第59話 許して下さい。これは勝負なんです

 昼食後、シルバ達は庭で手合わせ組とランニング組が一緒のプログラムで体を鍛えることになった。


「はい、という訳で鬼ごっこやるぞー」


「ロウ先輩、どういう訳で鬼ごっこなんでしょうか? 説明お願いします」


 ロウが説明もなく鬼ごっこをやると宣言したのでアルがどうしてそうなったと説明を求めた。


「なんだなんだ? アルは鬼ごっこがどれだけ体を鍛えるのに効率的かわかってないのか?」


「後衛の僕は鬼ごっこで鍛えたことがないんでわかりません」


「そうか。じゃあシルバ君、鬼ごっこがトレーニングに相応しいか教えてくれたまえ」


「虫、お前何キャラだよ?」


 イェンが額に青筋を浮かべながらツッコミを入れた。


「イェン、俺、先輩よ? お前って駄目でしょ?」


「フッ、何を今更」


「鼻で笑われた!?」


 ロウはイェンに鼻で笑われたことがショックだったらしい。


 このままイェンがロウに畳み掛けると話が進まなくなるからシルバが口を挟む。


「鬼ごっこで鍛えられるものを答えましょう。俺が意識して鍛えられると思うのは脚力、隠密性、気配察知能力、戦略の組み立て方ですかね」


「素晴らしい。流石はシルバだ。俺の狙いがよくわかってる。良いか諸君、盗賊やはぐれモンスターを追跡する時に使える力を鍛えられるんだ。また、敵に追いかけられた時にどうやって逃げるか鍛えられる訳だ」


 シルバの意見とロウの補足を聞いてエイル達が驚いていた。


「ロウ、貴方もちゃんと考えてたんですね」


「いつもセクハラするだけじゃなかったんですね」


「虫のくせに生意気だ」


「ロウ先輩ってなんでいつもからもっと賢く振舞えないんですかね」


「言葉のナイフが刺さる刺さる!」


 自分の評価がかなり低くてびっくりなロウを見てシルバは普段からしっかりすれば良いのにと思ったが黙っていた。


 能ある鷹は爪を隠すからそれがロウの強みだと判断してフォローしなかったのである。


「さ、さて、鬼を誰からスタートさせるか決めようぜ」


 ロウは自分に向けられた言葉のナイフから目を逸らすために鬼を決めようと言い出した。


「最初は俺が鬼をやります」


「「「「え?」」」」


 シルバが鬼をやると言い出した瞬間、ロウ以外が嫌そうな顔をした。


 シルバに追われたら逃げ切れないと思ったからである。


「安心して下さい。攻撃性の強いスキルは使いませんので。手でタッチするだけですよ」


 その言葉を聞いてアル達は少しだけホッとした。


「制限時間は1時間とする。鬼にタッチされた人は自分をタッチした人をタッチし返すのは禁止。最後に鬼だった人は鬼ごっこが終わったら全員にマッサージな」


「ロウ、貴方やらしいこと考えてないでしょうね?」


「ロウ先輩、もしかして最後にわざと鬼になるつもりですか?」


「虫ならあり得る」


「なんてことを言うんだ!? 俺は疲れを取るのが大事だからそう言っただけなのに!」


 (日頃の行いって大事だよな)


 シルバはロウの気遣いが裏目に出て憐れに思い、それと同時にロウを反面教師にしようと思った。


 アルはシルバにマッサージをしてもらっているため、これが疲れを取るのに適しているのは理解しているからエイル達に続いてコメントしなかった。


 とりあえず、ロウは自分に疚しい気持ちがないと言い切って鬼ごっこを始めるべくシルバに声をかける。


「シルバ、10秒数えたら俺達を追いかけてくれ」


「わかりました」


「よし! それじゃあ始め!」


 ロウの開始宣言によってシルバ以外の5人が急いで逃げ始める。


「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0」


 10秒経った瞬間にシルバは走り出した。


 シルバが最初に狙ったのはエイルだった。


 狙うべきは体力がなくて足の遅いメアリーかもしれないが、それではすぐに勝負が決まってしまう。


 また、次に狙い目のイェンだがメアリーと同じ方向に逃げており、イェンを狙う過程でメアリーに追いついてしまう。


 そうなったらメアリーを狙わない理由がなく、なんでメアリーを見逃したんだとツッコまれるかもしれない。


 それが面倒なのでシルバは3番目に足の遅いエイルを狙ったのだ。


「会長、捕まえました」


「うっ、私ですか」


 エイルはシルバにタッチされて苦笑しながら立ち止まった。


 その隙にシルバはもう逃げ出しており、エイルは次のターゲットを探す。


 エイルが狙ったのはメアリーだった。


 メアリーはエイルに狙われたことを知って嫌がる。


「会長、こっち来ないで下さい!」


「許して下さい。これは勝負なんです」


「良いねぇ。鬼ごっこをすれば普段の人間関係よりも自分が勝つことを優先する。俺はこういう時に見え隠れする本音を見るとホッとする」


「虫、お前本当にゲスだな」


 イェンはわざわざロウをdisるためだけに近づく。


 その体力を有効に使うべきではないかとツッコむ者はいない。


 メアリーがエイルに捕まった時、アルはシルバに近づいて話しかけていた。


「シルバ君、なんで会長を狙ったの? 狙うならメアリー先輩一択だと思うのに」


「勝負が見えてる相手を狙うのは面白くないじゃん」


「そんなことが言えるのはシルバ君が強者だからだよ。実際、会長はメアリー先輩を狙ったでしょ」


「メアリー先輩から鬼が変わらないと鬼ごっこが成立しなくなると思わない?」


「それはまあ・・・」


 シルバの言いたいことを理解してアルは苦笑した。


 メアリーは10秒数えてから自分の次に足の遅いイェンを狙うが、イェンの方が体力もあれば足も速いので追いつけない。


 追い続ける内にメアリーの体力が尽きて足が縺れて転んでしまう。


 それを見てシルバはメアリーを心配して近づく。


「大丈夫ですか、メアリー先輩?」


「タッチ・・・、できない・・・」


 メアリーが近づいてくれたシルバに根性でタッチしようとしたが、シルバはつい反応してそれを避けてしまった。


「あっ、すみません。つい避けちゃいました」


「シルバ君が手強い。シルバ君の意地悪」


「理不尽ですよメアリー先輩」


 シルバはメアリーの手の平が自分に触れないように助け起こした。


「下が芝生で良かったです。転んで怪我もしてないようですし戻りますね」


「うぅ・・・」


 完封されたメアリーは悔しそうに呻いた。


 その後、メアリーがギブアップしたので鬼ごっこは制限時間よりもかなり早く終了となった。


「クタクタのメアリーちゃんにマッサージしろなんて俺は鬼じゃないから言わない。その代わりに俺が疲れによく効くマッサージをしてあげよう」


「クレアに言いつけますよ?」


「虫の目がエロい」


「異議あり! 俺はメアリーちゃんのためを思って言ってるんだ!」


 自分に邪な気持ちはないと主張するも、普段の言動のせいでロウは信用されていなかった。


 シルバは仕方ないと手を挙げる。


「俺がロウ先輩の代わりにマッサージしますよ」


「シルバ君、それは止めた方が良いと思うな」


 アルはシルバのマッサージを阻止しようとするのでシルバは理由を訊ねた。


「アル、なんで駄目なんだ? アルは時々俺のマッサージを受けてるんだから疲労回復効果があるってわかってるだろ?」


「そうなんだけど、そうじゃないんだ」


 アルの歯切れの悪い回答にシルバが首を傾げているとエイルが口を挟む。


「効果があるならシルバ君にお願いします。衛生コースに所属する身としては、疲労回復効果のあるマッサージに興味があります」


「虫と違ってシルバには下心がない。私も賛成」


「シルバ君、お願いします」


 アルが止める理由はわからないが、疲労回復効果があるならシルバにマッサージしてもらいたいとメアリーが言うからシルバは両腕に光付与ライトエンチャントをかけてうつ伏せになったメアリーにマッサージを施していく。


「はふぅ。これしゅごいでしゅ~」


「あぁ、やっぱり」


「なんかエロくね?」


「虫は黙って」


 メアリーが蕩けた表情になったのを見てアルはやはりこうなったかと額に手をやる。


 ロウはメアリーが色気のある声を漏らすから思ったことを素直に口にしてしまい、その後すぐにイェンにツッコまれる。


「すごいです。光付与ライトエンチャントとマッサージを掛け合わせる使い方もあったんですね」


 エイルは勉強になるとシルバのやり方をじっくり観察し、自分も光付与ライトエンチャントを発動して動作を真似る。


「会長も光付与ライトエンチャントが使えたんですね」


「はい。私が衛生コースに進んだのは<付与術エンチャント>ができて光属性に適性があったからなので」


 シルバのやり方を学んでエイルは思わぬ収穫を得たのだった。

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