第119話 そうだ、アルケイデスさんの力を借りましょう

 翌朝、見張りから交代してテントの中で仮眠をとっていたシルバはもぞもぞと動く何かに体を揺らされて目を覚ました。


「もう朝か」


「キュイ」


「ん?」


「キュイ?」


 自分の独り言に反応する声がして首を傾げると、シルバの目の前で小さな白い翼竜がシルバと同じように首を傾げていた。


 なんでこんな所にモンスターがと思ったシルバだったが、自分の抱えていた卵が我ていたことから小さな白い翼竜が卵から孵化したのだと理解した。


「シルバ君どうしたのー?」


「シルバ君、アル君、もう起きたんですか?」


 同じ組で見張りをしていて一緒に仮眠をとっていたアルとエイルが眠たそうな目を擦りながら体を起こした。


 そして、自分達よりも先に目を覚まして小さな白い翼竜を抱えるシルバを見て意識が覚醒した。


「えっ、孵化してる?」


「もう孵化したんですか?」


 その声に奥で寝ていたソッドとエレンも目を覚ました。


「何かあったのかい?」


「起きる時間が来ましたか?」


「ソッドさん、エレンさん、モンスターが孵化しました」


「なんだって!?」


「なんですって!?」


 寝起きのぼーっとした感じは目が覚める報告を受けてとっくに消え去り、ソッドもエレンもガバッと上体を起こした。


 2人はアルやエイルのようにシルバに抱っ子された小さな白い翼竜を見て反応に困った。


 アル達はそのモンスターの種類がわからずになんと呼べばいいのかわからなかったのだ。


「このモンスターはワイバーンという種類のモンスターだと師匠から聞いたことがあります。ただ、俺が聞いた話では茶色いボディだと聞いてたんですが」


「ワイバーン? 僕は聞いたことないや」


「私もないです」


「私もないな」


「同じくです」


 シルバ以外はワイバーンという単語が初耳だったらしく、シルバ達はテントの外に出た。


「おっす。なんか騒がしかったなって何それ?」


「ロウ先輩も知らないですか? ワイバーンです」


「見たことも聞いたこともねえよ」


「ふむ、鳥とは違うようだな」


「赤ちゃんだー」


「キュイ」


 アリアがワイバーンに触ろうとした時、ワイバーンが弱い力だがペシッと翼でアリアの手を払いのけた。


 それはまるでシルバ以外が気安く触るのは認めないと主張するようだった。


 (いつまでもワイバーンと呼ぶのはかわいそうだ。名前を付けないと)


 シルバはワイバーンに名前を付けるにあたって抱えていたその体を持ち上げ、じっくりと観察する。


 雌雄の見分け方はマリアから教わっていたので、自分が抱えている個体が雌であることは理解できた。


 白と雌、ワイバーンという要素からあれこれ連想させた結果、しっくりくる名前を見つけたのでシルバはそれに決めた。


「よし、お前の名前はレイだ」


「キュイ」


「気に入ってくれたみたいだな。よろしく、レイ」


「キュイ♪」


 シルバに名付けられた名前が気に入ったため、ワイバーンの名前はレイになった。


「レイがシルバ君の言葉を理解してる?」


「レイという名前も気に入ったようですね」


「孵化した時に初めて見たからシルバを親だと思ってるんだろうな」


「あー、だから私が触ろうとしたら嫌がったんだー」


 アリアはロウの考えを聞いてポンと手を打った。


「とりあえず、朝食を済ませて帰国しましょう。レイについては帰りの馬車でいくらでも考えられますから」


 エレンがそう言ったことで朝食の準備を始め、シルバ達はすぐに朝食を取った。


 レッドブルの肉を確保していたこともあり、塩味ではあるものの黒パンにレッドブルの肉を挟んだ旅先では豪華な朝食になった。


「キュイ」


「レイも肉が食べたいか」


「キュイ」


 マリアの話では自分が内側から破った卵の殻を食べた後ならば、ワイバーンは基本的に雑食と聞いていたため、シルバは焼いたレッドブルの肉をレイが食べられるサイズにして食べさせてあげた。


 嬉しそうに焼いた肉を食べるレイを見て、シルバはとてもやさしい表情をしていた。


「シルバ君がすっかり父親になってる」


「子供ができたらあんな感じなんでしょうね」


 アルとエイルはシルバが父親の顔をしているので、自分がシルバと結婚したらこんな顔を見られるのかとそれぞれ妄想を膨らませている。


 出発を急いでいるから誰もツッコむことはなかった。


 朝食を終えてアルが砦を解除した後、シルバ達は後片付けをそそくさと済ませて馬車を走らせた。


 帰りの御者もロウが担い、シルバ達も各々の役割に扮している。


 国境ではアンジェロ商会として立場を偽った振舞いが必要なので、今の内からメッキがはがれないように役割を演じているのだ。


「キュイ、キュイ」


「レイは初めて見る景色だから気になるか」


「キュイ」


 馬車の中から外の景色を見てレイははしゃいでおり、そんなレイの頭をシルバが優しく撫でる。


「ところで、どうしてレイの体は白いんだろうね? 若旦那の師匠の話じゃ茶色い体なんでしょ?」


「それについては心当たりが一つだけある」


「どんな?」


「見張りをしてた時に全身に光付与ライトエンチャントをかけて疲れを取ってただろ? その時もレイの卵を抱えたままだった。だから、レイがその影響で光属性に体が変質したんじゃないか?」


「なるほどねぇ」


 シルバの話を否定する材料がアル達にはなかったから、シルバがそう言うならば多分そうなんだろうとその仮説を受け入れた。


 シルバはふと思いついたことがあってレイに訊ねてみることにした。


「レイ、何か光属性の技を使えたりするか?」


「キュ・・・、キュイ」


 レイは少し考えてから頷いてロウの近くに飛んで行き、マルクスの指を緑色の光で癒した。


「あれ、朝うっかり切った傷が治ってら」


「・・・回復ヒールですね。レイちゃんは回復ヒールが使えるようです」


「そうだねー。これは回復ヒールだよー」


「キュイ~」


 エイルとアリアはその現象に見覚えがあった。


 使える者が少ない<光魔法ライトマジック>の中で、傷を癒す回復ヒールという技がある。


 本来は回復ヒールよりも前に微回復マイナーヒールを先に覚えるのだが、レイはいきなり回復ヒールを使ってみせた。


 それだけでレイが只者ではないことがわかる。


 レイも自分がすごいことをやってみせた自覚があったので、シルバの所に戻ってドヤ顔を披露した。


「よしよし。レイはすごいな」


「キュイ♪」


「本当にすごいと思いますよ。レイちゃんが治療もできるモンスターってわかれば上層部も若旦那を重用するはずです。そうですよね、ソッド中隊長?」


「そうだな。優れた人材? いや、人じゃないか。まあ、それは良いとして若旦那がレイに言うことを聞かせられるなら、レイを討伐しようなんて馬鹿なことを言う奴はいないはずだ」


 ソッドもエイルの意見に賛成なのは<光魔法ライトマジック>で治療できる者が限られており、帝国軍はそんな人材が喉から手が出るぐらい欲しいと考えているからである。


「ですが、このままレイさんが若旦那と一緒にいられるのでしょうか?」


「キュイ?」


 エレンが発した疑問にレイは自分がシルバと離れ離れになることなんてあるのかと首を傾げた。


「あくまで私に考えられる1つの可能性という前提で聞いてほしいのですが、若旦那がレイさんにこの人の言うことを聞くようにと命じたとします。それで言うことを聞いてもらえるなら若旦那とレイさんがいつも同じ場所にいる必要はないと考える者がいないとも限りません」


「キュア!?」


 そんなことあるのかとレイはショックを受け、嫌だ嫌だとシルバにくっついて離れないぞとアピールする。


「可愛いですね」


「可愛いー」


「私も好きでこのようなことを述べてるのではありません。そうならないように手を打っておくべきだと提案してるんです」


 エレンもレイがシルバに甘える姿は可愛いと思っており、そんなレイをシルバから引き離すようなことになってほしくないと思っている。


 だからこそ、そうなる可能性を潰すために帰国するまでに策を練る必要があると言った訳だ。


 その時、シルバにはこれしかないというアイディアが浮かんだ。


「そうだ、アルケイデスさんの力を借りましょう」


「シルバ君、もしかしなくてもそれって殿下のことを言ってるよね?」


「その通り。アルケイデスさんに事情を話せば何とかしてもらえると思うから頼ってみる」


 シルバとアルのやり取りを聞いてエレンは苦笑するしかなかった。


「常識的に考えてまず出て来ない発想が最初に出て来ましたね」


「エレンさん、これが若旦那です。でも、僕もこれ以上にないアイディアだと思いますよ」


「そうですね。若旦那、帰還次第すぐにアルケイデス殿下に連絡を取れますか?」


「実は、殿下もマジフォンを持ってるそうなのでいざって時はすぐに連絡できます」


 シルバが飛び切りの爆弾を投下したことでしばらく馬車の中は静寂が包み込んだ。


 アルケイデスに力を借りることが現実的になって話はまとまった。


 それから国境を抜け、帰国したシルバはアルケイデスにマジフォンで事情を説明した。

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