第30章 拳聖、異界の勢力争いに参戦する

第311話 忍ぶ気のない威力偵察だよね。行ってらっしゃい

 時が流れて新年を迎え、ムラサメ公国はもう少しで建国1周年になる。


 ティファーナはシルバと結婚して第四公妃になり、闇耳長族ダークエルフはモンスターファームでの農業生活に従事している。


 国内にいる飼育や栽培が可能なモンスターは全てモンスターファームに集められたため、今ではモンスターファームに用途のない土地は余っていない。


 また、モンスターの成長は一般的な家畜よりも早く、毛皮や肉、野菜、果実が少しずつだが収穫できるようになった。


 外敵に攻められることがなくなったことから、闇耳長族ダークエルフ達は<外界接続アウターコネクト>を使わなくなり、割災は半年近く起こっていない。


 ディオニシウス帝国よりも国土が狭いこともあって、ムラサメ公国では野生のモンスターを見かけたという報告を随分と聞いていない状態だ。


 新年にやるべき行事も落ち着いたところで、シルバはアリエルに呼ばれて執務室に赴いた。


「シルバ君、魔石が足りなくなりそう」


「・・・マジか」


「割災がなくなったのは平和って点でありがたいんだけど、同時に魔石の供給がストップすることにも繋がるんだ」


魔力MPを注げば再利用できる魔法道具マジックアイテムは良いとして、消耗品のように魔石を使うのは避けた方が良さそうだな」


 今までのようにモンスターを倒せば魔石なんていくらでも手に入るという考えのままでいると、魔石不足で泣く羽目になるからシルバは使用先を考える必要があると判断した。


 自分の抱いている危機感がシルバにちゃんと伝わったため、アリエルは安心して話を続ける。


「まだ魔石の数に余裕はあるけど、それがモンスターファームからしか回収できなくなったら、魔石の値段が上昇して生活が苦しくなる層も出て来ると思うよ」


「そうなる前に騎士団を異界カリュシエに遠征させるか」


「それが良いと思うよ。異界カリュシエにはエリュシカよりもずっと多くのモンスターがいるし、マリアさんとティファーナが共同開発した転移門ゲートを使えば、フロンティア基地に行けるんだからさ」


 フロンティア基地とは、異界カリュシエでアリエルが集落を改造した海に近い基地のことだ。


 銀魔水晶を使ったシティバリアが展開されているため、野生のモンスターが入り込む可能性は滅多にない。


 仮に入り込もうとする者がいるとすれば、それはレインボー級モンスターだけである。


 レインボー級モンスターだってわざわざシティバリアを壊しに行かないから、異界カリュシエにおいてもっとも安全なのはフロンティア基地と言えよう。


 毎度エリュシカと異界カリュシエの壁を通過するのは時間がかかるので、今はムラマサ城の地下室に設置された転移門ゲートとフロンティア基地に設置された転移門ゲートが繋げられている。


 これを利用すれば、異界カリュシエにすぐに徒歩0分で移動できる。


 ただし、セキュリティ対策はしっかりしており、現時点で転移門ゲートを使えるのはムラサメ家とその従魔だけに絞られている。


 誤って誰かが異界カリュシエに行ってしまう事態は避けねばならないし、逆にフロンティア基地がレインボー級モンスターに乗っ取られても自由にエリュシカに来れない運用なのだ。


 シルバはアリエルの話に頷きつつ、ふと思いついたことを口にする。


「もしかして、アリエルは将来的にディオニシウス帝国とスロネ王国を相手に魔石の貿易を考えてないか?」


「フッフッフ。流石はシルバ君。よくわかったね。そうだよ。割災が起きない限り、魔石を異界カリュシエに集めに行けるのはムラサメ公国だけになる。そうすれば、この国の地位は安泰だよね」


「黒い! 黒いぞアリエル!」


「やだなぁ。ロザリー義姉さんと比べれば僕なんてまだまだだよ」


 (状況次第ではアリエルの方が腹黒い時もある気がする)


 心の中でそう思っていても、口に出さないだけの分別がシルバにはある。


「とりあえず、今日はこの後フリーだから異界カリュシエに行って来るわ。レイも外を自由に飛びたがってたから、フロンティア基地の様子を見に行くついでに異界カリュシエを偵察して来る」


「忍ぶ気のない威力偵察だよね。行ってらっしゃい」


「まあね。じゃあ、行ってきます」


 執務室を出た後、シルバはレイと合流して地下室に向かい、転移門ゲートを通って異界カリュシエのフロンティア基地に移動した。


『ご主人、早く背中に乗って! 出発するよ!』


 レイは転移門ゲートをくぐってすぐに<収縮シュリンク>を解除して大きくなり、シルバに早く背中に乗ってとせがんだ。


「落ち着けって。ほら、乗ったぞ」


『出発!』


 レイは最初からクライマックスだと言わんばかりにスピードを出し、フロンティア基地を飛び立った。


 異界カリュシエの空は赤く、レイの白い体は目立つ。


 しばらく空を飛び続けていたところ、全速力で空を飛ぶレイが気になったのか追いかけて来るモンスターの群れがいた。


 (半透明? アンデッドか?)


 シルバはあまり遭遇したことがないけれど、幽体のモンスターの群れを見てアンデッド型モンスターだと判断した。


 マジフォンのモンスター図鑑機能によれば、集まって来たのはレイスと各種ゴーストだった。


 レイスはブラック級モンスターであり、各種ゴーストはレッド級以下のモンスターだ。


 アンデッド型モンスターは生者に惹かれる習性があるため、実力さがあれどもシルバとレイを見つけて寄って来てしまったようだ。


「レイ、屍者昇天ターンアンデッドの出番だ」


『任せて!』


 レイは方向転換して敵集団に向き合い、屍者昇天ターンアンデッドを発動した。


 レインボー級モンスターのレイの屍者昇天ターンアンデッドを喰らえば、ブラック級以下のアンデッド型モンスターに耐えられる訳がない。


 あっさりと魔石だけ残して霊体が消えてしまい、レイは残った魔石を<不可視手インビジブルハンド>で回収してみせた。


「お疲れ様。見事な流れだったぞ」


『ドヤァ』


 レイがドヤ顔を披露した直後、地上から空に向かって来る存在にシルバが気づく。


「さっきのレイスよりも強そうなレイスだ」


『それでも10が20になった程度だよ』


 そう言ってレイは屍者昇天ターンアンデッドを発動し、向かって来たレイスを魔石以外消滅させた。


 その間にシルバはモンスター図鑑機能で調べており、レイが倒した個体がアークレイスだと知った。


「レイ、今のレイスはアークレイス。レイスが進化した個体だったみたいだ」


『進化してもさっさと片付けられたから、いくらでもかかって来いだよ』


 そんなレイの言葉が届いたからなのか、シルバ達の真下からアークレイスが3体とレイスが10体現れた。


 どうしてアンデッド型モンスターがこんなにいるのだろうかと疑問に思ったが、シルバはすぐに回答に辿り着いた。


 (ここって死霊王とかいう奴の縄張りか)


 シルバ達の現在地は初めてヒストリア達と遭遇した集落の北に位置する山であり、死霊王の配下らしきモンスター達がシルバとレイに襲い掛かって来たのだ。


「俺も戦おう。參式光の型:仏光陣・掌」


 シルバが技を発動したことで、その背後から光の仏像が現れてその両手を合わせるようにしてアークレイス達を挟んだ。


 光付与ライトエンチャントを用いた攻撃だけではアンデッド型モンスターを昇天させるまでの効果はない。


 しかし、仏像の両手で押し潰すならば話は別だ。


 属性攻撃は単純な物理攻撃が効かない相手にもダメージが入るので、アンデッド型モンスターの苦手な光属性の攻撃によってアークレイス達は力尽きてしまった。


 それぞれの魔石だけが残り、シルバはそれらを回収した。


『むぅ、レイが倒したかったのに~』


「ごめんな。手伝うつもりでやったんだけど、まさか倒せるレベルで効くとは思わなかったんだ」


『敵が弱過ぎたんだね。だったらご主人、死霊王を倒しに行こうよ』


「死霊王を?」


 レイがいきなり死霊王を倒そうと言い出したので、シルバはその意図を教えてほしいと言外に伝えた。


『折角ここまで遊びに来たのに、レイはまだ虹魔石を手に入れてないもん。王を名乗るんだから、きっと死霊王はレインボー級モンスターのはず。だから、そいつを倒してレイがその魔石を貰うの』


 元々はレイの気分転換に来た訳だが、襲い掛かって来たモンスターが弱過ぎてレイの求める虹魔石が手に入らなかった。


 それならば、虹魔石を内包するだろう死霊王を倒せば良いと考えるのは自然なことだ。


 レイは骨のある相手と戦えるし、倒した相手がレインボー級モンスターならその魔石でパワーアップできる。


 帰還予定時刻までかなり余裕があったため、シルバはレイのリクエストに応じることにした。


「わかった。死霊王を探そう」


『わ~い! ご主人ありがとう!』


 目的が決まれば後は行動あるのみだから、シルバとレイは死霊王を探し始めた。

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