第307話 ちわーっす。ガルガリン運送でーす

 2日後、ロウがポールと共にジェットに乗ってムラマサ城にやって来たため、公務を終えてフリーだったシルバが応接室にいち早く向かった。


「ちわーっす。ガルガリン運送でーす。お届けものでーす」


「俺は配達物じゃないぞ」


「ロウ先輩、ハワード先生に失礼ですよ。というかハワード先生、かなりテンション低いですね」


 シルバがロウにツッコんだ後、ローテンションなポールに話を振った。


「そりゃローテンションにもなるだろ。いきなりアルケイデス先輩からちょっと異界カリュシエまで行ってこいとか面倒な指示を出されたんだから」


「そんなこと言ったら俺なんて完全にとばっちりですよ?」


「ロウ先輩の派遣はアルケイデス兄さんとユリさん、それから僕の推薦で決まりました。とばっちりなんて言わないで下さい」


「出たな諸悪の根源め」


 ロウを推薦した者を読み上げながらアリエルが来ると、ロウが彼女に対して身構えた。


「諸悪の根源だなんて酷いことを言いますね。ロウ先輩、ジェロスで熱烈にアプローチされた女性はどうされましたか?」


「・・・ちょっと待て。なんで他国のそんなニッチな情報を仕入れてるの? もしかしてストーカーか?」


「ロウ先輩をストーカーする訳ないじゃないですか。僕はただ、将来的に使えそうな駒の足取りをチェックしてるだけですよ」


「駒って言った! 今、俺のことを駒って言った! シルバ、アリエルが酷いんだ! なんとかしてくれよ!」


 アリエルに何を言っても暖簾に腕押しなので、ロウはアリエルをなんとかできそうなシルバに声をかける。


 シルバは哀れみを込めた目になりながら首を横に振った。


「ロウ先輩、人生諦めが肝心ですよ」


「あァァァんまりだァァアァ」


「お前等相変わらず元気だねぇ」


 シルバとアリエル、ロウのやり取りを見てポールはやれやれと首を振った。


 そこにエイルとマリア、ティファーナが遅れてやって来た。


「騒がしいと思ったらやっぱりロウでしたか」


「エイル、聞いてくれ! シルバとアリエルが酷いんだ!」


「アリエルがアリエルなのはいつものことじゃないですか。シルバは私達の夫なんですから、妻の敵にはなりませんよ。帰ってからいっぱいクレアに甘えて下さい。そうしたらクレアが喜びますから」


「味方なんていなかった」


 ロウがしょんぼりしている隣で、ポールが静かにマリアに対して頭を下げた。


 ポールとロウは今回の派遣にあたり、アルケイデスからマリアについて話を聞いている。


 ディオニシウス帝国において最も偉大な人物を目にすれば、自然と頭を下げてしまうのも無理もない。


「拳者様、お初にお目にかかります。私はシルバとアリエルの担任をしておりましたポール=ハワードでございます。お見知りおき下さい」


「ご丁寧にどうも。こちらこそ弟子シルバが学生時代は大変お世話になりました。ムラサメ公国第三皇妃のマリア=ムラサメです」


 2人の丁寧な挨拶を見て、シルバが信じられないものを見た表情になった。


 その表情に気づいたポールとマリアがシルバに話しかける。


「なんだよ? 何か言いたそうな顔だなシルバ」


「シルバ、言いたいことがあるならちゃんと言葉にしなさい」


「ハワード先生もマリアも似合わないことしてるからですよ」


「丁寧な口調にもなるだろうよ。お前、本物の拳者様だぞ? ディオニシウス帝国の技術を100年以上進めたと言っても過言じゃないお方なんだ。敬意を示すのは当然だろうが」


「家庭訪問イベントは初めてなの。シルバの奥さんでもあるけど、それと同時に私はシルバの保護者だったのよ? この対応は当然じゃないの」


「まあ、そうなんだろうけどさ」


 ポールとマリアの言いたいことはわかるけれど、似合わないというのがシルバの率直な感想だった。


 その後、シルバ達は異界カリュシエに乗り込むための打ち合わせを行った。


 今回、ムラサメ公国とディオニシウス帝国が合同で異界カリュシエに乗り込むにあたって、シルバ達は3体の従魔に乗って移動する。


 先頭はマリナであり、その背中にエイルとマリアが乗る。


 次に続くのがレイであり、シルバとアリエル、リト、ティファーナがその背中に乗る。


 最後尾はジェットであり、ロウとポールがジェットに乗せてもらう。


 異界カリュシエ侵入の目的はカリュシエの民に<外界接続アウターコネクト>を使わないと約束させることだ。


 もしもそうしないと生きていけないと言い出すのなら、ムラサメ公国はモンスターファームにカリュシエの民を住まわせる用意がある。


 カリュシエの民が異界カリュシエの地を離れられないし、<外界接続アウターコネクト>も止めないと強情に主張する場合は武力衝突も辞さない予定だ。


 準備が整ったため、シルバ達はウェスティアの西の海にある壁にできた扉を通り、異界カリュシエに侵入した。


「うへぇ、マジで来ちゃったよ異界カリュシエ。って、何やってるんですかハワード先生?」


「研究用に写真を撮ってる。百聞は一見に如かずと言うだろ?」


「なんだかんだ言ってハワード先生って真面目ですよね。それに研究者気質もありますね」


「煩い。面倒なミッションだとは思うが、来ちまったものはしょうがない。だったら、少しでも成果を持ち帰れた方が有意義だろうが」


「なるほど」


 ロウはポールの言い分を聞いて納得して気持ちを切り替えた。


 いつまでも嫌々取り組んでいては重要な事柄を見落としかねない。


 斥候としてそれは不味いから、気持ちを切り替えて周囲の警戒を始めた。


 海上ではモンスターに襲われることはなく、シルバ達はヒッポグリフと遭遇した集落までやって来た。


 着陸してすぐにロウがツッコミを入れる。


「これって基地じゃね? 集落どこいった?」


「ロウ先輩、ここが集落ですよ」


 アリエルは集落だと答えるが、実は昨日もシルバ達が来て手を加えていた。


 具体的にはアリエルの<土魔法アースマジック>を使い、集落を補強して軍事基地のようにしたのだ。


「基地要素強過ぎて集落感ないぞ。これはあれか? 俺達が拠点にするのに集落のままだと警備面で不安だからってことか?」


「その通りです。長く国を空けることはできませんから、長期滞在する予定はありません。ですが、安心して休める場所ぐらいは確保したいでしょう? だから、基地の周辺には罠が仕掛けられてますし、小規模ですがシティバリアも設置してあります」


「そりゃモンスターに襲われないだけでも安心できるわな。問題はカリュシエの民が罠を解除して占拠した場合だ」


「その辺も考えました。この基地には今、タオの力を借りて調整したマンドラゴラの種を植えてあります。罠が作動するのと同時にマンドラゴラが急成長し、侵入者を迎撃する設計です」


「やだー、交渉と言いつつる気満々じゃないですかー」


 ロウがアリエルの備えに戦慄するのは最早お約束と言っても良いだろう。


 2人が話している一方、シルバはポールに少し話がしたいと呼び出されていた。


「ハワード先生、話とはなんでしょうか?」


異界カリュシエのモンスターと戦って錆落としがしたい。シティバリアの効果で集まってるモンスターと戦ってみたいんだが構わないか?」


「勿論良いですよ。ハワード先生がやる気なんて珍しいですね」


「面倒臭がりな俺だって今回の作戦の重要性は理解してる。それに、カリュシエの民に<外界接続アウターコネクト>を使わせないと約束させられれば、ユリアが割災に巻き込まれる心配がなくなるからな」


 真面目な顔で言うポールに対し、シルバは優しく微笑む。


「愛妻家ですね、ハワード先生」


「ほっとけ」


 ポールはぶっきらぼうに言うが、ほんの少しだけ顔が赤くなっていた。


 少し出て来ると告げ、シルバはポールと共にレイの背中に乗ってモンスターが集まっている場所に移動した。


 そこにはシルバー級モンスターが多く集まっていた。


「やれやれ、うじゃうじゃいるじゃんか。ちょっと行って来るわ」


 そう言ったポールは不義剣ドゥルジ・ナスを鞘から抜き、シルバー級モンスターに次々と不意打ちを成功させていく。


 (<隠密ハイド>と<無音移動サイレントムーブ>を使ってるのか。暗殺者みたいだな)


 この場にいるのはシルバーマンティスとシルバーコング、シルバーリザードの混成集団だが、どのモンスターからも気づかれることなく確実に一撃で首を刈るポールの動きは芸術と呼ぶべきレベルである。


 集まっていたモンスターを殲滅した後、一滴も返り血を浴びずにいたポールはふぅと溜息をつく。


「終わったな。思ってたよりも体が動いて良かったかねぇ」


「やっぱりハワード先生は只者じゃありませんでしたね。お見事です」


「俺の見てない間に更に強くなったシルバが何言ってんだか。精々足を引っ張んないようにするさ」


「ハワード先生が足を引っ張るところは想像できませんよ。さぁ、戦利品を集めたら基地に戻りますよ」


 戦利品回収を済ませて基地に戻り、シルバ達は昼食を取って午後の探索に備えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る