第117話 詠唱が遅い!
シルバとアルのペアに分かれた後、ソッドとロウはブリード村の村長の家にやって来た。
「モンスターは既に放たれた後らしいね」
「シルバ達の負担が増えたけど、あの2人なら多分なんとかしてくれるだろ」
「後でちゃんと労うとしよう。さて、私達は村長の家を襲撃してブリード村がモンスターを育てる場所になってる証拠を手に入れねば」
「兄貴が陽動をしてくれたら俺が忍び込んで来るぞ」
「わかった。陽動を引き受けよう」
ソッドは家から少し離れた倉庫に走り出した。
倉庫には昼間の買い物で見た鋭い目つきの者とブリード村の門番がいた。
「お前、何故生きてる!?」
「村長、その発言は不味いです」
目つきが鋭い方が村長と呼ばれ、門番は村長を守るべくその前に立った。
門番としてはまだ誤魔化せると思っていたのだが、村長の余計な発言のせいでソッドの口を封じるしかなくなったのだ。
「そちらは村ぐるみで私達を殺しに来たんだ。当然、殺される覚悟は良いよな?」
「殺す覚悟ならある」
門番は手に持った槍を前に突き出すが、ソッドは前進しつつ横に回転することで門番の刺突を躱した。
それだけで終わらず、ソッドは回転の遠心力を活かした横薙ぎで門番の首を刎ねた。
ドサリと音を立てて門番の胴体が地面に倒れれば、村長はへっぴり腰で杖を構えた。
「ひ、火の球よ、わ、我が敵を」
「詠唱が遅い!」
「ぐはっ」
村長ならば尋問して色々訊き出せるのではないかと判断し、ソッドは剣の腹で村長を殴り飛ばすに留めた。
ソッドが門番を倒したことで村長は怯えており、無力化して脅せば情報を吐くだろうことは間違いなかった。
気絶した村長を一瞥した後、ソッドは彼の傍らに落ちている杖を回収して他に何か武器となるような物を隠し持っていないかチェックする。
尋問する相手の武装解除は基本中の基本であり、ソッドは基本に忠実に動いた訳である。
武器は杖以外にないことが分かると、ソッドは持参した縄で村長の体を近くの木に縛りつけた。
これによってソッドは村長を放置して倉庫を捜索し始めた。
その一方、村長の家に忍び込んでいたロウは機密文書を探していた。
村長に家族はおらず、家の中には誰もいなかったのはロウにとって幸いだった。
もしも村長に家族がいたならば、家という狭い空間の中で戦わなければならないからだ。
「おいおい、村長ってのは名ばかりじゃねえか」
ロウは村長の家の書斎を調べてそのように漏らした。
村長の身分はサタンティヌス王国第二王子の派閥として知られる部隊の一員だと発覚した。
第二王子が暗殺されてからは第一王子と第一王女の両方から自分の味方をしろと文書が送りつけられていた。
村長はどちらか一方と敵対することを恐れ、どちらにも育てたモンスターを提供した。
だが、モンスターの扱いは難しかったらしく、第一王子と第一王女の両方ともモンスターを上手く制御できずに逃げられてしまった。
それが理由でモンスターが各地で見られたということが推察できた。
「とりあえず、証拠になりそうな文書は一通り回収しておくか」
ロウはブリード村の真実を暴けるように証拠となる手紙や文書を集める作業に移る。
ソッドが陽動を引き受けてくれたとはいえ、他人様の家に無断で侵入してゆっくりできるはずもない。
それゆえ、ロウはテキパキと家探しして必要な証拠を回収した。
ロウが作業を終えて村長の家を出た時、少し離れた所にある家が派手な音を立てて潰れていくのが見えた。
シルバとアルが与えられた役割を忠実に実行していると知り、ロウも自分の役割を果たさねばとソッドと合流するべく倉庫に向かう。
倉庫に到着したロウはその近くの木に村長が縛られているのを見つけた。
それと同時にまた家が5軒倒壊した。
その音は派手に鳴り響いたため、ソッドは何か異常事態が起きたのかもしれないと急いで倉庫の外に出て来た。
「ロウ、こっちに来たか。今の音は?」
「村の家が5軒連続で倒壊した音だ。シルバ達の仕業だろうな」
「そうか。ロウは何か見つけられたか?」
「この村で行われてる取り組みや第一王子と第一王女から村長に使えるモンスターを寄越せって手紙と督促とか、いつどのモンスターにどれだけ逃げられたって記録なら見つけたぜ」
「ブリード村は第一王子派にとっても第一王女にとっても押さえておきたい拠点だった訳だ。こっちも色々見つけたぞ」
ソッドが手招きするのでロウはその後について行く。
倉庫の中にはモンスターの餌となる肉や干し草だけでなく、排泄物等もあった。
どうやら夜にモンスターに散歩させる間、村長と門番に加えて村人の一部が倉庫の中を掃除していたようだ。
倉庫は7つの区画に分けられており、二交代制でモンスター達を居住区から出す運用である。
今晩はブリード村にやって来たアンジェロ商会を始末するため、レッドブルやレッドウルフとパープルウルフ、レッドレイヴン、マスタードファンガスの群れが解き放たれた。
「兄貴、さっき家を破壊してたのはレッドブルの群れだった」
「ウルフの群れとレッドレイヴンの群れの姿は見たか?」
「いや、ここに来るのにどちらも見てない」
「そうか。シルバ君達もそうだが、エレン達の砦を襲撃してる可能性もあるな」
ロウの報告を聞いてソッドは心配そうな表情になった。
「エレンさんが心配なのか?」
「そりゃ中隊の仲間を心配しない中隊長はいないだろ」
「・・・そっか」
そういう意味で質問したんじゃないとロウは心の中で苦笑した。
「まあ、エレンがいれば砦もあるし遠距離戦ならなんとかなるさ。マルクスは体を張って女性陣を守ってくれるだろうし私達は私達の役割に集中しよう」
「了解。それで、倉庫の中に残ってるのはどんなモンスターだったんだ?」
「レッドスパイダーとレッドパイソン、レッドトードの群れだ。どれも野放しにできないから殺してある。それとブリード村に来る前に倒したモンスターみたいにタグが付いてたな」
「レッドのモンスターが同じ村で育てられてたって知ったらゾッとするぜ。なんでこの村の連中は逃げなかったんだろ?」
「村長が逃がさなかったんじゃないかな。多分、権力とモンスターによる脅しで」
ロウがレッドのモンスターばかり育てられていたブリード村の恐ろしさから、ここの村人はまともな神経をしていれば逃げたはずだろうになんでそうしないのか疑問に思った。
しかし、ソッドは実際に隔離されて育てられているモンスターを見て村人達が逃げるのを諦めたのだろうと察した。
その予想は合っており、村長は村人達に協力しない者は育成中のモンスターの餌にすると告げており、村ぐるみでモンスターを育てていたことはロウが村長の家で見つけた記録に記されていた。
「酷い話だ。兄貴、倉庫から何か持ち出すか?」
「タグだけは全部持ち帰る。このタグにはモンスターにある程度言うことを聞かせる効果があるらしいからな」
「ある程度ってのはなんで?」
「だって脱走したモンスターがいたじゃないか。つまり、完全には制御できてないってことになる」
「確かにそうだ。早く回収しよう」
ソッドとロウは手分けしてモンスターの死体からタグをを回収した。
その途中で倉庫の外から派手な音が何回か聞こえたが、それらはシルバ達が村を潰す作業で生じたものだと判断して2人は手を止めなかった。
ソッド達が作業を終えて外に出ると、痛みで気絶していた村長が目を覚ましていた。
「お前、俺を解放しろ! 痛っ」
村長は無理に大声を出したせいで体が痛くなったらしく、その痛みで眉間に皺を寄せた。
「兄貴、ちょっと先に訊きたいことがあるんだ。黙らせて運ぶ前に訊いても良い?」
「急ぎなら構わないよ」
「サンキュー」
ロウは許可を貰ってから村長を見下してトンファーを頭の上に押し当てる。
「村長さん、あんたの家の中には卵がなかった。手紙では卵が送られて来たことが記されてたけどどこにある?」
「し、知らん」
「そっか。残念。バイバイ」
「本当だ! 本当に知らないんだ! 盗まれたんだ!」
自分の脳天にトンファーを振り下ろされたくない一心で村長は正直に吐いた。
「あっそ」
「ぐえっ」
ロウは村長から期待していた答えが貰えなかったので、砦に運ぶために気絶させた。
「ロウ、卵ってなんだい?」
「まだ第二王子が生きてた頃、割災でエリュシカに紛れ込んだ謎の卵がこの村に送られた記録があった。それが孵化してたらヤバいと思って訊ねたんだ」
「ふむ。ひとまずエレンやシルバ君達と合流してから情報を共有しよう」
「了解」
ソッドとロウは持ち帰るべき物を回収して砦まで移動した。
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