第58話 黙秘権を行使します
シルバとロウが手合わせしている頃、アル達は別荘の周辺でランニングしていた。
アルの中ではそこまで早くないペースで走っていたけれど、そこは戦闘コースとそれ以外のコースという違いもあってメアリーとイェンが脱落した。
衛生コースは人を抱えて走る想定もあるため、会計コースや支援コースよりも体力があった。
そのおかげでどうにかアルのペースについて行けた訳である。
エイルはチラッとバテているメアリーとイェンを見てからアルに声をかける。
「アル君、少しよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「込み入った話があるので遠くへ行きましょうか」
「込み入った話? わかりました」
エイルにどんな用事があるのかわからないけれど、メアリーとイェンに聞かれては不味いのだろうと思ってアルはエイルについて行った。
メアリーとイェンの姿が見えなくなった辺りでエイルが立ち止まってアルの方を向く。
「アル君、先月末に母に呼び出されたそうですね」
「はい」
アルは
ジャンヌがアルを校長室に呼び出した時、隣にシルバはいなかった。
シルバが校長室に呼び出されたことは何度かあったが、アルが単独で校長室に呼び出されたのは初めてだった。
シルバは呼び出されるだけの何かをやらかしていたけれど、自分には校長にわざわざ呼び出されるだけの功績はないと思っていた。
だからこそ、アルはジャンヌに呼び出されたことに嫌な予感がした。
そして、その予感は的中した。
「私としたことが、今の今まで気づけなかったのは情けない話だ。やはり裏方にいる時間が長いと勘が鈍る。まさか貴女が軍学校に入学してるとは思ってなかったよ、アリエル第二王女」
ジャンヌの目は確信した者のそれであり、どんな嘘や言い訳も通じそうになかった。
それでアルが変装を見破られたと簡単に認める訳にもいかずに黙っていると、ジャンヌが言葉を続ける。
「別に私はこの場で貴女に危害を加えるつもりもなければ王国に突き出すつもりもない。それだけは
ジャンヌがこのように口にした以上、アルを騙して危害を加えたりサタンティヌス王国に突き出すつもりはない。
もしもこの誓いを破った場合、自分の発言から重みが消えてしまうからだ。
ディオニシウス帝国軍でも上から数えた方が早い地位にいるジャンヌの誠実さを信じ、アルは必要最低限の事情だけ質問されたベースで答えることにした。
「ご明察です。どうしておわかりになったんでしょうか?」
「あのクズ王の好色ぶりは帝国軍でもある程度の地位にある者には知られてる。私が貴女に気づいたのは帝国に逃げ延びた貴女を任務で一時的に監視してたからだ。もっとも、貴女と1対1でじっくり見ないと気づけなかったのは情けない話だがね」
「監視されてたとは気づきませんでした」
「そりゃ訓練もしてない子供にバレる監視なんてしないさ」
今は前線に出て活躍することはなく、後進の育成に力を注いでいるジャンヌだが、当時は前線にもガンガン出ていた全盛期だ。
軍学校に入ってもいないただの子供に監視がバレるようなミスはしないだろう。
アルは一方的に情報を引き出されるのを良しとせず、自分もジャンヌから情報を引き出してやろうと訊ねる。
「危害を加えるでもなく、王国に突き出すつもりがないのならば、僕を呼び出したのはどうしてでしょうか?」
「ハワードから貴女はシルバと女子が仲良くするのを良く思ってないと聞いてな。シルバはいずれ帝国の宝として由緒正しい家の者と結婚するかもしれんから、その時に妨害しそうな貴女がどんな人物なのか確認しようとしたのだ。もっとも、今は何故シルバが他の女子と仲良くすると機嫌が悪くなるかわかったがな」
言外にシルバのことが好きなのだろうと言われてアルは顔を赤くした。
校長室に呼び出された理由が抑えきれないシルバへの恋心だとわかったのだから無理もない。
「良いじゃないですか。シルバ君カッコ良いんですもん」
「そうだな。私も夫がいなくてあと20歳若かったら危なかったかもしれん」
「え?」
「何を意外そうな顔をしてる? 私だって女だ。強くて頼りになる男がいれば夫にしたいと思うさ」
アルが仕事人間のジャンヌに恋愛とか似合わなそうだと思っていたら、ジャンヌは心外だと言わんばかりに応じた。
「そうですよね。シルバ君はまさに夫にしたいタイプです」
「アリエル王女、まさか学生寮でシルバを押し倒してないだろうな?」
「押し倒してないですよ! 大体、接近戦でシルバ君に敵うはずないじゃないですか!」
「・・・それは接近戦で勝てれば押し倒すつもりがあるということか?」
アル、痛恨のミスである。
どうにもシルバとの恋愛絡みの話になると、アルは冷静ではいられず詰めが甘くなってしまうようだ。
「シルバ君はまだ恋愛感情にピンと来てません。ですから、僕が押し倒されることはありません」
「答えになってないんだが」
「黙秘権を行使します」
これだけは譲らないという覚悟を決めたアルの表情を見てジャンヌはこれ以上アルをいじるのを止めた。
「そうか。だが、学生寮は男女分ける規則になってるんだ。女子寮に移ってもらう必要があることは理解してくれ」
「嫌です」
「アリエル王女、軍学校は貴女の好き勝手で着る場所ではない」
「それは承知しております。ですが、シルバ君は僕の事情を全て理解した上で僕の変装生活に協力してくれてるんです。何かあった時、シルバ君が近くにいてくれないのは困ります」
「シルバがアリエル王女の素性も知ってるのか・・・」
ジャンヌはシルバがアルの素性を正確に把握していると聞いて考え込んだ。
アルは成績だけで見れば優秀な学生であり、このまま問題なく成長すれば軍学校に即戦力として配置されるだろう。
サタンティヌス王国の事情から察するに、万が一アルの素性がバレてしまえば王族の後継者問題に第三勢力として担ぎ出そうとする者が現れないとも限らない。
隣国の政情が悪化して争いに巻き込まれてしまうのは面倒だ。
そういった事情からアルにがっつり護衛を付ける訳にもいかないので、シルバが友人としていつも傍でアルを守ってくれるのは正直助かる。
そこまで考えてジャンヌは頷いた。
「仕方あるまい。シルバがアリエル王女の事情を把握して助けてくれてるのであれば、現状維持を許可しよう。ただし、学生寮で間違っても子供を作るんじゃないぞ」
「作りませんよ! 何言ってるんですか!」
今の生活を保証されたことはありがたいが、一言余計なのでアルはジャンヌにツッコミを入れた。
結局、その日はそれ以上の質問がなくてアルは退室できた訳だが、今になってエイルがアルに人払いをして話しかけて来た。
ジャンヌはエイルに事情を話したんだろうかと心配していると、エイルがアルに訊ねる。
「母からアル君が困ってたらシルバ君同様に助けになれと言われたんですが、アル君は何かしたんですか?」
この質問を聞いてアルはホッとした。
エイルはジャンヌから自分の素性について知らされておらず、自分がシルバのように何かやらかしたから目をかけるように言われたのだろうと察したからである。
「僕は何もやらかしてませんよ。校長は僕が2属性の魔法を使えること、詠唱せずに魔法を発動してることで気にかけて下さったようです。本当は新人戦の後に呼び出そうとしたとのことですが、仕事の都合で後回しになってしまったと仰ってました」
「そうなのですね。確かに母は忙しい人ですが有望な人材に強い興味を持ってますから、新人戦から時間が経ってでもアル君と話してみたかったのかもしれません」
エイルが自分の用意した作り話に乗ってくれたので、アルは心の中でガッツポーズした。
この作り話はアルがジャンヌに呼び出された直後に用意したものだ。
シルバにはジャンヌに自分の正体がバレたことを正直に話したが、そうではない人達に対しては作り話を話して誤魔化している。
ロウならばもしかしたら騙せないかもしれないけれど、エイルはそこまで疑い深くないからあっさりと信じてもらえた。
その後、話を終えてメアリーとイェンと合流し、ランニングを再開してからアル達は別荘に戻った。
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