態勢になり、偵察を得意とするロウがまずは倉庫の中を確認するべく忍び込む。


 静かに倉庫の扉を開け、少し様子を見てから倉庫の中に入ろうとしたその時、ロウは自らを襲う横薙ぎを躱すべく大きく後ろに飛び退いた。


「ターゲットがいたぞ!」


 ロウがそう言った直後に倉庫の中から細マッチョのデーモンが首切り包丁を肩に担いで現れた。


 シルバ達は最初から当たりを引いたようだ。

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