第3話 ムフフ、堪らないわね

 シルバが異界に来てから3年が経過した。


 毎日の実技の訓練に加えて栄養価の高いモンスターの肉を食べ続けた結果、シルバは150cmぐらいまで伸びた。


 9歳で150cmまで背が伸びるというのはかなり身長に伸び代があるのではないないだろうか。


 それはそれとして、座学も毎日コツコツと続けて来たのでシルバが脳筋になるようなことはなかった。


 マリアがシルバを脳筋にさせまいときっちり管理したのである。


 そんなシルバは今、家の外でマリアから<付与術エンチャント>のスキルを習っている最中だった。


「マリア、俺の水付与ウォーターエンチャントはどう? ちゃんとできてる?」


「できてるわ。ちゃんと手の平に水を纏わせてるもの。シルバは筋が良いわね」


「やった!」


「ムフフ、堪らないわね」


「マリア?」


「ん? なんでもないわよ」


 マリアの逆光源氏計画は現在進行形である。


 無邪気に喜ぶシルバを見て、今のところ順調にシルバが育っているので堪らんなとマリアはゲス顔になった。


 しかし、シルバにそんな顔を見られる訳にはいかないので、シルバが自分に声をかけた時には元通りの微笑みに戻していた。


「これで俺もマリアの【村雨流格闘術】を覚えられる?」


「そうね。<格闘術マーシャルアーツ>と<付与術エンチャント>を会得した今なら、【村雨流格闘術】を会得する資格があるわ。でも、身に着けるのは大変だから覚悟なさい」


「わかった!」


 マリアの地球の実家は村雨流拳法という流派の道場であり、マリアもそこで師範代に認められる程の実力があった。


 大人に混じって稽古に励み、大人よりも先に師範代になれたマリアの実力は生半可なものではない。


 マリアはエリュシカに転移した当初、村雨流拳法のおかげで<格闘術マーシャルアーツ>を自動的に会得した。


 それだけで遭遇したモンスターを対処して来たのだ。


 そして、異界に渡ってからの研鑽の結果、<付与術エンチャント>を会得してそれを村雨流拳法に取り込んで【村雨流格闘術】ができた。


 エリュシカの住民達もまさか異界に渡ってさらにマリアが力をつけ続けているとは思ってもいないだろう。


 シルバはマリアの狩りの様子を見学し、そこで使われた【村雨流格闘術】に憧れて教えてほしいとマリアに頼み込んだ。


 マリアはシルバに強くなってほしかったから、<格闘術マーシャルアーツ>と<付与術エンチャント>を会得できたら教えてあげると約束した。


 <格闘術マーシャルアーツ>の会得はシルバが8歳になった時だったが、<付与術エンチャント>の会得は今日までかかった。


 シルバがやっと約束を果たしてもらえると喜ぶのは無理もないことだろう。


 実際のところ、<付与術エンチャント>の会得に成功したと言ってもまだまだ練度は高くない。


 そうだとしても、マリアはシルバが頑張って来たのをわかっているから<付与術エンチャント>の使える属性を増やすことと並行して【村雨流格闘術】を教えるつもりだ。


 ちなみに、<付与術エンチャント>できる属性は人間とモンスターが共通して使える8種類の属性であり、それは火と水、風、土、氷、雷、光、闇である。


 人間もモンスターも8種類の属性の内、どれかしらの属性と相性が良いとされていて、歴史上では4属性持ちの人間とモンスターがそれぞれ確認されている。


 もっとも、元々地球人だったマリアはエリュシカで全属性の付与ができたと気づくのだが。


 シルバの場合、相性が良いのは水と氷、雷の3属性だとマリアが調べてわかった。


 <付与術エンチャント>もスキルが暴発すると使用者がただでは済まないため、シルバは習得難易度の低い水、氷、雷の順番で鍛えている。


 マリアはシルバの身を案じ、自分が監督していない所では<付与術エンチャント>の使用を禁止して万が一のことが起きないようにしている。


「シルバ、【村雨流格闘術】を教える前に氷属性と雷属性の<付与術エンチャント>もどれぐらいできるか確認させて」


「うん! 氷からで良い?」


「そうね。氷からにしましょう。やってご覧なさい」


「すぅ・・・、はぁ・・・。氷付与アイスエンチャント


 シルバは深呼吸して心を落ち着かせてから技名を唱えた。


 それにより、シルバの手が冷気を纏ってひんやりした。


「うん、氷とまでは言えないけど温度は確実に下がってるわね。この調子でいけば遠くない内に氷付与アイスエンチャントも使えるようになるわ」


「頑張る」


「良い子ね。次は雷付与サンダーエンチャントをやってみせて」


 マリアはシルバの手を握り、シルバの氷付与アイスエンチャントがあと一息で使えるようになると判断してシルバが凹まないように声をかけた。


 マリアが手を離した後、シルバは氷付与アイスエンチャント擬きを解除して呼吸を整える。


 それから、準備ができたと判断して技名を唱えた。


雷付与サンダーエンチャント


 シルバがそう口にした瞬間、見た目には変化がなかったもののパチパチという音が聞こえた。


 その音からシルバの手がどうなっているか察したが、マリアはその答え合わせだと言わんばかりに再びシルバの手を握ろうとした。


 マリアとシルバの手と手が触れた瞬間、バチッと音がしてシルバが手を引っ込めた。


「痛っ!?」


「やっぱり静電気だったかぁ」


 マリアは覚悟していたからか、それほど痛みを感じることはなく冷静だった。


「マリア、静電気って何?」


「う~ん。私も専門じゃないから簡単にしか言えないけど、冬に服を脱いだ時にパチパチ聞こえたことない? それのことなんだけど」


「聞こえたことある。冬は地味に痛いから嫌」


「確かにそうね。でも、雷付与サンダーエンチャントの入口には立ててるわ。こっちは上達すれば魔力のガードの上から帯電させられるわ」


「本当!? 良かった~」


 シルバはマリアの言葉を聞いてホッとした。


 <雷付与サンダーエンチャント>を使う度に静電気の痛みを感じたくなかったのだろう。


 ここまでは<付与術エンチャント>をメインにやって来たが、ここからは【村雨流格闘術】の解説の時間である。


 【村雨流格闘術】は基本形を<格闘術マーシャルアーツ>の補正ありで放ち、応用形は<付与術>《エンチャント》の属性を上乗せして放つ。


 今日はとりあえず、マリアが基本形部分を演武してみせるらしい。


「じゃあ、早速【村雨流格闘術】のレクチャーを始めるわね。全部見せたことはなかったと思うけど、【村雨流格闘術】の基本は12の型なの。応用はその人の使える属性の数で変わるから、まずは12の型を覚えましょうね」


「わかった」


「よろしい。まずは見本をやってみせるからとりあえず見てて。わからなければ口頭でも説明するから」


「うん」


「壱式:拳砲けんぽう


 ゴォッと音がした直後、離れた位置に立てた丸太がグシャッと音を立てて粉々に砕けた。


「す、すごい。どうなってんのこれ?」


「極論だけど、これはただ力を溜めてから正拳突きを放っただけ。ただし、衝撃波を生む程速く拳を突き出してるけどね」


「俺にもできるようになるのかな・・・」


「鍛えればきっとできるようになるわ。シルバは毎日頑張ってるもの」


 マリアはシルバならば大丈夫だと力強く頷いた。


 マリアは戦闘においてできないことをできるとは言わない。


 戦い方を教えるにあたってやってはいけないのは根拠のない肯定だ。


 マリアは今までのシルバの特訓に付き合って来た経験則からできると判断したのだ。


 シルバは試しに見様見真似で壱式:拳砲けんぽうをやってみたが、スッと音が鳴るだけだった。


 まだまだこれからである。


「次に移るわね。弐式:無刀刃むとうじん


「すごい! 剣も持ってないのに丸太が切れた!」


 マリアは刀を持っていないけれど居合の構えを取り、そこから一歩踏み込むのと同時に右腕を左斜め下から右上へと素早く振り抜いた。


 それによって先程粉砕した物の隣にあった丸太が斜めに斬れた。


 シルバは目を見開いて声を上げるが、マリアは得意気に指を横に振る。


「チッチッチ。これだけじゃないわ。弐式:無刀刃むとうじん!」


「脚でもできるの!?」


 サッカーのフリーキックのフォームから放たれた斬撃が、先程斜めに斬れた丸太をさらに半分に切断した。


 しかも、腕から飛ばした斬撃よりも脚から飛ばした斬撃の方が威力は上だった。


 シルバは腕でしかできないと思っていた弐式:無刀刃むとうじんが脚からも放たれたため、マリアのすごさを改めて思い知った。


 その後もマリアは參式~拾弐式の残り10の型を披露し、シルバはひたすら驚かされ続けた。


 勿論、ただ驚いていただけではない。


 いつかは自分も【村雨流格闘術】を使ってみせるんだと気合を入れ、マリアの一挙手一投足をじっと観察していた。


 シルバの真剣な眼差しに気づき、マリアはシルバの態度を嬉しく思うと同時に自分もできるだけ多くのことをシルバに伝授しようと改めて思うのだった。

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