第8話 おとーさんなんて知らない。洗濯物も分けるからね

 翌日、シルバ達は野営していた場所から出発した。


 行商人殺しが目を覚まして暴れたが、シルバがあっさりと気絶させて再びおとなしくなった。


 あと少しで森を抜けられるというタイミングで前方の茂みからカサカサという音が聞こえた。


「ファルコさん、馬車を停めてくれ」


「ん? どうしたんだシルバ?」


「前方の茂みに何かいる」


「盗賊か?」


「いや、この気配は盗賊というより・・・」


 そこまでシルバが行った時、茂みの中から緑色の体表をした背丈は子供で顔は耳長禿げ親父な怪物が集団で現れた。


「「「・・・「「ゲギャ」」・・・」」」


「ゴブリン!? なんでだ!? 割災が起きたのか!?」


「おとーさん落ち着いて! 過去の割災で紛れ込んだ生き残りかもしれないわ!」


 (なるほど。その可能性もあり得るな)


 ファルコとジーナが声を大きくしている中、シルバは冷静にジーナの口にした可能性に納得した。


 それはさておき、ゴブリンをどうにかしなければなるまい。


 ゴブリンは1体いたら30体はいると思えと言われるぐらい繁殖力が高い。


 大して賢くないが妙にしぶとく、徒党を組んで戦うから単体では雑魚でも侮ってはいけない。


 道を塞ぐゴブリン達に対してファルコが馬車を停めると、シルバが馬車から飛び出してゴブリン達に先手を仕掛ける。


「弐式:無刀刃むとうじん!」


「ゲヒ!?」


「ゴブッ!?」


「グベッ!?」


「壱式:拳砲けんぽう!」


「「「・・・「「ゲギャ!?」」・・・」」」


「はい、おしまい」


 シルバは最初に手刀で斬撃を放ってゴブリンの群れを半分まで減らし、攻撃されて怒ったゴブリン達が突撃して来るのを狙って正拳から衝撃波を飛ばして倒した。


 異界でゴブリンとは比べ物にならない程強いモンスターとも戦ってきたため、ゴブリンが10体ぐらい集まったってシルバからすれば大したことはなかった。


「すご~い! すごいすごいすごい! シルバ強い!」


「嘘だろおい・・・」


 ジーナはシルバの強さにすごいを連発し、ファルコは呆然としていた。


 自分の3分の1しか生きていない子供がここまで強ければ、ファルコの反応も頷けるだろう。


 ジーナはシルバが馬車に戻って来ると目を輝かせて駆け寄った。


「シルバ、貴方すごいのね!」


「あれぐらい大したことないよ。ジーナ、ゴブリンって倒したらお金になるの?」


「なる! 右耳を削いで持って行けば良いんだよ! 盗賊は生死問わずだけどゴブリンは見つけて殺したら右耳を提出するの! 倒した分だけお金が貰えるのよ!」


「そっか。それなら回収しとかなくちゃね」


 ジーナに良いことを教わったので、シルバは倒した全てのゴブリンの右耳を回収した。


 腰蓑は汚くて触りたくなかったし、棍棒は太い木の棒だったから特に回収する必要はない。


 死体を放置するのは拙いので、穴を掘ってその死体を埋めてからシルバ達はその場を出発した。


 森を抜けてから1時間程馬車を走らせ、昼前になってようやくシルバ達は要塞都市を視界に捉えることができた。


「これが帝都ディオス・・・」


「おっきいね~」


「ハッハッハ。ジーナもシルバも初めてだもんな。そりゃ驚くか」


 シルバとジーナが立派な壁に目を奪われていると、ディオスに来たことのあるファルコがそんな2人を見て笑った。


 外からディオスに初めて来た者はまず間違いなく立派な壁を見て驚く。


 2人がまさにそんな感じだったからファルコは笑ったのだ。


 馬車で門まで移動すれば、門番がファルコに声をかける。


「大人は半銀貨1枚で子供は大銅貨5枚だ。それと止まって身分を証明する者を提示してくれ」


「わかった。行商人のファルコだ。後ろに乗ってるのは娘のジーナと護衛のシルバ。子供達は軍学校の試験を受ける予定だ。それと生け捕りにした行商人殺しがいるから買い取ってくれ。あと、ゴブリンの耳もある」


「行商人殺しにゴブリンの耳だと!? わかった。見せてくれ」


 門番は馬車の中に転がされている行商人殺しを確認し、馬車から引き摺り下ろして詰め所にある手配書と見比べた。


 行商人殺しの特徴に一致したため、門番は銀貨50枚と半銀貨1枚を袋に入れてファルコに渡した。


 続いてゴブリンの右耳についても検分し、本物であることを確認した。


「無事にディオスに到着できて良かったな。報酬の50万1,000エリカだ」


「確かに受け取った。シルバ、これはお前のもんだ。貰ってくれ」


「良いのか?」


「良いに決まってんだろ。俺達はシルバに助けられたんだからな。ここで欲張って報酬を貰えば身を滅ぼす。悪銭身に付かずってな。だから貰ってくれ」


「わかった」


 ファルコが欲を出して報奨金を貰うことを良しとしなかったため、シルバは50万1,000エリカを受け取った。


 チラッと確認してみたところ、その硬貨はシルバがマリアから貰った物と変わっていなかったのは運が良かったと言えよう。


「ところで、ゴブリンには何処で遭遇した?」


「ニュクスの森だ。行商人殺しに遭遇したのもそこだった」


「情報提供に感謝する。もしかすると、まだゴブリンの生き残りがいるかもしれん。至急討伐隊を組むように上に報告しなければ」


「お役に立てて良かったぜ」


「ああ。では通って良いぞ。旅の疲れをゆっくり取ると良い」


 門番はそう言ってシルバ達の乗る馬車を通した。


 (俺がいた場所の門番とは全然違うなぁ)


 既に4年が経過しているが、シルバは孤児院があった場所の門番と今対応してくれた門番の違いに静かに驚いていた。


 シルバが昔住んでいた場所の門番は不真面目であり、通行税と称して余所者や貧民街スラムの住民に強気に出て多めにふんだくるような奴だった。


 それに比べてディオスの門番は私欲を満たさず職務を全うしたので、門番=小悪党という訳でもないのかと認識を改めた。


 ディオスの壁内に入ると、ファルコは馬車を操りながらシルバに声をかけた。


「シルバ、俺達はこのまま俺の馴染みの宿屋に行くがどうする?」


「試験は明日の予定だから一緒の所に泊まろうよ」


「おい、シルバ。部屋は別だからな? ジーナと一緒の部屋で泊まるなんてことはさせないからな?」


「わかってる」


 シルバは元々一人部屋の方がありがたかったから、ファルコに言われずとも部屋は別々にするつもりだった。


 ファルコが過保護なのでジーナは腕を組んで頬を膨らませた。


「おとーさんしつこい!」


「・・・アイシャ、ジーナが本格的に反抗期に入っちまったよ」


「そういうの人前で止めてって言ったよね!?」


 (これが親か。俺にとってのマリアみたいなもの・・・、だよな?)


 シルバはマリアとファルコを頭の中で比べ、同じ親というカテゴリーに入れて良いものか悩んだ。


 血が繋がっているかどうかは些細な問題である。


 マリアの特徴を挙げるならば、腕っぷしが強くてスキンシップが激しいことだろう。


 80年以上も独りで異界にいたこともあり、マリアは一緒に暮らすようになったシルバにスキンシップを求めることが多かった。


 抱き枕にされることがしょっちゅうあり、シルバは自力で脱出できないのであきらめていたがエリュシカに戻って来た今なら1人で寝られる。


 昨日の野営はノーカウントだとして、久し振りに1人でゆっくり寝られると期待しているぐらいだ。


 その一方、ファルコは愛する妻を亡くしてジーナしか家族がいないから過保護になっている。


 これはただジーナを大切に思っているからこその反応であり、マリアのスキンシップとは別物だと結論付けた。


 さて、ファルコとジーナの言い合いは宿屋に着いたことで終わった。


「おっと、着いたぞ。ここが青髭亭だ。俺の修業時代の兄弟子が婿入りした宿屋なんだ」


「へー。おとーさんの兄弟子さんの宿なんだ」


「ジーナ、もうちょっと興味を持ってくれても良いんじゃないか?」


「おとーさんなんて知らない。洗濯物も分けるからね」


「・・・アイシャ、ジーナが俺に厳しいよ」


「しつこい!」


 (ジーナがイラっと来るのもわかる気がする)


 傍観していたシルバもそろそろファルコがしつこいと思えるようになっていた。


 そこにファルコと比べてほっそりとしたナイスミドルが現れた。


「騒がしいと思ったらファルコか。いらっしゃい。子供は女の子だけって聞いてたけど?」


「その通りだ。この子は娘のジーナ。男の方はシルバ。ニュクスの森で行商人殺しとゴブリンから俺達を助けてくれたんだ」


「お世話になります。ジーナです」


「お世話になります。シルバです」


 ジーナが丁寧な口調で挨拶するものだから、シルバもそれにつられて丁寧な口調になった。


「俺はオルガ。ファルコの兄弟子だ。今は婿入りしてこの青髭亭で働いてる。よろしくな。ファルコ、馬車を馬小屋に停めて来な。そしたら宿泊手続きをするから」


「おう」


 その後、シルバは一人部屋を確保してファルコ達と一緒に昼食を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る