第7話 なんとかなる。いや、なんとかする

 行商人殺しと呼ばれる女盗賊を気絶させたシルバはその場に座り込んだおじさんに声をかけた。


「大丈夫か?」


「あぁ、すまねえ。少年のおかげで助かった」


「それは良かった。ところで、こいつは縄か何かで縛った方が良いと思うが使えそうなものはないか?」


「縄ならある。ちょっと待っててくれよな」


 おじさんは立ち上がって馬車の荷台から縄を取り出し、それをシルバに渡した。


 シルバは手際よく行商人殺しをグルグル巻きにして、転がることしかできなくした。


「それにしても少年は強いな。えーっと」


「シルバだ。おじさんは?」


「シルバ、良い名前だ。俺はファルコ。行商人のファルコだ。よろしくな」


「よろしく」


 シルバはファルコと握手を交わした。


 その時、馬車の荷台からシルバと同じぐらいの年齢の赤毛の少女が姿を現した。


「おとーさん、もう出ても良いでしょ?」


「ジーナ、すまん。もう大丈夫だぞ。シルバ、あの子はジーナ。俺の娘だ」


「よろしく、ジーナ」


「よろしくね、シルバ。助けてくれてありがとう。おとーさんってば見掛け倒しの筋肉で全然戦えないんだから、無茶しちゃ駄目なんだよ?」


「面目ねえ」


 ジーナは腰に手を当ててファルコに注意する。


 ファルコも無茶をした自覚があったため、ジーナに対して素直に謝った。


「確かに実用的な筋肉って感じじゃないな」


「シルバ、お前さんは筋肉の違いがわかるのか?」


「まあね。これでも強くなれるように修行してるから」


「なるほど。わかる奴にはわかるってことか。こりゃ筋肉で盗賊を怯えさせる作戦は見直した方が良いな」


「だから言ったじゃん。騙されるのは素人だけだって」


「そりゃ言われたが、何もやらないよりマシだろう?」


 どうやらジーナはファルコの考えた見せきん作戦に反対だったらしい。


 だが、ファルコの考えがまるっきり的外れだったとは言えまい。


 人は相手の第一印象によって態度を変えることが多い。


 筋肉質な者がいたら強そうだと思う者だって当然いるだろう。


 それを盗賊の襲撃の抑止に活かそうとする考えは間違ってはいないのだ。


 勿論、実力が伴っていればもっと効果があるのは言うまでもない。


「2人は何処に向かってるんだ?」


「どこって帝都さ」


「帝都ってディオスか?」


「ディオス以外の帝都を俺は知らんな」


「私、今年軍学校を受験するの。シルバもそうなんでしょ?」


 (ここがディオニシウス帝国なのは好都合だ。話に乗らせてもらおう)


 ファルコとジーナのおかげで今自分のいる場所がディオニシウス帝国だと知り、シルバは表には出さないもののホッとしていた。


 何故なら、ディオニシウス帝国とはシルバが6歳まで育った国だったからだ。


 もっとも、シルバが育った貧民街スラムは帝都ディオスではなく別の都市にあったものだが、マリアの手紙にあった軍学校は帝国内でディオスにしかないから移動の手間がかなり省けた。


 シルバがこのチャンスを逃すなんてことはあり得なかった。


「そうだ。帝都に向かう途中で迷っちゃって、声が聞こえた方角に来たらファルコが行商人殺しとやらに襲われてたんだ」


「そっかぁ。じゃあシルバが道に迷ってなかったら私もおとーさんも助かってなかったのね。幸運に感謝しなくちゃ。神様、ありがとうございます」


 ジーナは両手を組んで目を瞑り、神に祈りを捧げた。


「いやぁ、ホントに助かったぜ。ありがとな、シルバ」


「どういたしまして。ところで、ディオスまで一緒に行っても構わないか?」


「おう、俺からも頼みたい。シルバがいれば盗賊に襲われてもなんとかなりそうだしな。さっき見た強さからして、軍学校では戦闘コースを受験するのか?」


「そうだな。多分そうなる」


「それなら私とは違うね。私は会計コースを受けるから」


「・・・ごめん。どうやら俺が知ってた情報と違いがあるっぽいから、軍学校にどんなコースがあるか教えてほしい」


「良いわ。道中で教えてあげる。おとーさん、そろそろ先に進もう」


「そうだな。出発するぞ」


 シルバ達は馬車に乗ってディオスへと向かった。


 行商人殺しは帝都の入口で衛兵に引き渡すため、馬車の荷台の奥に転がしている。


 行商人殺しのような賞金首の盗賊なら、引き渡すだけでお金になるのだから連れて行かないのは勿体ないのだ。


 御者台にはファルコが据わって操縦し、シルバは荷台の上でジーナから軍学校のコースについて教わり始めた。


「シルバ、さっきの話の続きね。軍学校には5つのコースがあるの。戦闘コース、会計コース、支援コース、衛生コース、参謀コースの5つ」


「そんなにコースが分かれてたのか。知らなかった」


「助けられた私が言うのもどうかと思うけど、シルバはそんな調子で受験できるの?」


「なんとかなる。いや、なんとかする」


「そっか。そこまできっぱり言えるなら大丈夫だね」


 シルバが堂々と答えたものだから、ジーナはそんなに自信があるなら問題なさそうだと判断して話を先に進めることにした。


 ジーナはその後も5つのコースについてシルバに丁寧に説明した。


 戦闘コースは腕に覚えがある者が受験し、盗賊退治や隣国との争い、割災での被害を最小限にするために戦う兵士を養成する。


 会計コースは軍学校卒業後に軍の経理を担う者を養成する。


 支援コースは兵站について学び、有事の際のサポートを引き受ける者を養成する。


 衛生コースは軍医を養成する。


 戦術コースは戦場での戦術を決める参謀を養成する。


 以上の説明を聞き、シルバは自分が戦闘コースを受験しようと改めて判断した。


 <付与術エンチャント>を活用したマッサージを使えば衛生コースでも十分にやっていけると思ったけれど、強くなるなら戦闘コースに入るべきと考えたのだ。


「ありがとう。ジーナは説明が上手いな」


「そうかな? そう言ってもらえると嬉しい」


 シルバに褒められてジーナは照れたように笑った。


 そのやり取りに耳だけ傾けていたファルコが口を挟む。


「シルバ、助けてもらった恩があってもジーナは嫁にやらんぞ!」


「おとーさん、変なこと言わないでよ!」


「変なこととはなんだ! 俺はアイシャからジーナを頼まれたんだ! お前の結婚相手は俺がしっかりと見極めるからな!」


「アイシャって誰?」


 ファルコとジーナの言い合いで新たな人名が登場したので、シルバはそれが誰か気になって訊ねた。


「私のおかーさん。病弱で私が小さい頃に死んじゃったの」


「ごめん」


「大丈夫。もういっぱい泣いて悲しんだから。シルバもおかーさんは大切にしなきゃ駄目だよ?」


「ちょっと待て! 俺は!?」


「なんでもかんでも駄目って言うおとーさんなんて知らない」


「・・・アイシャ、遂にジーナが反抗期に入っちまったよ」


「そういうの人前で止めてよね」


 ジーナはファルコの発言で恥ずかしくなったらしく、顔を赤らめつつもジト目をファルコに向けて止めるように言った。


 ジーナはおとーさんなんて知らないと言ってファルコとの会話を打ち切ると、シルバに話を振った。


「シルバの家族は元気?」


「知らない」


「え?」


「俺は孤児だ。赤ん坊の頃から6歳の頃まで孤児院にいた」


「私こそごめんね」


「気にする必要はない。途中からはマリアが育ててくれたから」


「マリアって誰?」


「俺の育ての親。勉強と実技の師匠」


「そうなんだ。それならさっきは神様に感謝したけどマリアさんにも感謝しなくちゃだね。ありがとう、マリアさん」


 シルバは祈りを捧げるジーナを見て、自分を育ててくれたマリアが拳者マリア=ムラサメであると言わない方が良いと思った。


 常識的に考えてみれば、120歳を超えて若々しい姿のままモンスターを相手に一方的に戦えるはずがない。


 仮にシルバが真実を話したとしても、それをジーナとファルコが信じることは難しいだろう。


 本当のことを言っても嘘つき呼ばわりされるのは辛いから、シルバの判断は正しいと言えよう。


 それから日が暮れるまでの間、シルバはジーナの話し相手をした。


「今日はこれ以上進めねえな。ジーナとシルバ、野営の準備をするから手伝ってくれ」


「はーい」


「わかった」


 ファルコが馬車を停めて野営を宣言すると、シルバはジーナと手分けして燃えそうな枝を探して野営の準備を行った。


 ファルコとジーナはシルバが予想以上に野営慣れしていることに驚いた。


「行商人の俺達よりも野営慣れしてんなぁ」


「おとーさん、感心してないで私達も働かないと」


「そうだな。シルバばっかり働かせちゃ悪い」


 枝を集め終えたら、ファルコが火を起こしてジーナと共に夕食の調理に取り掛かった。


 その間、シルバは行商人殺しが目を覚まして暴れないように見張っていたが、ジーナに呼ばれて温かい食事にありつくことができた。


 食後はジーナ、ファルコ、シルバの順番に見張りを立てて交代で眠りにつき、盗賊に襲われないように警戒しつつ休みを取るのだった。

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