第10話 村雨流格闘術、推して参る!
軍学校にはシルバ達のように受験生がたくさん集まっていた。
「それじゃ、会計コースはあっちだから」
「ああ。お互い受かれば良いな」
「うん。またね」
ジーナは会計コースの試験会場の看板を見つけ、シルバとアルから離れて指定の場所へと向かった。
「シルバ君、戦闘コースの会場の看板を見つけました。行きましょう」
「おう」
アルに連れられてシルバはそのまま戦闘コースの試験会場へと向かった。
その会場は教室だった。
戦闘コースの入学試験は座学と実技の2つで構成されており、最初は座学試験なのだ。
シルバとアルは一緒に来たため受験番号も連番であり、座学試験の教室では2人が縦並びになった。
2人が着席してから受験生が次々に教室に入り、5分と経たない内に教室の席はなくなってしまった。
そこに軍服を着ているものの茶髪のボサボサ頭がだらしなさを漂わせる青年がやって来た。
「よーし座ってんなー。これから筆記試験を始める。ペンはこっちで用意した物を使ってもらうから机の上の物は直ちにしまえー。先頭の席の受験生に1列分ずつ問題用紙と回答用紙を順番に配るぞー」
やる気なく間延びした口調でそう言うと、中年男性が問題用紙と回答用紙を配り始めた。
中年男性はそれらが最後列の受験生まで行き渡るのを確認し、再びだるそうに口を開く。
「あー、入学試験で良い成績になれば入学後に質の高い教室で授業を受けられる。実技に自信ねえ奴は1点でも多く取れるように頑張りなー。回答時間は1時間だが解き終わったら手を挙げろ。提出して実技試験に向かってもらう。んじゃ、試験開始」
中年男性の合図と同時に室内の受験生全員が試験に取り組み始めた。
試験開始から5分とかからずシルバは最後の1問以外解き終えていた。
(入学試験ってこんな簡単な問題で良いのか?)
シルバは心配に思ってカンニングと思われない範囲でチラッと周囲の様子を窺った。
ところが、シルバの周囲の受験者達はまだまだ必死に問題を解いている最中であり、難問にぶつかった表情をする者すらいた。
(もしかしてマリアに詰め込まれた知識って軍学校レベルなんて余裕で越えてた?)
シルバの推測は正しい。
実はマリアが異界に旅立ってからエリュシカの学術は衰退している。
それはマリアが一度は引き上げた水準を後続の者達が維持できずにあれこれと理論が虫食いになってしまった。
虫食いになった部分を研究する者もいるが、その研究が実用的な段階に再び到達するまで待っていられないからと虫食いになっていない所だけで無理に理論を完結してしまった。
筆記試験の最終問題はその虫食い部分の理論に関する問題だった。
(モンスターのスキルとか異界でじっくり観察して来た俺にはどうってことないな)
シルバは自分の知っている情報をサクッと書いて座学試験を終えた。
見直しも含めて試験開始から10分で終わり、シルバは挙手して中年男性に回答用紙を渡して実技試験の会場へと向かった。
会場はグラウンドであり、シルバが1人も戦闘コースの受験生と遭遇することはなくそこに到着してしまった。
グラウンドには実技試験の試験監督が待っていた。
「今年の受験生は優秀だな。もう来たのか」
「去年がどうかは知りませんが、座学試験が終わったのでこっちに来るように案内されました」
「ふむ。では受験番号33番、最初にこの線の手前から離れた的を壊せ」
「わかりました。弐式雷の型:
「えぇ・・・」
シルバは試験監督に言われた通り、線の手前から指差された遠くの的に向かって雷を帯びた斬撃を手刀のフォームで放った。
試験監督が驚いた理由は2点あった。
1点目は線の手前という説明を聞いて手前ギリギリまで移動せず、話を聞いたその場から攻撃したこと。
2点目はシルバの弐式雷の型:
10歳でここまでできる者は今まで見たことがなかったから、試験監督は冷や汗をかくレベルで驚いたのだ。
それでも自分の役目を忘れてはいなかったらしく、試験監督は短距離走や反復横跳び、投擲等を次々にシルバに案内した。
(試験監督が毎回俺の結果に驚いてるけどそんなにすごいか?)
シルバにはマリアという師匠しか比較対象がいなかったから、この程度の記録じゃマリアの足元にも及ばないのにと不思議に思っていた。
だがちょっと待ってほしい。
比べる相手を考えるべきではないだろうか。
もっとも、残念なことにそれをシルバに指摘できる者がこの場にいないのだが。
実技試験最後の科目は模擬戦だった。
そして、シルバの対戦相手はソッドだった。
「ソッドさん、こんにちは」
「やあ、シルバ君。もしかしたらって思ってたけど、本当に君の相手をすることになるとはね」
「昨日会った時に予想できてたんですか?」
「まあね。私は戦闘コースの入学試験で優秀な人材が見つかった時に相手をするよう命じられてるんだ。
「なるほど、そういうことでしたか」
「そういうことさ。さて、行商人殺しと受験生ハンターを倒したシルバ君の実力を試させてもらおうじゃないか」
そこまで話が進んだところで試験監督が模擬戦を取り仕切る。
「これより実技試験最終項目、模擬戦を始める。受験番号33番の勝利条件は5分間ソッドさんの攻撃を避けて意識を保ったままでいるか、掠らせるのでも構わないからソッドさんに攻撃を当てることだ」
「私は剣が得物だから木剣を使用するが、シルバ君の武器はどうする?」
「俺はこの肉体が武器なんでそれ以外は使いません」
「そうか。ならば
ソッドは本気で来いと言った時にはプレッシャーを放っており、シルバもそれに応じて臨戦態勢に入った。
「村雨流格闘術、推して参る!」
「試合開始!」
試験監督が双方の準備ができたと判断して開始の合図を告げた途端、シルバが先手を打った。
「壱式:
「ほう! 面白い!」
シルバが拳圧だけで攻撃したため、ソッドはそれを木剣で弾きながらニヤリと笑った。
「まだまだ! 壱式水の型:
「やるね!」
シルバによって水を纏わせた右ストレートが放たれると、拳から水滴が散弾と化してソッドを襲う。
しかし、ソッドは巧みに木剣を操って殺傷力のある水滴を捌いてみせた。
「今度は私から攻撃するぞ! 捌いてみたまえ!」
ソッドは木剣を高速で振るっていくつもの斬撃を飛ばした。
「參式水の型:
シルバはそれらの斬撃のコースを見極め、足捌きだけで躱し切れない斬撃のみ水を纏わせた掌で受け流してみせた。
「良い! 実に良いぞ!」
「壱式雷の型:
シルバが紫の雷を纏わせた右ストレートが放つと、拳から紫の雷が拳を模ったままソッドに向かって飛んで行く。
しかも、壱式雷の型:
「これは受けたら不味いな」
先程までとは打って変わって冷静になったソッドが木剣で受けずに躱した。
その判断は正しい。
壱式雷の型:
ソッドは壱式雷の型:
シルバはここで攻め続ける判断を下した。
守りに入って5分時間稼ぐよりも、ソッドに掠り傷でも良いからダメージを与えることを狙っているということだ。
「壱式水の型:
「やるじゃないか! 少し本気を出そう!」
ソッドは木剣を先程よりも更に高速で振るって鳥の巣みたいになった斬撃を飛ばした。
1回目の時よりも込められた力は強く、シルバの連続攻撃はソッドの物量攻撃によって相殺された。
「5分経過! そこまで!」
「もう5分経ちましたか」
シルバは模擬戦が終了したとわかって体を楽にした。
「ふぅ。あっという間だったな。試合時間は10分でも全然問題なかったね」
「ソッドさん、受験生相手に本気出すとか勘弁して下さいよ」
「全然問題ないさ。シルバ君にはまだまだ引き出しがありそうだし。そうだろう、シルバ君?」
「ええ、まあ」
「ほら」
「ほら、じゃないですって。受験番号33番は2属性使ってソッドさんと渡り合える金の卵なんですよ? 何かあったらどうするんですか?」
「だから続けてないじゃないか。シルバ君、良い試合だった。時間があればまた戦おう」
「よろしくお願いします」
シルバにとってもソッドは鍛錬の相手に都合が良かったので、ソッドの申し出を快諾した。
ソッドが役目を終えてグラウンドから去ると、試験監督はシルバに実技試験と座学試験の結果は明日発表だと伝えて次の受験生の対応に移った。
シルバもやることが全て終わったので軍学校から青髭亭へと帰ることにした。
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