第9話 君は賞金首ホイホイなのかな?

 昼食後、ファルコとジーナがディオスに持ち込んだ品を売りに行くため別行動となり、シルバはブラブラとディオスを散策しながら情報を集めることにした。


 異界からエリュシカに戻って来たら軍学校に通えとマリアから言われており、その入学試験があるならばシルバにそれを受けない選択肢はない。


 付け焼刃には違いないが、情報収集をしておいて損はないだろうから買い物をしがてら良さげな情報を仕入れるつもりである。


 (さて、誰から話を聞いたものかっておい)


 シルバは目の前の中性的な顔をした金髪の少年が2人組の掏摸スリの被害に遭っているのを目撃した。


 その手口は片方がターゲットに肩をぶつけて注意を引き、もう片方が通り過ぎる振りをして巾着を盗むのだ。


 シルバがその手口に気づけたのは、彼が生まれ育った貧民街スラムでも余所者や新入りがそれでカモられていたからだ。


 中性的な少年は赤の他人だが、見た感じ同じ年頃ならば明日の軍学校の試験について何か情報を掴めるかもしれない。


 そう判断してシルバはこの場からそそくさと立ち去ろうとする掏摸の片割れに向かって走り出した。


「ちょび髭のおっさん、盗んだ物を出しな!」


「なんだクソガキ! 一体何を根拠に俺を泥棒扱いしやがる?」


「根拠ならお前の上着のポケットにある巾着だ。あそこでお仲間と揉めてる奴の物だろ? 俺はしっかりと見てたぜ」


 シルバが堂々と言ってみせると、シルバとちょび髭の中年に通りにいた者達からの注目が集まる。


「あいつ掏摸したのか?」


「手配書に出てた奴じゃね?」


「手配書のってあれか? 受験生ハンター。毎年軍学校の受験生を狙うんだっけ?」


 通りにいた者達の声を耳で拾い、シルバはニヤリと笑う。


「へぇ、お前賞金首か」


「クソッ! どけぇ!」


 ちょび髭の中年は巾着を入れていない方のポケットから折り畳み式ナイフを取り出し、シルバに突き刺すつもりで突撃した。


「參式:柳舞やなぎまい


 シルバはツッコんで来るちょび髭中年を腕で払って受け流し、バランスを崩したところで背後に回って首トンを決めた。


 ナイフと巾着を回収すると、被害者と中性的な少年の所に向かう。


「そこの短足デブ、お仲間は寝てるぞ。投降するなら痛くしないけど反抗するなら痛めつける」


「ひっ、もうしません! 許して下さい!」


 短足デブと呼ばれた中年は土下座して謝った。


 いや、正確にはそう見せかけて服の中に仕込んでいたナイフを取り出してシルバに反撃しようとしていた。


「バレバレだから」


「ゴフッ!?」


 シルバは短足デブの不意打ちを予想して踵落としを脳天に決め、あっさりと掏摸コンビの受験生ハンターは無力化された。


 全てが終わったところで衛兵がやって来た。


「あれ、君はさっきの?」


「あっ、門番さん。どうも」


 シルバはディオスに入る際に会った門番がいることに気づいてお辞儀をした。


「この2人は君がやったのか?」


「はい。掏摸の現行犯です。街の人達が受験生ハンターじゃないかって言ってました」


「君は賞金首ホイホイなのかな?」


「どうなんでしょう? ブラブラ散策してたら遭遇したので偶然だと思いますが」


「まあ偶然だろうな。悪いが詰所に同行してもらうぞ」


「わかりました」


「絡まれてた君もついて来てくれ」


「は、はいっ」


 シルバと中性的な少年は門番に連れられて近くの詰所に移動した。


 門番は受験生ハンターを待機していた衛兵に引き渡すと、兜を脱いで椅子に座った。


「こうして1日に2回も会うのは何かの縁だから名乗らせてもらおう。権天使級プリンシパリティのソッドだ。よろしく」


 ソッドはマッチョな青年であり、ファルコの見せ筋とは違ってその筋肉は実用的なものだった。


「シルバです。明日の軍学校の試験を受けに来た受験生です。よろしくお願いします」


「ぼ、僕はアルです。僕も受験生です。よろしくお願いします」


 シルバが名乗ったので中性的な少年、いや、アルもその後に続いて名乗った。


「シルバ君は戦闘コースを受けるんだろうけど、アル君はどのコースを受験するんだい?」


「僕も戦闘コースです」


「君もだったのか。アル君は近接戦闘タイプじゃなさそうに見えるけど、魔法スキルでもあるのかな?」


「はい。腕っぷしには自信がありません」


「・・・それはきっぱり言わない方が良いんじゃないだろうか」


 (俺もそー思う)


 ソッドが苦笑しながらコメントしたが、シルバも同意していた。


 仮にもこれから軍学校の試験、それも戦闘コースを受験するのに腕っぷしには自信がありませんと言って大丈夫だろうか。


 いや、大丈夫ではない。


 ソッドはコホンと咳払いをして話題を変えることにした。


「それにしても、シルバ君は大したものだ。行商人殺しを捕縛したと思ったら、今度は受験生ハンターを捕まえるんだもんな。受験生ハンターの戦闘力は大したことないが、行商人殺しは天使級エンジェルにも匹敵する。どうやって捕まえたんだ?」


「偶然行商人殺しとファルコさんが対峙してる所に出くわしたので、背後から襲撃して気絶させました」


「おや、シルバ君はファルコさんの護衛じゃなかったのかい?」


「行商人殺しを捕まえるまではお互いのことを知りませんでした。俺が彼等の護衛になったのは行商人殺しを捕まえてからディオスに来るまでです。彼等に出会うまではニュクスの森で迷ってました」


「そういうことだったのか。合点がいったよ。ファルコさんかどうかを問わず、行商人がシルバ君みたいに若い護衛を雇うとは考えにくいからね」


「そうでしょうね」


 一般的に考えてみれば、10歳の少年を護衛に雇う行商人なんていない。


 そんな非現実的なことが起きているのだとしたら、何かしらその事態を受け入れるための出来事が起きているはずである。


 ソッドはそのように考えていたからシルバの話を聞いてようやく合点がいったのだ。


 アルはシルバとソッドの話を聞いて目を輝かせた。


「シルバ君って強いんですね!」


「まだまだ大したことないよ。俺の師匠は俺とは比べ物にならないぐらい強いから。デコピンだけで俺のことをぶっ飛ばせるし」


 シルバが遠い目を死ながら答えると、アルの顔が引き攣った。


「シルバ君がそこまで言うなんてどれだけ強いんですか?」


「私も気になるな。そんなに強い人なら軍に入ったら上に行けるだろうに」


 (智天使級ケルブだったらしいからソッドさんじゃ歯が立たないだろうな)


 マリアから聞いていた彼女が軍に在籍していた頃の階級を思い出し、シルバは心の中で苦笑した。


 マリアがまだ生きているという事実もそうだが、エリュシカにいた時よりも異界にいる今の方がさらに強くなっていることも口外できない。


 下手なことを言えば、エリュシカにいる全ての民を混乱させてしまうからだ。


 その後、シルバは受験生ハンターの懸賞金が準備できるまで明日の入学試験の情報収集をした。


 アルが情報源としては当たりであり、そのおかげでシルバも気持ちの準備ができた。


 衛兵の1人がソッドに報奨金を届け、それをソッドがシルバに手渡した。


「シルバ君、報奨金の銀貨1枚だ」


「ゴブリン100体分ですか。あの程度でも意外と貰えるんですね」


「ブフッ」


 シルバの例え方があまりにもあんまりなものだったから、ソッドは思わず吹き出してしまった。


「どうかしました?」


「いや、悪党をゴブリン換算する者とは今まで会ったことがなかったから思わずね」


「でも、事実でしょう?」


「確かにそうだ。未来ある子供から金品を奪う下衆はゴブリンと同類だ。今度部下に気合を入れる時にそのフレーズを使わせてもらうよ」


「それで気合が入りますかね?」


「入る入らないじゃない。入れるんだよ」


「なるほど。そういうことですか」


 シルバはこの人もなかなかゴリ押しするタイプなんだろうとソッドを評価した。


 詰所でやるべきことは全て終わったため、シルバとアルはソッドと別れて詰所を出た。


「アルは何処に泊まってるんだ?」


「僕はまだ決まってないんだ。宿の評判を聞いて決めようと思ってたから。詰所で思ったより時間を使っちゃったから、どこかの宿に空きがあると良いんだけど」


「それなら俺が泊まる所に行ってみないか? 俺が部屋を借りた昼前はいくつか部屋が空いてたぞ」


「本当? じゃあ案内してもらおうかな」


 それからシルバとアルは青髭亭に移動した。


 青髭亭も満室になっていたが、アルの事情を聞いたオルガがシルバさえ良ければ相部屋にしてはどうかと言い、シルバはそれを了承した。


 寝床を確保できてアルはホッとしたような申し訳ないような顔をしたが、オルガ曰くこの時間ではどこも空きがないのでオルガとシルバに甘えることにした。


 そして、翌日の朝、シルバはジーナとアルと共に軍学校へと向かった。

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