第310話 ティファーナ生きとったんかワレ!

 土下座を止めさせてからシルバはレイ経由で族長に訊ねる。


異界カリュシエに未練はある?』


 族長はヒストリアを通じて返答する。


『ない訳ではございませぬが、仲間が生き残る方を優先します』


 その答えを聞いてシルバは更にレイ経由で訊ねる。


『エリュシカにお前達の住める場所を用意すると言えば付いて来る?』


『行きます!』


 族長に通訳することなく、ヒストリアが反射的に答えた。


 異界カリュシエで日々モンスターに襲われる恐怖のある生活を過ごすよりも、先程実力を目の当たりにしたシルバの庇護下で暮らしたいと思ったようだ。


 ヒストリアは通訳を忘れていたことに気づき、族長にレイが伝えた提案内容を通訳したが、族長もノータイムで頷いた。


 (受け入れてもらえる可能性は高いと見込んでたけど、まさかここまで食いつくとはね)


 ヒストリアと族長の話に聞き耳を立て、周囲のカリュシエの民が是非移住したいと言わんばかりに頷くのを見て驚いた。


 ヒストリアは族長から耳元でゴニョゴニョと言われた内容を通訳する。


『貴方様に私達が服従を誓えばお連れいただけるのでしょうか?』


 シルバがその通りだと頷き、レイがその旨を伝える。


『その通り。服従を誓う?』


「マイロードに誓います。どうか私達を安住の地へとお導き下さい」


 ヒストリアがそう言って片膝を立てて頭を下げると、族長や他のカリュシエの民も同じポーズを取った。


 (マイロードとか呼ばれちゃったよ。従順になってくれるなら別に良いけどさ)


 シルバが心の中で苦笑していた時、そろそろ自分の番だろうと思ってアリエルがシルバに声をかける。


「話がまとまったことだし、僕もこの人達を運ぶ準備をして良いかな?」


「ああ。よろしく頼む」


「任せて」


 シルバに頼まれたアリエルは、<土魔法アースマジック>で取っ手付きの岩の箱を創り出した。


 その箱はこの場に集まったカリュシエの民が全員入るサイズである。


 シルバ達はここに彼等に入ってもらい、レイの<不可視手インビジブルハンド>で運ぶつもりだ。


 カリュシエの民をどのように運ぶか説明した後、レイはシルバに言われた内容をカリュシエの民に告げる。


『レイ達に服従する証として、お前達はカリュシエの民ではなく闇耳長族ダークエルフと名乗ってもらう。そう名付ける意味は、お前達が闇属性に適性のある耳の長い種族だからだ。カリュシエからエリュシカに引っ越すのだから、カリュシエの民はおかしいでしょ?』


『おっしゃる通りでございます。これから私達は闇耳長族ダークエルフと名乗りましょう』


 カリュシエの民の呼び名については、マリアが最初に呼んでいた闇耳長族ダークエルフに戻った。


 これにはカリュシエへの未練を断ち切らせるだけでなく、シルバ達が名付けた種族名を名乗る限り庇護するという意味もあった。


 ヒストリアも族長もすぐにその意図を察したため、謹んでその申し出を受けた。


 それでも、ヒストリアも族長もシルバ達に見捨てられる可能性はあると思ったため、頷き合ってからヒストリアが口を開く。


『マイロード、私達の娘を嫁に貰ってはいただけないでしょうか?』


 これにはレイの幻影ファントムで姿を変えているティファーナが待ったをかけた。


『それは認められません!』


 ティファーナがシルバとヒストリアの間に両手を広げて立てば、ヒストリアは目を丸くする。


『その声、まさかティファーナなのかい!?』


 (ここで隠し続けてもしょうがないか)


 シルバはこのままティファーナの正体を隠し続けると面倒なことになると判断し、レイに幻影ファントムを解除するよう指示した。


 その直後、レイがシルバの言う通りにしたことでティファーナは本来の姿をヒストリア達に披露した。


『シルバ様とは私が結婚するんです! 余計な手出しは無用です!』


『ティファーナ生きとったんかワレ!』


「ん? 今のは誰の声だ?」


 ヒストリアの<念話テレパシー>で聞こえていた声ではなく、別の声がしたのでシルバは辺りを見回した。


 誰の声だと探した結果、集合している闇耳長族ダークエルフの中心に10歳ぐらいの少女がおり、その少女の顔がとんでもなく驚いていたので声の正体は彼女の者だとわかった。


『セシリア、品の無い喋り方は止めなさいと言ってるでしょう!? 申し訳ございません。あの子は私の娘のセシリアと申します。ティファーナが行方不明になった後、<託宣オラクル>を会得した当代の巫女でございます』


 ヒストリアはセシリアを叱りつけた後、シルバ達に向かって謝罪と説明を行った。


「俺は年下に興味ない。それに、政略結婚でお前達の娘を貰うつもりもない。もしも嫁に貰うならば、ティファーナを貰うのが筋だ。ティファーナはずっと俺に求婚し続けてくれたんだから、彼女を蔑ろにしてお前達の娘を貰うのは違うだろ」


「シルバ様、ありがとうございます! そう言ってくれると信じてました!」


 ティファーナは嬉しさのあまり、シルバに抱き着いてその頬にキスをした。


 ヒストリア達は依然のティファーナならば考えられない行動を取ったため、すっかりフリーズしてしまった。


 最初にフリーズから立ち直ったのはヒストリアであり、ティファーナに声をかける。


『無事だったのね、ティファーナ。心配してたのよ』


 声をかけられたティファーナはツンとした表情になる。


『叔母様が心配だったのは<託宣オラクル>を持つ巫女であって、私ではないですよね』


『うっ・・・』


 ティファーナがヒストリアの姪だと初めて知ったシルバ達だが、セシリアへの態度にも納得がいったので黙って見守る。


『私は軟禁されるのが嫌だったので逃げ出しました。私は私を助けて下さったシルバ様に自分の意思で好意を伝えました。最初は保身のために告白しましたが、日を追うごとにシルバ様をどんどん知るようになり、今ではシルバ様以外に嫁ぐなんて考えられないぐらいお慕いしております。そこに土足で踏み込んで来るのは止めてくれませんか?』


 ティファーナが絶対に退かないぞと態度で示したことで、ヒストリアも族長も視線をティファーナと合わせることができなかった。


 正確には2人だけではなく、セシリア以外の闇耳長族ダークエルフがティファーナと視線を合わせられなかった。


 セシリアは軟禁されていた側だからこそ、ばつの悪い表情にはならなかったのだろう。


『あーし、オホン、私はティファ姉がマイロードと結婚すれば良いと思うよ。私には結婚とかまだわかんないし』


『そうします。私は二度と軟禁生活には戻りません』


 この宣言が決め手となり、これ以上ヒストリアが政略結婚を希望することはなかった。


 ヒストリア達が岩の箱に入った後、レイは<不可視手インビジブルハンド>で岩の箱を持ち上げた。


 帰りはアリエルとレイがマリナの背中の上に乗り、レイの背中にはシルバとティファーナだけが乗った。


 レイの負担を減らす目的もあるが、ティファーナがシルバに甘えたいだろうと思ってアリエルが気を遣ったのである。


 エリュシカに帰還するまでの間、ティファーナはシルバに抱き着いたまま一度も離れなかった。


「シルバ様、先程は私のことを選んでくれてありがとうございました」


「そりゃまあ、ティファーナが保身のためじゃなくて本気で俺のことを好いてくれてることはわかってるからさ」


「帰ったら挙式の準備をしましょうね」


「・・・グイグイ来るじゃん」


「当然です。鉄は熱いうちに打てとマリアさんから聞きました。今こそ鉄を打つ時です」


「おのれマリアめ」


 シルバが前を飛ぶマリナの背に乗るマリアにジト目を向けたところ、その視線を感じて振り返ったマリアがとても良い笑顔でサムズアップした。


 マリアに対してムッとした表情をするシルバを見て、自分が何かやらかしてしまっただろうかと不安になり、ティファーナは困った表情になる。


「シルバ様、私との結婚は嫌でしょうか?」


「すまん、ティファーナと結婚したくないって訳じゃないんだ。ただ、マリアにしてやられたのがムカつくだけだよ」


「そうでしたか。嫌と言われなくてホッとしました」


「まあ、その、なんだ。ここまで来たのにティファーナを受け入れないなんてことはしない。俺も覚悟を決めた。帰ったら結婚の準備をしよう」


「はい!」


 ティファーナは幸せいっぱいの表情でシルバに抱き着いた。


 闇耳長族ダークエルフを運ぶために速度を落として高度も下げて空を飛んでいるから、高い所に対する恐怖はあまり感じておらず、それよりも今感じている幸せの方が強いようだ。


 その後、シルバ達はティファーナを除く闇耳長族ダークエルフをモンスターファームで降ろし、モンスター達の世話を命じた。


 住む場所はアリエルが仮の家を<土魔法アースマジック>で用意し、寝具等は闇耳長族ダークエルフ達が持参した物を使わせた。


 食料はある程度まとまった分を分け与え、闇耳長族ダークエルフ達は新天地での生活を始めた。


 ムラマサに帰還した後、シルバが異界侵入の結果を報告したことで、割災がなくなるだろうことに他のロイヤルファミリー達が大喜びしたのは言うまでもない。

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