第60話 お喋りしてるんなら俺のことも助けてほしかったぜ

 マッサージを受けたメアリーは鬼ごっこ2回戦では見学した。


 そうなると狙われるのはこの場において2番目に足の遅いイェンであり、イェンもシルバのマッサージのお世話になった。


 エイルも足が攣ってしまったため、今日の体を動かすプログラムはここまでになった。


 夕食と風呂を済ませて別荘にいる者達が寝静まった夜、シルバは嫌な感覚がして目を覚ました。


 その直後に別荘の近くで空間が音を立てて割れて異界と繋がった。


 割災が起きてしまったのである。


 (これってかなりヤバくね? モンスターがこっちに来るんじゃないか?)


 シルバはベッドから跳び起きて素早く着替え、単独で割災の現場に向かう。


 現場に到着したシルバはレッドブル1体とパープルオウル3体が割れた空間から現れたのを見つける。


「壱式雷の型:紫電拳!」


「モォ゛ォ゛ォ゛!」


 シルバが紫の雷を纏わせた右ストレートが放つと、拳から紫の雷が拳を模ったままレッドブルに向かって飛んだ。


 それに命中したレッドブルが痛みから大声で叫ぶ。


 この声は別荘にも届くぐらいには煩かった。


 フリーのパープルオウル達が上空からシルバに向かって急降下して襲う。


「ホォ」


「ホォ!」


「ホォォォ!」


「參式水の型:流水掌!」


 次々に急降下して襲って来るパープルオウル達に対し、シルバは水を纏わせた両手でその攻撃を受け流した。


 その間に痛みから立ち直ったレッドブルがシルバに突撃を開始する。


「壱式水の型:散水拳!」


 シルバは突撃して来たレッドブルの側面に回って攻撃し、レッドブルを横転させることに成功した。


「弐式雷の型:雷剃!」


 右腕に雷を纏わせて帯電した斬撃を放つことで、シルバはレッドブルの首を刎ねた。


 レッドブルを倒せるだけの実力がシルバにあるとわかり、パープルオウル達は順番ではなく3体同時にシルバ目掛けて急降下し始める。


「「「ホォォォォォ!」」」


「參式光の型:仏光陣!」


 技名を唱えた直後、シルバの手の動きに応じて背後に大仏の幻覚が現れた。


 大仏の幻覚が急激に光を放って周囲を光で包み込み、パープルオウル達がバランスを崩して地面に墜落した。


 その隙はパープルオウル達にとどめを刺す絶好のチャンスである。


「壱式氷の型:砕氷拳!」


 レッドブルと比べれば撃たれ弱いこともあり、3体のパープルオウルはこの攻撃で力尽きた。


 (ふぅ。倒せたか。でも、まだ空間が割れたままなのが気になる)


 シルバの目の前の空間はいまだに割れたままだ。


 現状を放置して別荘に戻る訳にはいかない。


 戻っている間に強いモンスターが割れた空間から出て来てどこかに行ってしまう恐れがあるからだ。


 仮にも軍に入ることを目指した軍学校の学生が民間人に被害を出してしまうようなことはできないので、シルバは空間が元に戻るまで見張らざるを得ない。


 どうしたものかと困っていたところでロウが駆け付けた。


「シルバ、無事か?」


「ロウ先輩、良いところに来てくれました。割災のことを会長に伝えてもらえませんか? ついでに倒したモンスターも回収したいです」


「倒したモンスター? うぇっ、お前、レッドブルとパープルオウルを倒したのか!?」


「言葉の通じないモンスターに異界にお帰り頂くのは至難の業です。倒せるなら倒しますとも」


「そりゃそうだけど、1年生がレッドとかパープルのモンスターを倒すかぁ。そっかぁ」


 ロウはシルバを強いと認識していたが、まさかここまで強いとはと驚きを隠せなかった。


 それでも惚けている場合ではないとわかっているため、すぐに気持ちを切り替えて応援を呼んで来ると言って別荘に戻って行った。


 シルバはその間に倒したモンスターの死体を1ヶ所にまとめていたのだが、消えない空間の割れ目からまたしてもモンスターの群れが姿を現した。


「パープルウルフ1体とブルーウルフ10体か」


「アォォォォォン!」


 パープルウルフが号令をかけるとブルーウルフ達がシルバを包囲しながら攻撃を仕掛ける。


「弐式光の型:光之太刀ひかりのたち!」


 シルバの右手を大太刀を形成した光が覆い、その場でぐるっと一回転しながら横薙ぎにすることでブルーウルフ達をまとめて一刀両断した。


「どうした? 配下を嗾けるだけしかできないのか?」


「アォン!?」


 なんだとコラと言いたそうな首の曲げっぷりのパープルウルフはシルバの挑発に乗ってしまい、全力ダッシュからの噛み付きでシルバを倒そうとする。


 シルバはその場で跳躍してパープルウルフの突撃を躱して隙だらけの部位を狙う。


「弐式雷の型:雷剃!」


 シルバは右脚を振り上げて至近距離から帯電した斬撃を放ち、パープルウルフの頭と胴体を離れ離れにした。


 パープルウルフが倒れてシルバが着地したタイミングでロウがアルと執事達を別荘から連れて戻って来た。


「げっ、死体が増えてる。どんだけ出て来るんだよ」


「シルバ君、無事なの?」


「問題ないですよ。全部仕留めました。それよりも空間はまだ割れたままです。執事さん達は倒したモンスターを運び出してもらえませんか?」


 ロウとアルに応じつつ、シルバは執事達に倒したモンスターの運搬を依頼した。


 空間が割れたままということはモンスターがまだ出て来るかもしれない。


 倒したモンスターには価値があるので、それを確保するのと併せて障害物を片付けてもらうつもりである。


 執事達が手分けをして戦利品の回収をしていると、本日3回目となるモンスターの集団のお出ましだ。


「レッドパイソンが2体とパープルホーネットが4体。ロウ先輩、レッドパイソン1体をお願いします。アルは俺がパープルホーネット4体を倒す間だけレッドパイソンの足止めできる?」


「任せとけ」


「大丈夫」


 パープルホーネットよりもレッドパイソンの方が強いけれど、数が多くて空を飛べるならばパープルホーネット達の方が厄介だ。


 シルバの割り振りはロウとアルの実力を考慮した冷静な判断だと言えよう。


「壱式水の型:散水拳!」


 パープルホーネット達のヘイトを稼ぐべく、シルバは広範囲に向けた技を発動した。


 被弾したパープルホーネット達はシルバを生かしておくのは危険だと考え、一斉にシルバに向かって毒針を飛ばす。


 毒針が迫ってもシルバは慌てずに対応する。


「壱式氷の型:砕氷拳!」


 シルバの拳から放たれた氷の小さな塊が毒針を撃墜するだけに留まらず、パープルホーネット達の体を傷つける。


 その威力は紙装甲のパープルホーネット達を撃ち落とすには十分であり、シルバは二度攻撃するだけで4体のパープルホーネットを倒すことに成功した。


 レッドパイソンと戦っている2人を見ると、ロウは優勢だったがアルは苦戦していた。


 レッドパイソンに自分の攻撃が当たらず、岩の壁や落とし穴を駆使してどうにか時間を稼いでいたのだ。


「アル、待たせたな! 弐式光の型:光之太刀!」


 シルバは右手を大太刀を形成した光が覆わせつつ接近し、アルと戦っているレッドパイソンを一刀両断した。


「シルバ君、助かったよ。パープルホーネットの毒は受けてないよね?」


「勿論だ。あの程度の敵じゃ俺は倒せない。アルもどうにか無事なようだな」


「うん。シルバ君が間に合ってくれたからね」


 シルバとアルがお互いの無事を確かめているとロウがレッドパイソンを倒して2人に声をかける。


「お喋りしてるんなら俺のことも助けてほしかったぜ」


「何言ってるんですかロウ先輩。助けるまでもなく余裕だったじゃないですか」


「そうですよ。それに1年生に助けてくれって言うのはどうなんですか?」


「わーってるって。冗談だよ冗談。それにしても、やっと割れた空間が元に戻ったな」


 ロウがトンファーで指した方向を見ると、先程まであった空間の割れ目が消えていた。


 それはつまりシルバ達が割災による被害の発生を阻止できたということだ。


「被害が出なくて良かったです。後続の敵もいないようですし、応援を呼んで死体を運んでから解体しましょう」


「そうだな。いやぁ、今回の一件が知れたら昇格しちゃったりして」


「ロウ先輩、それはないと思いますよ。だって倒したのはほとんどシルバ君ですから」


「だよなぁ」


 無傷かつ単独で10体以上のモンスターを倒したシルバと比べてしまうとロウも自分が昇格できると本気で思えるはずがなかった。


 とりあえず、別荘から応援を呼んで来て倒した全てのモンスターを回収して戻るとエイル達がホッとした様子でシルバ達を出迎えた。


 夏季合宿は3日目の明日を残していたが、今夜の戦いもあって明日はゆっくり休養することになったのは言うまでもない。

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