第118話 良いんだよー。恋したって良いんだよー
時間は少し遡り、シルバ達が出て行った後の砦ではエレン達が見張り台の上でモンスターの接近に備えて待機していた。
見張り台は8人乗ってもそれなりに動けるぐらいには広く、足場もしっかりしているから安心して乗っていられる。
「こっちに来ねえな」
「マルクス、ここは拠点なんですよ? モンスターは来ない方が良いにきまってるでしょう?」
「やーい、マルクスがエレンに怒られたー」
「うるせえ」
アリアに軽い感じで煽られたマルクスはサラッとあしらった。
その直後に砦に向かって赤い鳥らしき集団が向かって来た。
「あれはレッドレイヴンですね。数は6です」
「石を投げるにゃ遠いが詠唱するエレンの護衛はしねえとな」
エレンが詠唱に入ろうとしてるのを見て、マルクスは事前にアルが用意していた投げるための石をいくつか抱え込んで投げる。
力自慢のマルクスの投石は接近中のレッドレイヴン達にギリギリ届くかどうかというところで勢いがなくなった。
それでも、これ以上近づいたら石が命中するかもしれないとレッドレイヴン達は減速する。
「水の牢獄よ、我が敵を捕縛せよ!
詠唱が完了してエレンの前方にいるレッドレイヴン達が水の牢獄に閉じ込められた。
水棲型モンスターでもない限り、無限に水中で息が続くことはない。
したがって、エレンが水の牢獄をキープしている限りはレッドレイヴン達が水攻めされ続けることになる。
異界にいる野生のレッドレイヴンならば、空を自由に飛び回っているので体力が落ちず肺活量も衰えたりはしなかっただろう。
ところが、ブリード村のレッドレイヴン達は人間達に飼育されていたせいで野生らしさが部分的に失われていた。
その影響で体力も肺活量も落ちてしまい、溺死するまでにかかる時間は野生のレッドレイヴンよりも短かった。
「うへぇ、相変わらずエレンは容赦ねえな」
「油断して生き延びていたレッドレイヴン達に襲われたくないでしょう? だったらこれぐらいやって当然です」
「モンスターはこうやってしっかり落とせるんだけどなぁ」
「・・・何が言いたいんですかマルクス?」
「いや、いつになったらソッドを落とすのかなと」
マルクスが余計なことを言ってしまったことで、砦内部の気温が2度ぐらい下がった。
「マルクス、レッドレイヴン達と同じ目に遭うのと体に風穴を開けられるのとどっちが良いですか?」
「両方とも断る!」
「エレン落ち着いてー。マルクスに痛い所突かれたからって暴力は駄目ー」
「アリア!?」
自分の味方になってくれるのかと思いきや、アリアも自分をいじる方に回ったのでエレンは驚いた。
頼みの綱はこの場における良心のエイルだが、エイルもシルバになかなか思うようにアプローチをかけられていないから何も言えなかった。
下手にエレンの味方に回れば、アリアにシルバのことでいじられそうだと察したのも黙っていた要因である。
エイルがどうしようと迷っていたその時、村の中で激しい音がした。
これはチャンスだとエイルは音のした方角を確認する大義名分を得てそちらを観察する。
音の原因はアルがレッドブルの群れを挑発して家に突撃させていたことだった。
「エイルさん、音の原因はわかりましたか?」
「はい。アル君が村の家にレッドブルの群れを突撃させた音でした」
「「うわぁ」」
エイルの報告を聞いてマルクスとアリアが引いていた。
実力で目立つシルバよりもアルの方が時々容赦ないことをする。
これはキマイラ中隊では共通認識だ。
比較されているシルバは今、レッドウルフ率いるパープルウルフの群れをサクサクと倒している。
シルバの動きを目で追っていたエイルは自分の横から視線を感じて振り向いた。
そこにはニヤニヤするアリアの顔があった。
「な、なんでしょうか?」
「エイルちゃんはすぐシルバ君を目で追っちゃうよねー」
「小隊長の動きを把握するのは小隊のメンバーとしておかしいことじゃないと思いますが?」
「良いんだよー。恋したって良いんだよー」
「放っておいて下さい!」
エイルがアリアにムッとした表情で言い返した直後、レッドブルが家に突撃したのとは違う大きな音が聞こえた。
爆発もエイルの視界に映っており、シルバとアルは無事だろうかとエイルの顔は心配そうな表情になる。
煙が収まったところでシルバがアルを注意しているのを確認してエイルはホッとした。
「アル君は過激だねー」
「効果があるのは間違いないのですが、アル君は思い切りが良過ぎます」
「目的のためなら手段は選ばないって感じかなー?」
「そこまでとは言いませんが」
アルはアリアが言うレベルまで振り切れてはいない。
時々ロウと一緒になって敵を煽ったりやり過ぎなところはあるけれど、それでもアルがなんでもありというような発想ではないとエイルは思っている。
その後、見張り台の上では砦に敵が来ないか警戒していたけれど、最初のレッドレイヴン達以外に何も来なかった。
しばらくしてシルバ組が帰って来て、それから少ししてソッド組が戻って来た。
ロウはシルバがモンスターの卵を抱えているのを見て駆け寄った。
「シルバ、それ、モンスターの卵だぞ!? 食べられない可能性があるから止めとけ!」
「ロウ先輩、確かに俺は食いしん坊ですけど見境なく食べたりしません。孵化させて育てようと思って持って帰ってきました」
「モンスター育てる気かよ!?」
「もしかしたら心強いパートナーになってくれるかもしれないじゃないですか。その可能性を捨てるのは勿体ないですよ」
「それもそうか」
シルバの言い分を聞いてロウは落ち着いた。
シルバなら孵化させたモンスターが暴れ出した場合、自分でけじめをつけられると思ったから引いたのである。
「卵のことはさておき、その人が村長なんですか?」
「おう。ブリード村でモンスターを育ててる証拠となる文書は差し押さえたけど、それ以外にも何か知ってるかもしれないから尋問しようと思ってな」
「紙に書かれたことだけが全てじゃないでしょうし、尋問できるなら尋問した方が良いと思います」
「だろ? ということで起きるツボと自白のツボを押しちゃってくれ」
「わかりました」
シルバは卵を置いて村長のツボを連続して押した。
目を覚ました村長の目はとろんとしており、尋問はソッドとエレンを中心に行われた。
文書以外についても細々としたことは尋問で聞けたが、残念ながら卵がどのモンスターの卵なのかは村長も知らなかった。
村長は卵が見つかったと知らされると村人達がクーデターを起こすために盗んだに違いないと言った。
ブリード村の村長と門番、何人かの村人は元々第二王子の派閥の中隊メンバーだったらしく、村長が中隊長で門番が小隊長だったようだ。
この村の住人に権力とモンスターの力を借りて無理矢理溶け込み、興行用のモンスターを育てる一方で村に来た行商人をモンスターに襲わせて自分の指示を聞くように指導していた。
そんなやり方に耐え切れなくなった村人達が団結し、こっそり自分の家に忍び込んで反旗を翻す時の切札として卵を盗んだというのが村長の言い分である。
聞けるだけの情報を聞き取った後、ツボの効果が切れて村長の意識が覚醒した。
そして、自分が敵に囲まれているとわかると覚悟を決めた。
「サ、サタンティヌス王国万歳!」
「まさか!?」
エレンが村長の次の行動を察した時にはもう遅く、彼は歯に仕込んでいた毒を飲んで自殺した。
敵国の軍隊に捕まった自分が無事に解放される未来なんて想像できない。
ソッドに捕まった時は人数の差が少なかったから強気だったけれど、8人に囲まれて自分の手足は言うことが聞かない現状では何もできるはずがない。
これ以上酷い目に遭うぐらいならその前に死んでやると村長は覚悟を決めて行動に移したのだ。
ロウの調べによれば、門番は戦闘メインだったが村長は非戦闘系のポジションだったらしい。
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とりあえず、シルバ達は当初の目的であるブリード村の壊滅というミッションを果たしたため、交代で休んで明日の朝に帰国することにした。
シルバは見張りの時も寝る時も卵を抱えており、そんな卵のポジションを羨ましそうに見るアルとエイルがいたのはひとまず置いておこう。
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