第5話 お~いシルバ、模擬戦するわよ
シルバが異界に来て4年が経ったある日、唐突にマリアが魔力操作の訓練をしているシルバに声をかけた。
「お~いシルバ、模擬戦するわよ」
「いきなりどうしたの? 今日の午前は魔力操作の訓練の時間でしょ?」
「今日に関して言えば良いの。時間がないから」
「時間がない?」
「とりあえず外に出る! ほら!」
「わかった」
マリアがどうしても自分を外に連れ出したいのだと察したため、シルバは訓練を中断して家の外に出た。
家の外のリングに両者とも入ってからマリアが口を開いた。
「突然だけど、今日の模擬戦は卒業試験よ。私に今日までの4年ちょっとで鍛えて来たもの全てをぶつけなさい」
「なんで?」
「なんでもよ。良いから構えなさい」
「はいはい」
「はいは1回!」
「はい!」
日常から雰囲気がガラッと切り替わり、拳者として振舞うマリアを前にすればシルバも強制的に戦闘態勢にならざるを得なかった。
理由はどうあれ、今このタイミングでマリアと戦う必要があるとマリアが判断した以上、自分には戦う以外の選択肢を選べないからである。
「私は一切スキルなしで戦うけど、シルバはありで構わないわ。とにかく全力でかかって来なさい」
「・・・行くぞ」
実力差があるのは事実だから、ハンデがなければシルバはマリアの相手にもならないのは間違いない。
しかしながら、ハンデがなければ戦いにならないと思われていることが悔しいのも事実なので、シルバは【村雨流格闘術】を使わせてやると静かに闘争心を燃やした。
「壱式水の型:
シルバが放ったのは【村雨流格闘術】の壱式:拳砲に
シルバが水を纏わせた右ストレートを放つと、水滴が散弾と化してマリアを襲う。
「ふむ。足の速い相手への初手としては悪くないわね」
「だったら息も切らさず余裕で躱すなよ」
「何言ってんのよ。シルバの応用技は覚えて半年ぐらいの熟練度なのよ? 私に届かせるには全然熟練度が足りないわ」
「クソッ、事実だから何も言えねえ」
異界で90年以上過ごして来たのなら、自分の戦闘技術を磨く時間はいくらでも用意できる。
最後の4年はシルバの面倒を見ていたとはいえ、マリアもシルバに課題を与えている間に自己鍛錬をしていたから腕が鈍ることはなかった訳だ。
「今度は私から行くわよ!」
マリアが力強く足を踏み込むと、一瞬にしてシルバとの距離が縮まった。
「防いでみなさい!」
「參式水の型:
シルバは水を左手に纏わせたまま、マリアから繰り出される正拳を後ろに受け流すように斜めにカットする。
その際、マリアの攻撃の衝撃でシルバの左手を覆っていた水は吹き飛ばされてしまうが、シルバはマリアの攻撃を防ぐことに成功した。
今のは參式:
マリアの教えは防ぐだけで終わらず反撃しろというものだったので、シルバはその教えに従って反撃に出た。
「弐式雷の型:
シルバは參式水の型:流水掌で使わなかった右腕に雷を纏わせ、至近距離から帯電した斬撃をマリアの顔に向けて放った。
「危なっ! シルバ、乙女の顔に容赦なく斬撃飛ばすってどういうことよ!」
これには流石のマリアも慌てる。
避けられるとしても、自分は乙女の顔を傷つけて良いなんて教えてきたつもりはないので予想外だったのだ。
「乙女?」
「OK。そこから教育し直さないといけないわね」
乙女とは誰のことを言っているのだと首を傾げるシルバに対し、マリアは全く目の笑っていない笑みを浮かべた。
その瞬間、シルバはやってしまったと今になって気づいた。
「逃がさないわよ」
「ひぃっ!?」
「人の顔を見て怯えるなんて失礼じゃない?」
「今の自分の顔を見てから言え!」
プレッシャー全開の笑身を浮かべて拳で乱れ撃ちを放つマリアを見れば、シルバが怯えないはずなかった。
異界で誰よりもマリアの強さを知っているという自負があったから、とてもではないが今のマリアの顔を見て素敵な笑顔とは言えないのである。
必死にマリアの拳時々蹴りを躱し、時々避け切れないものについては參式水の型:
休む暇もなくマリアの攻撃を躱し続けるにはとてつもない集中力を要する。
しかも、全力で動き続けるということは無酸素運動を続けているのと同義のため、シルバの息が苦しくなるのは当然だった。
もう限界だとシルバの動きが止まると、マリアの拳がシルバの顔の前で寸止めされる。
ゴォッと突風がシルバを襲って彼は尻餅をついた。
「うん、まあ及第点ね。ギリギリだけど合格よ」
「ハァ、ハァ・・・。何が?」
息が乱れて思考もクリアにはなっていないが、それでもシルバは何が合格なのか訊ねるぐらいには回復していた。
伊達にマリアの厳しい訓練を受けていた訳ではないようだ。
だが、マリアはそれには答えずにシルバを外に連れ出す時に一緒に持って来たリュックを置いた場所まで戻り、それをシルバに山なりに投げた。
「俺の、リュック。何が、入ってる?」
「旅立ちの準備よ。そろそろ来るわね」
「え?」
次の瞬間、シルバの背後の空間が罅割れてエリュシカと繋がった。
ようやく息を整えられたシルバだったが、予想外の事態に叫んでしまった。
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないわ。割災のタイミングを予測して待ってたのよ」
「なんで?」
「そりゃここに何年いると思ってんのよ。ある程度割災の起こる場所とタイミングぐらい読めるようになるわ」
「そんなこと・・・、できてたな、うん」
よく思い返してみれば、シルバはマリアと一緒に出掛けた際に何度か割災に起きたことがあったのを思い出した。
今までは偶然だったと思っていたが、実はマリアが予測していたと知ってそんなこともできるんだったと苦笑いした。
「シルバ、今回の割災は時間がないわ。その荷物を持ってエリュシカに帰りなさい」
「どうしていきなり?」
「シルバの青春を私が奪う訳にはいかないからよ。リュックの中に手紙が入ってるから、あっちに行ったら読みなさい」
「嫌だ! 勝手なこと言うなよ!」
シルバは突然お別れだと言われてそれを受け入れられなかった。
マリアはそんなシルバを抱き締めて額にキスをする。
「今のエリュシカがどうなってるかわからないけど、シルバならきっと大丈夫。またね」
それだけ言うと、マリアはシルバから離れてデコピンした。
シルバはデコピンの威力で罅割れた空間を通過してエリュシカに戻っていき、シルバの体が完全にエリュシカに辿り着いてから割災は収まった。
「もう、泣いても良いよね」
シルバがいなくなった後、マリアは目から涙を流していた。
マリアだって本当はシルバをエリュシカに送り返したくはなかったのだ。
異界に来て80年以上孤独だったマリアにとって、ここ4年間はとても楽しい日々だと感じられた。
来る日も来る日も異界でモンスターを討伐するだけの色褪せた日々に再び色が戻ったのだ。
かけがえのない日々だったのは間違いないが、自分は120歳を超えていてシルバはまだ10歳である。
今は<
自分が年老いたと思うのは悲しいことだしそう思いたくはないけれど、シルバと100歳以上離れている自分が彼の人生に一度しかない青春を奪うのは良くないことだと思えた。
地球にいた頃の自分が学生生活を送っていたのと同様に、シルバにもそんな青春時代を過ごしてほしいと願った訳である。
マリアの胸に秘めた思いは手紙の中に書いてあるから、エリュシカに渡ったシルバがそれを読んで伝わるはずだ。
デコピンで送り出す普通じゃない見送りだったが、あれ以上湿っぽくなるのはマリアも我慢できなかったので許してほしいと思っている。
ちなみに、割災とは空間が罅割れて異界とエリュシカが繋がり、モンスターが侵攻することを言うが今回は違った。
それはマリアがプレッシャーを全開にして家の周辺にモンスターを近づけさせなかったからである。
模擬戦で怒った振りをしていたことにもちゃんと意味はあったのだ。
「シルバ、またいつか会えたならその時は笑顔で出迎えてあげるわね」
マリアは涙をどうにか止め、そのまま家の中に戻っていった。
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