第1章 拳者の弟子、エリュシカに舞い戻る
第6話 あれ、どっちが悪者なんだ?
罅割れた空間を通過してエリュシカのとある森に飛ばされたシルバは、割災が収まったことで異界に戻れなくなってしまった。
「クソッ、頭痛い・・・」
シルバはマリアにデコピンされた額に手をやり、その痛みにムスッとした。
それでも、戻れなくなってしまったものは仕方ないと割り切ってマリアに言われた通り持たされたリュックの中に入っていた手紙を取り出して読み始めた。
◆◆◆◆◆
シルバへ
貴方を拾ったのは私がレッドブルから猛烈な
お姉ちゃん誰って警戒心丸出しで言われた時は私もまだまだいけるなって思って嬉しかったわ。
最初は私を幽霊でも見てるかのように驚いてたけど、お腹を空かせた貴方は私の用意したスープの匂いにやられて涎をダラダラと垂らしてた。
スープをあげただけで警戒心を解くのは不用心だから、そっちに行ったら気を付けなさい。
人間はそこまで善い生き物ではないわ。
あっ、そもそも貴方はエリュシカの
それはさておき、貴方は私に4年間鍛えられて立派な戦士になった。
私の見立てでは今のシルバは
10歳で
そこで私が教えた知識と現代の知識の擦り合わせを行うと共に、上の階級に上がれるよう頑張りなさい。
1人突出すると変な恨みを買うでしょうから、頼れる仲間も必ず見つけること。
派閥を作ればそこが貴方の居場所になる。
居場所ができれば貴方はきっと寂しくなくなるし、私が貴方に経験させてあげたい青春を知ることもできるはずよ。
軍学校に行くために貴方が最初にすべきことはリュックの中身の確認と現在地の特定ね。
リュックの中には必要になりそうな物を詰め込んでおいたから役に立てなさい。
現在地については、中途半端な状態で送り出す形になってしまってごめんなさい。
異界で割災が起きる時はいつどこで起きるかわかっても、エリュシカのどこに繋がるかまでは流石の私も把握できてないの。
どうにか人の集まる国に辿り着いてちょうだい。
貴方任せになってしまうことも多くとも、何人たりとも若人から青春を取り上げてはならないのよ。
こういわれて年寄り臭いって思われたら悲しいな。
シルバならそんな酷いこと言わないわよね?
私、信じてるからね?
とまあ青春のことはこの辺にして、村雨流格闘術についてのアドバイスもしないとね。
まずは毎日私が教えた基礎を3セットずつこなしなさい。
武道に近道はないの。
滅茶苦茶強くなった私だって1日休んだらその遅れを取り戻すのに3日はかかるから面倒だと思ってもサボっちゃ駄目よ?
まあ、貴方ならサボった後に必死に遅れを取り戻したこともあったからサボらないでしょうけど。
貴方は私の教え子の中で最も頑張り屋さんだったわ。
エリュシカにいた頃に教育した子達はすぐに音を上げたけど、貴方は強くなるという気持ちが人一倍強かったと思うの。
向上心がある限り貴方は強くなり続けるって保障するからこれからも頑張ってね。
基本の型も応用の型もちゃんと好き嫌いせずに使いなさい。
そうだ、話は変わるけど貴方の<
リュックの中にも私が持ってたもので良ければお金は入れてあるわ。
貨幣の種類が変わってなければ、切り詰めて暮らしても3年が限界だと思うから早い内からお金を稼ぎなさい。
もしも貨幣の種類が変わってたら、マッサージをするなりエリュシカに紛れ込んだモンスターを倒すなりして稼ぐのよ。
決して悪事に手を染めてはいけないわ。
お姉さんとの約束だぞ♪
最後になるけど、貴方は私の寂しさを埋めてくれたかけがえのない存在だわ。
また、会える機会があったら強くなった姿を見せて私を喜ばせてくれると嬉しいな。
今までありがとね。
愛を込めて マリアより
◆◆◆◆◆
「デコピンしといて何言ってんだよ、マリアの馬鹿」
手紙を読み終えたシルバは泣きそうになるのを必死に堪えて悪態をついた。
エリュシカの孤児院にいた頃、シルバはただの孤児Aだった。
人がいなくなっても1日探していなければ諦められるので、昔いた孤児院でシルバのことを覚えている者はいないに違いない。
そんな環境で育ったシルバに対し、マリアは愛情を込めて4年間生き残るために必要なことを教えてくれた。
鍛錬が辛いと思う日がなかったと言えば嘘になるが、マリアが自分のためを思って指導してくれたことにシルバは深く感謝していた。
シルバはマリアの手紙を丁寧に折ってリュックにしまうと、リュックの中身を確認し始めた。
木を削って作った水筒に1週間分の携帯食料、モンスターの素材で作られたマント、マリアがエリュシカにいた頃に作った手書きの地図、お金。
これに加えて先程読んだ手紙がリュックの中身の全てである。
水筒と携帯食料が生命線なのは当然なこととして、マントも野宿する時の毛布代わりや防水性にも優れているから重宝する。
残る地図とお金もないよりはあった方が良いだろう。
地図は現在地がわかればどちらに向かうべきだと判断する材料になるが、シルバが今どこにいるのかわかっていないので出番はまだ先だ。
お金も人がいる場所に行かなければどうしようもないので、今はまだリュックの中にしまっておくしかない。
「さて、これからどうしたものか」
荷物の確認が終わったため、どっちに進んだものやらと携帯食料で昼食を取りながらシルバは悩んだ。
全く見覚えがない場所なので、昼食を終えてから近くに落ちていた木の枝を地面に垂直に立てて倒れた方向に進むことにした。
木の枝の先端が指したのは右だった。
「右か。地図通り東とは限らないよなぁ。行くしかないけど」
シルバは木の枝が指した方向に向かって歩き始めた。
鬱蒼とした森には日光がほとんど入らず、まだ日没までかなり時間があるはずなのに森の中は薄暗い。
「誰か通りかかってくれないかな? ・・・そんな都合良く人がいるはずないか」
シルバは淡い期待を口にしては、ご都合主義な展開が起きる訳ないと期待を捨てた。
しかし、10分ぐらい歩いた所でシルバの耳に人の声が聞こえた。
「・・・ッハァ・・・」
「・・・のれ・・・」
「オラァ!」
「チッ」
「なんだなんだ? 喧嘩か?」
複数人が言い争っているように聞こえたので、シルバは気配をできる限り遮断して足音にも気をつけて声のする方向へと進んだ。
すると、ギザギザな半袖の上着を着た筋肉質なおじさんと立派な革鎧を着た女性が対峙していた。
「痛い目に遭う前に降伏しろ!」
「私がお前如きに負けるとでも? そちらこそ積荷を置いていけば見逃してやっても良いぞ」
(あれ、どっちが悪者なんだ?)
幌馬車の前で手斧を構えるマッチョなおじさんと上等な革鎧にナイフを持った女性の関係は、パッと見て盗賊と積荷を取り返しに来た者のように思える。
しかしながら、おじさんが幌馬車を守ろうとしており、女性がそれを奪おうと実力行使に出ているようにも見えた。
それゆえ、シルバはどっちが悪者なのかわからなくなった訳である。
どちらが善でどっちが悪か明らかな状況であれば、善の方に味方をすれば良い。
では、両者の善悪の立場が分からない場合はどうすれば良いか?
答えは簡単である。
どちらも無力化して事情を聞けば良いのだ。
シルバは自分から近くの位置にいた女性から無力化することにした。
「
ボソッとシルバが呟くと、シルバの体を雷が覆った。
その音に革鎧の女性が気付き、おじさんから視界をチラッと外してシルバのいる方角に声をかけた。
「何者だ!?」
「行商人殺しの味方じゃないのか? 助けてくれ! この女に襲われてるんだ!」
「チッ」
おじさんの発言に舌打ちし、行商人殺しと呼ばれた女性は先におじさんを殺そうと動き出す。
だが、
「まさかこっちが悪者とはね」
「ふぅぅぅ、助かったぁぁぁ」
シルバによって行商人殺しが気絶させられると、おじさんの手から手斧が落ちてその場に座り込んでしまった。
シルバはどうにか正しい選択ができたようだ。
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