第4話 とりあえず、お前が今日の晩御飯なのは決まりだ

 シルバが異界に来てから3年半が経過し、マリアの判断でシルバはモンスターとの戦闘を解禁された。


 それまでは1人でモンスターと戦うのは禁止されており、必ずマリアが同伴していないとモンスターとの戦闘は認められていなかった。


 しかし、シルバの【村雨流格闘術】もある程度形になって来たので実戦を経験すべしとマリアが判断したことで状況は変わったのだ。


「シルバ、今日も狩りの時間よ。食べられるお肉と野菜か果物狩って来て」


「わかった」


 マリアの注文を聞いた後、シルバは家を出て近くの森に入った。


 食べられる肉と野菜、果物とはいずれもモンスターのことだ。


 シルバとマリアの住む家の近くの森には、複数種類の肉食のモンスターや倒せば野菜や果物と同等の扱いになるモンスターがいる。


 それらを狩れる実力は既にシルバも身に着けているため、マリアは討伐してそれらを持ち帰るよう頼んだ訳だ。


 シルバが森に入って早速人間サイズで手足の生えた茸を見つけた。


 その茸の柄の部分に目と鼻、口が付いている。


「ウォークマッシュ?」


「ファファン!」


「違う、マスタードファンガスじゃん!」


 シルバがウォークマッシュとマスタードファンガスを見分けたのはその鳴き声があってのことだ。


 ウォークマッシュとマスタードファンガスの見た目はほとんど変わらず、どちらも赤い傘と色白ななのだ。


 近くで凝視すれば、マスタードファンガスの方が傘の赤色が濃いとわかるが遠目には判断しにくい。


 それゆえ、シルバがマリアから教わった両者の見分け方は鳴き方だった。


 ウォークマッシュはキノッコォと鳴くが、マスタードファンガスはファファンと鳴く。


 どちらにも毒はなく倒せば食べられるけれど、マスタードファンガスは名前の通り辛い。


「とりあえず、お前が今日の晩御飯なのは決まりだ」


「ファファン?」


 やれるものならやってみろと言いたげにマスタードファンガスは体を揺らして粉を飛ばし始める。


 この粉は目潰しになるだけでなく、吸い込んでしまうと体が痺れて動きが鈍ってしまう効果を持つ<麻痺粉パラライズパウダー>というスキルだ。


 マスタードファンガスには<麻痺粉パラライズパウダー>しか使えるスキルはなく、痺れさせた敵を力尽きるまで殴る蹴るで攻撃する習性である。


 つまり、痺れることがなければマスタードファンガスは迂闊に敵に近づけない。


「壱式:拳砲けんぽう!」


 パンッという音がした直後、マスタードファンガスが飛ばした<麻痺粉パラライズパウダー>がその衝撃でマスタードファンガスの方に吹き飛ばされた。


 マリアの壱式:拳砲けんぽうと比べればまだまだ未熟だが、シルバだって風を起こしてマスタードファンガスに自分のスキルで身動きを取れなくさせることぐらいはできる。


「ファ、ファ・・・」


 シルバにしてやられたことに驚くマスタードファンガスだが、体が痺れてそのリアクションも途切れ途切れだ。


「弐式:無刀刃むとうじん!」


 シルバは情け無用だと続けて腕から斬撃を飛ばし、マスタードファンガスの笠との部分を切断した。


 それと同時にマスタードファンガスは力尽き、ドサリと音を立てて倒れた。


「よし! 野菜ゲット!」


 シルバはマスタードファンガスを無事に倒せたのでガッツポーズをした。


 出かけて早々にノルマの半分が終わったのだから、喜んだって何もおかしくはない。


 だが、マスタードファンガスはシルバよりも大きいせいで、一旦その死体を担いで家に戻らないと残りのノルマには挑めそうもなかった。


 したがって、シルバはマスタードファンガスを一度家のリングに置きに帰ることにした。


 シルバが家に戻ったタイミングで偶然マリアが外に出ていた。


「シルバ、マスタードファンガスを見つけたのね」


「うん。割と手前の所にいたから一旦置きに来た」


「その判断は正しいわ。手が塞がった状態で戦うのはシルバにはまだ早いもの」


「俺もそう思った。これの解体は任せて良い?」


「引き受けたわ。この後も気をつけて行ってらっしゃい」


「わかった。行って来る」


 シルバは再び森に戻って来た。


「フゴッ、フゴッ」


 しばらく進んだ所で獣の鳴き声が聞こえ、シルバは木の陰に隠れて周囲の物音に耳を傾けた。


 集中して音のする方向を探していると、茂みの方から先程と同じ獣の声と触れた草木を揺らす音が聞こえた。


「こっちか」


 シルバは音を立てないように声の主である背中から野草を生やした猪との距離を詰め、視界にそれを捉えられる距離までやって来た。


 ところが、ここでシルバは痛恨のミスをやってしまった。


 足元の枝をうっかり踏んづけてパキッと音を立ててしまったのだ。


「フゴッ」


「あっ、やっちゃった」


 猪と視線が視線が合い、これはやらかしたとシルバは苦笑いした。


「フゴォ!」


 シルバの姿を目にした猪は怒っていた。


 その猪の名前はウィードボアといい、見つけた野草を食べようとしていたタイミングで邪魔されたから怒っているのだ。


 ウィードボアは気に入った野草を食べる傾向にあり、何を好む個体なのかは背中から生えている野草を見ればわかる。


 シルバの目の前にいる個体についていえば、ウィークという1週間で育つほとんど味のしない野草を良く食べているらしい。


 ウィークは異界でオールシーズン見かける野草であり、それを食べるウィードボアは手近な餌を求める食いしん坊ということだ。


「ヤバい!」


 ウィードボアは怒りのままに自分に突撃して来たので、シルバは飛び前転で躱す。


 スピードに乗ったウィードボアは急に止まることができず、シルバの後ろにあった木に衝突した。


 その衝撃で木が倒れたが、その木の幹にいつの間にか顔が現れていた。


「あ、危なかった。ミミックアップルだったんだ・・・」


 シルバが隠れていた時は擬態していて気付かなかったが、ウィードボアに突撃された衝撃でミミックアップルの<擬態ミミック>が解けたのだ。


 ミミックアップルは甘い匂いのする果実で獲物をおびき寄せ、眠くなる効果のある果実を食べて寝たところで獲物に根を伸ばして精気を吸い取る性質を持つ。


 ただし、それは地面から引っこ抜かれて倒れていなければと言う注釈が付く。


 ウィードボアが突撃して地面に倒されたことにより、自力では起き上がれないミミックアップルはシルバの敵ではなかった。


 それと同時に対処すべき優先順位も下がるため、まずはウィードボアを倒す必要がある。


「フゴォ・・・」


 ウィードボアはよくもやってくれたじゃないかと言わんばかりにシルバを睨む。


「来い。今度は避けずに迎え撃ってやる」


「フゴォ!」


 上等だとウィードボアはシルバに向かって駆け出した。


 シルバもウィードボアに向かって走り出し、体勢を低くしながら体を捻る。


「壱式:拳砲けんぽう!」


「フゴッ!?」


 シルバが走っていた時の運動エネルギーと捻った体を戻す反動を上乗せし、ウィードボアの顎の下から上に向かって拳を突き出した。


 その結果、ウィードボアは後ろに勢いに乗ったままひっくり返されて背中から倒れた。


 脳を強く揺らされて動けなくなったウィードボアに対し、シルバはしっかりととどめを刺す。


 勿論、倒れたまま起き上がれないミミックアップルについてもすぐにとどめを刺した。


「どうしよう。倒したのは良いんだけど、これをどうやって持ち帰ろう?」


 ここにいるのがマリアだったなら、それぞれの腕でウィードボアとミミックアップルを持って帰るだろう。


 しかし、シルバにはまだそこまでの力はない。


 1つずつ持ち帰るのがやっとである。


 仕方がないので、シルバはウィードボアとミミックアップルを順番に持ち帰ることにした。


 最初にウィードボアの死体を背負って運び、それを家に置いてからミミックアップルの死体を回収しに森に戻った。


 運が良いことに、他のモンスターが放置されていたミミックアップルの死体を漁ることはなかったらしく、シルバはミミックアップルも無事に回収して家に帰ることができた。


「マリア、ただいま」


「おかえり、シルバ。大きめのウィードボアを置いてどこ行ったのかと思ったら、ミミックアップルを取りに行ってたのね」


「うん。偶然倒せたから持って帰って来た。薪に使えそうだし」


「偉いわね。ちなみに、ミミックアップルの果実はちゃんとした処理さえすれば果物として食べられるからね。今夜はそれをデザートにしましょう」


「やった! デザート!」


 デザートに喜ぶシルバを見て堪らんとマリアが悶えていたのは言うまでもない。

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